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江戸期の儒者による仏教排撃

江戸時代、儒者が政治に多く介入している時代に、儒者による仏教排撃の動きがあったといいますが、いったいどのような理由で攻撃していたのでしょうか。 また、それに対して仏教側はどのように反撃をしたのでしょうか。 御回答よろしくお願いします。

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  • cobamax
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回答No.1

儒教は政治制度を維持する倫理制度、仏教は宗教の違いが あります、幕府にとって都合のいい儒教を奨励し相対的に仏教 が排斥されていったよういです、また神道の人々も仏教を排斥 するため儒教を利用していたようです、この流は明治の廃仏毀釈 へとつずきます、 結論として天皇を頂点に抱く幕藩体制下では儒教で統一することにより 幕府の基礎をつよくするためには、仏教は邪魔だったようです 明治政府もその考えで、そのころから軍が利用する「国家神道」が形成 され敗戦の道につながっていったようです、 http://www18.ocn.ne.jp/~seoka/essays/takeuchi-4.htm

nananaa
質問者

補足

別に神道のことはきいてないんですけど。 それになぜか国家神道から敗戦につながるのか、短絡的すぎ、飛躍的過ぎて、サヨクのかたでしょうか。と思ってなりません。まぁご回答の文脈に人から聞かれたような節があるので、決め付けられませんが。 一ついわせていただくと国家神道のおかげで、今までばらばらであった国民が一つにまとまって、あの日露大戦争に勝利したともいえますよね。 それに国家神道が生まれようと生まれずとも、あの戦国時代においては、大東亜戦争を回避できなかったと思いますがね。 質問のしかたが悪かったかな。 私がききたいのは、儒教側の言い分と仏教側の言い分です。たとえていうならば、儒教側が出家者をただの煩悩に振り回される穀潰しであると痛烈にいったことなどです。 あと、戦争の話をしてしまいましたが、ここでは別に論うことは質問の主旨から離れてしまうので、 あくまでも「儒教と仏教の対立」の御回答お願いします。