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焼却された史料
『 太平洋戦争時の、陸海軍にかかわる史料の大半は終戦時に焼却され、あるいは戦後の混乱により散逸しまった 』と防衛省は発表しています。 焼却された陸海軍にかかわる史料とは一体何が書いてあったんでしょうか? 分かる人いますか?
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- minaminagon
- ベストアンサー率50% (1/2)
陸軍における公文書の焼却については、具体的な命令が現存せず、昭和23年の衆議院における元陸軍省軍務局長の吉積氏が証言したものが唯一のようです。 吉積証言によりますと、終戦当日に陸軍大臣が「機密書類等の焼却」を通牒、これに基づいて、公文書の焼却が行われました。アジア歴史資料センターのホームページをご覧いただくとおわかりのように、「機密」扱いの書類というのは、部隊動員などの作戦に関わるものがほとんどです。ところが、陸軍大臣通牒で「等」としているように、焼却対象となる文書は機密扱いのものに限りません。実際、各部隊では作戦上の機密書類のほか、兵器や軍需品等に関わる帳簿類や普通文書等、各部隊の判断によって文書の焼却が行われました。各部隊が置かれた状況は様々ですので(戦犯訴追の回避、軍需品放出のための帳簿焼却など)、焼却された公文書も様々としか言いようがないと思われます。
- komes
- ベストアンサー率29% (147/494)
通常機密書類にも重要度により順位があって、極秘、機密まど定められていました。 したがって、焼却された書類はこのようなものでしょう。 一般人が目にする機会がないものです。 それでもアメリカ公文書館から存在が確認されることが屡あります。 おもに外交関係が多いようです。 軍関係は憶測するしかありません。 軍事暗号書などは焼却の一番上位でしょうが実際はアメリカに解読されていました。
お礼
参考になりました。ありがとうございました。
- k99
- ベストアンサー率47% (491/1025)
当時「重要で破却する必要がある」と考えられた書類でしょうね。 そして、燃やされたものは写しが現存しない限り、その存在や内容は伝わりませんから。 たとえば ・連隊旗 帝国陸軍は多数の連隊を抱えていたわけですが、終戦にあたりその殆どの部隊で連隊旗を燃やしました(天皇から親授されたものであり、敵に奪われるのは恥辱だからです)。このため、現存している連隊旗はたしか1枚ぐらいです(幹部が分割して秘匿したのを後につなぎ合わせた) ・戦艦大和 あまり図面が残っていません。このため、細部の形状については、つねに議論が起こります。大和ミュージアムの十分の一模型の建造記でも艦尾形状がどうなっているのかよくわからなかったという記述があります。 ・楽譜 どちらかというと逸話の類ですが、東京にあった軍楽隊では「重要書類を焼却すべし」と言われ、とりあえず軍楽譜を燃やしてみました。
お礼
自分が知らなかった事はマダマダ多いようですね。 参考になりました、本当にありがとうございました。
- kwan1234
- ベストアンサー率18% (111/603)
一般的ないいかたになりますが、消えてしまった資料に何が書かれていたかは、わからないということでしょう。 想像するのは勝手ですがそれはあくまで想像に過ぎません。
お礼
いやぁ、そりゃおっしゃるとおるで、自分の悪い頭で勝手に色々と想像してみたのですが。私なんかより、良い頭をしていらっしゃる皆様の推測でもなんでもよいから、意見を聞いてみようかなぁとおもいまして。お答えありがとうございました。
お礼
色々と勉強しました。ありがとうございました。