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知ってることと出来ることの違い(長文です)
本などを読んで知識をためることと実際に自分が 経験することは、どれくらい価値が違うのでしょうか。 「百聞は一見にしかず」とか「十遍読むより一遍写せ」 など、実際に自分の目でみて確認したり、読むより書くなど 体験・経験することが良いように言われます。 好奇心をもって情報を集めるのはもちろん大切だと思いますが それは何のためでしょうか?自分を守るためでしょうか。 それを参考に行動に移すとか、やってみるとかなら納得できますが、 知識だけを無駄に集めている(生かせていない)人も多いように思います。※私もそういうことがあります。 また、人のいうこと(上司やなんらかの先生、おやなどの)を 聞ける人って少ないような気がします。(自分もそうです) 親や先生、上司が何回も「~しなさい」とか「~してはいけません」と いうのに、「わかっているけど、できない」となるのはどうしてでしょうか? 頭では理屈は納得しているのですが、行動が伴わないのは指示されたことを 守らなければいけないということを心底納得していないからでしょうか? 実施に、注意されたことを守らなかったことで、支障がでて初めて 気づくということもあります。 様々な人間関係で人に何かを説明したり、指示する場合、どういう説明を すれば意図(~してほしい、~してほしくない)が伝わるのでしょうか、 また、自分が、素直に指導してくれた内容を守るために(間違っていることを 正しいことに改める場合に限り。押しつけなどははのぞく)助言してくれることを、 どういう注意をして聞き取ればいいのでしょうか?助言に対して、 心底納得するまで、自分の頭で考えたり、行動したりして、経過を経験 するのも勉強にはなると思いますが、、、 質問の要点がわかりにくいかもしれませんが、お気づきのことがあれば アドバイスいただければ幸いです。
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- Ama430
- ベストアンサー率38% (586/1527)
>本などを読んで知識をためることと実際に自分が経験することは、どれくらい価値が違うのでしょうか。 現代のように、複雑になった社会では、直接体験だけでは学べることはきわめて不十分です。 どうしても、間接体験(読書やネット検索)で直接体験を補い、直接体験をもとにして間接体験を実のあるものにすることが必要だと思います。 直接体験は迫力があるでしょうが、一般化できないことを誤解して思いこむこともありますから、どちらが良いというものではなく、互いに補い合うものだと思います。 >知識だけを無駄に集めている 「学び」の目的は2つあるでしょう。 (1)役立てるために学ぶ (2)面白いから学ぶ 「トリビア」と言われているものなどは、(2)の代表格ですね。 強いて言うなら、「面白いと感じることで人生を豊かにする」という目的のために知識を集めるのは「ムダ」とは言い切れないと思うのですが、いかがでしょう。 >「わかっているけど、できない」となるのはどうしてでしょうか? (1)本当の意味では「わかっていない」 言葉で入ってきた情報が、自分なりに納得できる形で定着していない場合。 納得できないが、反論も見つからないので、自分自身にも「わかった」と言うしかない場合。 (2)目的や目標はわかったが、具体的な手だてを理解していない 「めもりは8以下」→「数字をメモする」「数字を暗記する」「数字がわからなくても危なくないように常に半分くらいで使う」などが具体策ですね。 >人に何かを説明したり、指示する場合、どういう説明をすれば意図が伝わるのでしょうか (1)相手をよく理解することです。 相手が何を大切に考えるのか、がわからないと、相手の心に響く説得はできません。 (2)自分(相手と自分の関係)を理解することです。 自分の得意な説明方法、相手にとって、自分の言葉の重みはどの程度か、で作戦は変わってきます。 (3)伝えたい内容のポイントをしぼることです。 いっぱい伝えることは少し伝えることより難しいものです。 自分なりの考えを書き込んでみました。参考になれば幸いです。
- miki0428
- ベストアンサー率30% (3/10)
