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夏目漱石の「私の個人主義」について
現在、私の個人主義を読んでいて、気になることがあったので、質問いたします。 「たとえこの矛盾を融和することが不可能にしても、それを説明することは出来ないはずである。そうして単に説明だけでも、日本の文壇には一道の光明を投げ与えることが出来る。 -こうして私はその時初めて悟ったのでした。」とはどういう意味でしょうか? また、「必ずしも国家のためばかりだからというのではありません。~それが絶対に必要じゃないかと思うから申し上げるのです。」 というのには、漱石のどのような考えがあるのでしょうか?? どなたたか、ご回答よろしくお願いいたします。
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- mystisism2
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回答No.1
>たとえこの矛盾を融和することが不可能にしても、それを説明することは出来ないはずである。 これは引用された「出来ないはずである」→「できる筈である」ではありませんか? イギリスの言語風習と日本との違い、のことについて、だと思いますが。 >必ずしも国家のためばかりだからというのではありません。~それが絶対に必要じゃないかと思うから申し上げるのです。 国家と個人主義の関係において、個人のルール(秩序)が必要であるということを言っているのではないかと思いました。