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ジャポニズムにおける富士のイメージについて
19世紀の西洋でジャポニズムがブームになりましたが、富士もその中で人気だったのでしょうか。また富士は西洋人にどんなイメージを持たれていたのでしょうか。単なる異国趣味?を満足させるものだったのでしょうか。また19世紀後半くらいの文学や美術で富士が出てくるものはありますか。 またこのようなことを解説した本はありますか。
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東海道53次の北斎作品によく富士が登場します。それをパリのエッフェル塔に当てはめて、パロティ(というかオマージュ)作品を書いたフランス人画家がいます。アンリ・リヴィエールという人です。
芸術は苦手で、高尚なことにはうとい歴史好きですが・・・。 当時の西洋の芸術家達は浮世絵を見て、大きなショックを受けたと聞いています。 ドビュッシーは、葛飾北斎の富嶽三十六景の有名な逆巻く大波の絵を見て、交響詩「海」を作曲したという話です。 ゴッホの「タンギー爺さん」の頭の後ろには富士山が描かれています。↓ http://www.hum.pref.yamaguchi.jp/tokuten/H13/tanguy/tanguy.htm あのピカソも浮世絵の影響を受けたといわれています。ピカソの絵のどこにその影響が出ているのかは私にはわかりませんが、そういう話だと又聞きで聞いています。 まあ、当時の西洋の芸術家達は浮世絵を見て、ショックを受けたんじゃないかと思いますね(富士山そのものについては、どの程度の理解があったのかわかりませんが、浮世絵にはよく出てきますので、知られていたと思います)。
- anapaultole
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一番知られているのは、フランスの版画家 Henri Riviere (1864-1951)が富嶽三十六景にヒントを得て エッフェル塔36景“Les 36 vues de la Tour Eiffel” を描いたことです。 ベルエポックの頂点としてのエッフェル塔を その立ち上がる建築途上の様子や、完成後の パリ市内から見える景色として描いています。 http://www.henri-riviere.org/v2/ このページの左側のLes 36 vues de la Tour Eiffel をクリックして下さい。 (画像なので、開けるまで重いです)