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この世の全ては…
哲学がすごく好きでした。 子供の頃から、そういう分野に興味がありましたが、そういう学科はなく正直餓えていました。 ネットが普及したおかげで、気軽に色々な疑問や考えをネットで議論することができ、同じように考える人もたくさんいることを知り、その種の本もいくつか読むことができました。 どうも色々考えた末、この世の全てのありとあらゆるものは愛によってできているという答えが自分なりに出てきて、自分なりに納得がいき、確信みたいなものも持てるようになりました。 それは大分前のことになりますが、それからも色々実践や勉強を重ねていき禅のほうも勉強しました。ちょっと不思議なことも色々と起こりました。 東大級の学力を持つ方とお話ししたところ、それは文学的ですね というお答えでした。 この世で最も尊い方にお話したところ、それは辛かったろう というお答えでした。 皆さんはどう思われますか? ちなみに最近のものに限って言えばそうではないものも多いのではないか ということでした。 永く生き、色んなことを経験した場合、どうも因果律、行ったことの+と-がきっちりと計算されていて、その分が本人に返ってくるようにはなっているのですが、それよりも、愛やら感情やら、もっと複雑な物に傷ついたり、与えたり、或いは解き放ったりした場合のほうが、エネルギーやら評価が高いようなのです。
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愛は執着があるような さらりとしてないような いろんな感情がくっついているような つながっていたい 欲求のような 複雑さがあるが 朝のすがすがしいすっきりとした空気のような 冬の冴え冴えとした星空のような 澄みわたった波紋ひとつない 水面に映る月のような さやけさ がない
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- terraterra
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あらゆる集団が対象である
- terraterra
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赦しはあっても刻まれた歴史は背負わなくてはならない 積善之家必有余慶、積不善之家必有余殃 悔い改めを起点として 未来に向けて 実践において 民主主義の国家である以上その国に属する国民によって国を動かす政治家が選ばれる 宗教で言えば例えばキリスト教は精神世界の専制国家に喩えられる ある集団に属する個は善良であっても集団として悪をなす場合がある そしてそれは巨悪となる 集団心理学というのがあり 集団における個々の意識の集積を意志し行動する個とみなし心理学的に分析する 集団も当然赦しを請うべき対象である 遵って 宗教圏 国家 家 人 の区別は厳然としてある
- terraterra
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亡国の思想のルールに則って 自分達の都合のいいところだけを切り取り残すきか 元の姿にもどせ
- henokuappa
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やれるものならやってみろ
- terraterra
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その腐った魂によって
- terraterra
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それで剪定しているつもりか ろくでもない庭師によって
- henokuappa
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僕が出た高校の校歌の曲には軍歌が使われていた 校歌の裏歌詞として軍歌を想起させる 数学や物理、化学、科学全般が好きだった やればやっただけ伸びていく しかし僕はそこで2年生のとき教師達に呪われた そして同級生も 学力は落ち 大学に入ったときは 魂は抜け殻のようになっていた 長い魂の放浪が始まる 幾多の艱難辛苦 辛酸を嘗めたことか しかし僕は今 そのままあの時学力を伸ばした先に得られただろうものと 等価のものを自らの内に獲得した 三島由紀夫が割腹自殺した時 授業中に泣いてみせたブクブクとむくんだ顔をした国語の女先生は その年に同僚の先生と結婚した 教師とは言わない 今その先生やその息子はどんな生活をしているのだろうか 同窓生は今どんな生活をしているのだろうか 長く地を這うような生 まだ沈まずや 定遠は その言の葉は 短くも みくにを思う 国たみの 胸にぞ長く しるされん どこにそんな人間が今の日本にいるのか 国を動かす政治家でさえ 人が美味しそうに料理を食べ 贅沢三昧をしていれば 誰が好き好んで地面を這う様な生活をしたいと思うか 同じようにしたいと思うのが人情なのではないのか このまま日本が亡国の道を選ぶなら 僕に残された道は一つ その高校の校庭か 皇居の前で 灯油をかぶって悶え苦しみながら この国を地球を宇宙を 呪う言葉を吐こう 決して静まることのない魂の 永遠の呪いとして そっくりそのまま返上する いけにえの国 恥の国 教育をして 国家をして 一人の人間にそれを押し付けるとは
No.24です。 少し立ち入って 述べてみます。 ★(A)どうも色々考えた末、この世の全てのありとあらゆるものは愛によってできているという答えが自分なりに出てきて、自分なりに納得がいき、確信みたいなものも持てるようになりました。 ☆ この文章(判断)と 次の文章とのあいだには どこか しっくりとしたつながりが欠けているように思います。 ★(B) 永く生き、色んなことを経験した場合、どうも因果律、行ったことの+と-がきっちりと計算されていて、その分が本人に返ってくるようにはなっているのですが・・・ ☆ これは すぐ次につづく文章の中に 包まれているという形をはっきり出すべきではないでしょうか。 ★(C)・・・それよりも、愛やら感情やら、もっと複雑な物に傷ついたり、与えたり、或いは解き放ったりした場合のほうが、エネルギーやら評価が高いようなのです。 ☆ すなわち この後半の文章は (A)と同じ趣旨だと採ったときの疑いです。 すなわち まとめて言えば こうです。 《この世の全てのありとあらゆるものは愛によってできている》という観想をいだくとき 《因果律、行ったことの+と-がきっちりと計算されていて、その分が本人に返ってくるようにはなっている》ことは われわれには分からないという一言を 但し書きしておくのがよいと思うのですが いかがでしょうか。 ・愛は 因果応報を 蔽い包む。 ・蔽い包むだけではなく 因果応報を超える ・因果応報で動く人を 好きなようにさせる。甘えさせる。 ・この《〈愛〉による甘えさせ》は ふつうの具体的な人による愛の言葉 が 甘えさせるという場合もあるし あるいは逆に ふつうの人が むしろ その《因果応報で動く人》に甘えるという場合もあると考え られる。 ・無名の人が《因果応報で動く人》に甘えるというのは 言ってみれば 《聖なる甘え》である。 さて 愛は どこに どのように はたらいているでしょう。
- terraterra
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宗教に人間の本質的な魂の救済などできない 人間も自然の一部分であるということを忘れてしまっている 今の日本に心身症が増えているのもそのせいで 自然に帰し 自然と触れ合う仕事に就く 田んぼが最も適している 手作業による田んぼの稲作りをやれば 様々な日本の芸術にもつながっていることが分かるだろう 大地を離れるから心が苦しむ そしてそれが まだ大地から乖離せずに繋がっている証 心身症に悩む人の魂の救済は それ以上でもなければそれ以下でもない
- henokuappa
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100%神道の徒 確かにそう言えるかも知れない。 自然に背くユダヤ神道の徒 自然に根を下ろし自然と共に生きることから乖離した そういうことさえ分からなくなって来てしまっている 今の日本は旧約聖書に出てくるソドムとゴモラ 日本神道は農の神 象牙の箸を持つことを求ず 生命の木 知恵の木の 調和を知る天子の系統 神なりの道 和の起源 田んぼに戻れ
お礼
そうですね。 丁寧なお言葉(詩?)をありがとうございます。