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イワシの頭の効果
「イワシの頭も信心」と言います。 イワシの頭を崇拝し、信仰した場合の心理的効果について教えてください。
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以前にも似たような事に回答したのでダブりますが……。 宗教ってなんだろう、と考える時に思い出すひとつの小説があります。フランチスク・ムンテヤーヌ「一切れのパン」。昭和五十年前後に中学校の国語教科書に収録されていたので、授業で読まれた方もおられるでしょう(私自身もそうでした)。この小説のあらすじは以下のようなものです。 舞台は第二次大戦中のハンガリー。ルーマニアがソ連と手を結んだ為にルーマニア人である主人公はドイツ軍に逮捕される。彼はドイツ軍から人間性を剥奪されるような屈辱的な扱いを受け、他の逮捕者たちとともに監獄へ向かう列車に乗り込んだ。そこから脱走する際、主人公は車内で知り合ったユダヤ人のラビ(僧侶)から、布に包んだ一切れのパンを与えられる。ラビはいう、「パンをすぐに食べようとしてはいけない、いつどこで食物にありつけるか分からないのだから、耐えられるぎりぎりまで布に包んだまま持っているべきだ」と。主人公の孤独な逃走が始まった。飢えと乾き。あちこちにあるドイツ兵の影。死を目前にすることの絶望。彼はポケットに収めたパンを心の支えに、ついに窮地を脱して自宅にたどり着いた。ほっとした主人公は深い感慨をもって布包みを開く。そこにはパンではなく、一切れの木片が入っていた。 この物語は、人の心の仕組みとそれがもたらす力をうまく言い当てています。中身が木片であった事にあまり目を奪われてはいけません。仮にこの中身が本当にパンであったとしても、それが主人公の支えとなったであろうことに変わりはないのですから。大切なのは、中身がパンであると信じること自体が彼に生きる力をもたらしたという、その一点です。 普通は「いわしの頭」に対して信仰を抱くことは無理ですね。現実問題として、有り難いという感情が湧く対象になりにくいからです。けれども、もし仮に、聖なる岩や教祖の描いた曼荼羅や十字架などのシンボルに人々が抱くのと同じような情緒を「いわしの頭」に対して抱くことができたならば──生きるための心の力が湧くことは確かだと思います。
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喩えとしての「イワシの頭」を崇拝し、信仰した場合の心理的効果は: 他の宗教と一緒でしょう。特に「イワシの頭」の教えが「画期的で、宗教史に無いケース」以外は。 何事も疑わずにまず「全面的に帰依し、崇拝する対象」として、「対象になりないく例としての<イワシの頭>。 可能性があるとしたら: ・最近ブームの「DHA=ドコサヘキサ塩酸」の、健康面への治癒効果の周辺かな? P.S.週末で暇なので回答でしたが、更に付加えるなら 外国人(特に欧米人)は、「目玉付き魚」を食べるのを残酷・「ゲテモノ」と嫌います。(DHA効果のもっともある部分が魚類の目玉周辺なのに) では~♪♪♪
- kei1282
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プラシーボ効果ですか?
補足
ありがとうございました。