ご質問の内容を (1)知識と経験の違い (2)頭でわかることと行動に移せることのギャップ と解釈して、私の考えを書きますね。 (1)知識と経験の違い もちろん経験に勝ることはないと思います。 実体験によって得た教訓はなにものにも代えがたいものと思います。 だからこそ、若い時の苦労は買ってでもしろ、とか、かわいい子には旅をさせよ、と 言われているのでしょうね。 しかし、全てのことを経験することはできませんし、経験しなくてもいいことはあると思います。 大病とか親しい人の死とか、望んでまで経験したくはないこともいっぱいあります。 だから人には想像力があるのだと思います。 小さな経験の積み重ねと相手の立場を思いやる想像力。 経験だけでは知ることの出来ないことを知識が補助してくれるのではないでしょうか。 (2)頭でわかることと行動に移せることのギャップ 頭で理解するということと、心から納得する、腑に落ちるということは全く別のものです。 人間は自分自身の考えでやる意義を持っている(内発的動機に基づく)ことでなければ、 本質的に行動はできないものです。 指示・命令でも人は動きますが、所詮「言われたからやっている」「やらなきゃ怒られるから」 くらいで動いている場合、行動に最後まで責任を持つことはないと思います。 人を動かしたい、と思った時はその人の内発的動機を高める必要がありますね。 どうしたいと思っているのかをまずは聞いて、行動してほしいと思っていることと近いかどうか。 遠い場合も共通点を見つけて、広がるように伝える側が考えることが必要と思います。 早くやりなさい!と押し付けるのではなく、どんな手順でやりたいのか、 その手順をベストと考えるのか、といったところをすり合わせていかないと 少なくとも再生産はされない(言われたことはやるが、毎回言われないとやらない) ことになると思います。 私自身は助言を大切にするために、少しでも自分の中で受け入れがたい、モヤモヤしたものは全部 相手と共有し、消化できるまで質問したり話を聞いてもらったりしています。
お礼
私の知りたかったことの要点をまとめていただいてありがとうございます。 ご指示いただいた内容を拝見し、 (1)頭でわかること=(2)知識としてもつ、知識をもった (1)行動に移せること=(2)経験する、経験した なのかな、と思いました。 >>頭で理解するということと、心から納得する、 >>腑に落ちるということは全く別のものです 心から納得し、腑に落ちるというのは、自分のもの(信念?)に なるのでしょうか・・・。 私は、きちんとしている人(言動が一致する人)の指示であれば 素直に聞き入れることができるのですが、口だけだったり、実際 経験がない人に、感覚的(イメージで)に口を出されたりすると 「やったことないのに、わからんだろ?」と思って、全く聞き入れる ことができません。(耳にはとめていますが) 経験を積んでいる人(その事象の道理がすべて分かっている人)の 言葉の重みや影響力に比べ、経験ではなく知識のみが先行している 人に経験、実行することの価値を知ってほしいというところから こういう質問をした次第でした。 (なんだか自分でも混乱してきてしまいました・・・すいません)
- precog
- ベストアンサー率22% (966/4314)
知識は、先の事を知るために有効ですし、自分の思いつかない解決方法などを知るためにも有効です。もっと実際的な話をすると、一般に明らかになっている知識は前提として要求されます。しかし、知識にはイメージを伴わない、実感を伴わない(痛みがわからない)という欠点があります。 で、経験すれば、そこからいろんな知恵や知識が後からでも取り出せます。何がダメで、何が可能なのかが実感でき、軸がブレませんし、非現実的な空想を抱く可能性も減ります。しかし、それを解釈する知恵がなければだたの過去です。 何かを学習するにあたっては、まず、知識(理論)が先行し、経験が裏付けます。そして信念へと変わるわけですね。 で、人に知識を授ける場合には、それが「知恵」になっていなければなりません。つまり、結論だけ伝えると、成熟した人には受け入れられません。なぜなら成熟した人は、自分なりの人生からの確固とした考えがあるからです。 何かを教える(説得する)場合は、なぜそういう結論になるのか、事例はなんなのかを示す必要があります。例えば、文章の書き方としてPREPというものがあります。大概の記事はこの形式をとっていると思いますので見てみて下さい。 1)Point (AはBである) 2)Reason (なぜなら、、、だからである) 3)Example (例えば、○○は△△という結果をもたらした) 4)Point (以上のようにAはBなのである) まぁ、思春期迎えた人間に、「道路を渡るときは右見て左見て右を見ろ」と言っても無駄ですよね。「渡るときは、まず右から車が来るので、これをやりすごすために右を見る。そして、左を見て渡れるか確認すると効率が良い。しかし、左を見ている間に右から来るかもしれないから渡り始める前に右を確認せよ」といわれりゃ、まぁなんとなく納得しますよね。それに加えて、運転者の視線として、歩行者がこちらを見ずに歩き出したら車は止められないという理由を科学的データを元に示すなどすれば説得力は増すでしょう(処罰はあなたの安全確保手段として効果的でない)
お礼
ご回答ありがとうございます。 いただいた内容、かみ砕くのに少し時間がかかりそうですが 私の探している答えのヒントがたくさんありそうで、 今の私には瞬時に吸収するには難しいので、いろいろなケースを当てはめ ながら、じっくり考えたいと思います。貴重なご意見ありがとうございました。
- esezou
- ベストアンサー率37% (437/1154)
mao0811さん、こんにちは。 実社会は親切ではありませんが親は違います。 例えば、 バイトでフライヤーを使うとします。 場所によっては、マニュアルを読め、書いてあることに注意しろ、と言われるだけでしょう。そしてマニュアルには、 「このフライヤーのガス圧は2Kまでにしなさい、それ以上あげると危険だ」と書いてあり、あなたは「ふーん、でも使うのは普通は0.5Kだし」といって忘れて、ある日先輩に、もっと急げ、温度を上げろ、と言われて、忘れててどっかーん。 できる親だったら、 このコンロは8までしか回してはいけない。10まで回すと、炎が上がって危ない、やってみようか、ほら危険だろう、絶対回すな。 できない親、 8までよ、気をつけなさい、気をつけなさい、気をつけなさい、気をつけなさい、気をつけなさい、気をつけなさい、以下略。 どの方法が効果的か判るでしょう? 親は、子供を守るため、効果的方法を取るべき、社会人は、自分のために指定されたルールは守るべき。 違うんです中身が。 人に指示する方法(山本五十六) やってみせ 言ってきかせて させてみて ほめてやらねば 人は動かじ
お礼
esezou様、こんにちは。ご回答ありがとうございます。 esezou様が記載してくださった、できない親は、 自分が子供がわかるように説明する方法を考えるのや実際に 説明するのが面倒なのかもしれません。それで失敗した子供に 「言ったじゃない!だから駄目だって。どうしてまもらなかったの?」 と責任転嫁をしそうですね。自分が説明するのを怠ったことを。 子供には(まだいませんが(^^ゞ)、esezou様の書いてくださっている ”できる親”的な教育ができるように工夫していきたいと思います。
本などを読んで、知識を高めるよりも 実際に体験したほうが分かりやすいのは確かにそうです。 ですが、百聞は一見にしかずなど昔の言葉は確かにその通りなのですが、現代社会において、あまりこの言葉は有効ではないような・・・? まぁ合わないだけかもしれませんがw 好奇心を持ったほうが、より深く覚えることが出来るからでしょう。 言われた事は分かっているではなく分かるけど、 行動まで移せないのは、納得云々よりも面倒なだけにしかみえませんw 人間関係で指示は、相手がもっとも好む言い方で指示を出せれば問題ないと思います♪♪(そんなのわかるわけないですがw 上記の理由など書きましたが、ぶっちゃけこんなん要らないですねww 百聞は一見にしかずではないですが、 色々な情報を入れても、結局はやるかやらないかです。 そんな知識など無くてもやっている人はやっています。 てか、 あなた怠け者ですよね?ww まぁ、少しづつ頑張ればOKだと思いますよ♪(・∀・)ガンバレ~
お礼
早速のご回答ありがとうございます。 >あなた怠け者ですよね?ww はい。そういうところも大いにございます。
お礼
お礼がおそくなってしまいました。申し訳ありません。 「面白いから学ぶ」、おっしゃる通り無駄ではないですね。 ”自分を”まずはしっかり理解することから始めたいと思います。 どのご意見も大変参考になります。 ご回答ありがとうございました。