- ベストアンサー
独語と英語が共に堪能な方にお尋ねします
- 『パパラギ』の英語版の一部に違和感があるため、他の独語の英訳の可否を尋ねたい
- 独語の文章の英訳として、以下の3つがある((1)、(2)、(3))
- 質問者は独語がわからないため、最も自然な訳文を知りたい
- みんなの回答 (3)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
- ベストアンサー
まず、自分の回答の訂正をさせてください。「擬人化」→「抽象概念なのに人の所有物のようになっている」 (I)as if に相当するドイツ語は als (als ob) です。gerade so はそれを強めています。英語でいえば just like... です。これは必ず接続法を伴います。基本的に接続法2式ですがときに1式も用いられます。英語の as if が接続法を伴うのと似てますね。英語では時制を一段過去にずらすことによって接続法になります(例:is → were, went → had gone) がドイツ語では接続法という形にします。 (II)will が would になるのは「as if にあわせて接続法の形にする文法的操作」が加えられたからです。ドイツ語では「接続法2式(あるいは1式)」にします。 if に相当する形、というよりも as if (接続法)に相当するのが als (接続法)なのです。その点でいえば、英訳はすべて要求を満たしています(as one WOUDL, as if one WOULD, as if he WERE)。 (III)英語自体が自然かはネイティブの方が一番知っているとは思いますが、私の感想では: (2)は先に申しましたように馴染みのない表現が使われています。これは私が知らないだけかもしれません。 (3)は "so to speak" と "as if" が同じような意味なので冗長かもしれません。前者を削除したほうがいいかもしれません。それと、(3)の主節では「習慣的行為」の現在形なのに "as if" 以降では「現在進行形」を接続法の文法的操作を加えた形になっている点で、私にはおや?と思えます。"as if" 以降も「習慣的行為の現在形」を接続法の文法的操作を加えた形にするべきだと思います。この点もネイティブに確認するべきでしょうね。だからその場合、as if he chopped up か as if he would chop up になるでしょう。ここでおや?と思われたかもしれませんが、will を「未来形」とは考えず現在形の一種と考えてください。「未来形」は便宜上の概念に過ぎないと見なしています。 (あ)これは will の意味に関してですね。「人はこうするものだ」という「習慣」を表す、という点で同感です。 (い)as if (接続法)と as (接続法)の違いをお知りになりたいんですよね?私も知りたいです。ネイティブに聞いてみましょう。多分ですが、as if のほうがより接続法のニュアンスが強いでしょう。 (う)ドイツ語では he chopps it (a day) up as one would cut up crosswise a soft coconut with a bush knife. という風に表現しています。Er が he で man が one に相当します。西洋人一般のことを指して喋っているので he でも one でもたいして違わないと思います。
その他の回答 (2)
すみません、訂正:chopps → chops
リンクのページは pdf file で、google のキャッシュでもフリーズをしてしまいますのでこちらに引用しました。 Er zerschneidet ihn gerade so, als führe man kreuzweise mit einem Buschmesser durch eine weiche Kokosnuss. Alle Teile haben ihren Namen: Sekunde, Minute, Stunde. 私の印象では(1)から(3)のどれもが自然な訳だと思いました。(2)の go with...through... は、私の語彙不足なのか、少し馴染みがない表現です(ネイティブに聞いてくれますか)。ただ(1)ではブッシュナイフで、というのが抜けています。 なぜ(1)が違和感を覚えるのか思い当たる点は まず "his day" ですが、引用の少し前に "seine Zeit" という表現があり、まさに「彼の時間」と擬人化していますので英語の訳も正しいです。 "into small squares" は、kreuzweise で表現されています。これは副詞で、「十字に、十字の形に」です。ちなみにドイツ語では形容詞と副詞は同じ形をしていますが、この単語は -weise という接尾辞で名詞を副詞化しています。英語の -wise に相当します。 もしかして引用された別の個所でも違和感を覚える表現があったのでしょうか?
お礼
ご回答ありがとうございます。 (1) 私はそもそも英語の 1.従属節を導く接続詞 "as if" 2.助動詞 "will" が仮定法過去で用いられる際に過去形になって "would" になりますが、この "would" に逐語的にあたるもの の2点が表現形式として独語にも存在するのかどうかがわかりません。 (2) 独語素人の私が見るところでは元の独語には "if"、"would" にダイレクトに相当するものは該当の独語文には見当たらないように思います。もしそうならば、(1)の英訳が元の独語の英文に逐語的に忠実なのではないかという気がします。 (3) 他方、「補足」に書いた観点から3つの英訳を眺めたとき、元の独文からはなれて英語の表現という点だけから見ると (1)よりも(2)や(3)の方がより自然な、あるいはより日常口語的な英文であるような気がします。 以上の3点で何かコメントがありましたらいただけませんでしょうか?
補足
私の一番の関心は英訳の従属節内の形、特に以下の(あ)、(い)、及び(う)にあります。 (あ) 動詞の形が、 (1) ではas …would… (2) ではas if …would… (3) ではas…were –ing となっています。 助動詞wouldが(3)では用いられていません。この場面ではoneはサモアの人を意識した総称人称だと思いますが、(1)、(2)のようにここにwould が入れば、ココナッツの柔らかい果肉の部分を細かく刻むのはサモアの人の習慣、あるいは意思・好みといったニュアンスが私には感じられます。 (い) また従属節の接続詞は(1)がas、(2)と(3)は共にas ifです。asだけとas if ではifがある分だけその節の行為がその主語((1)(2)ではone、(3)ではhe)の姿の一部分(姿の場合分け)という感じがします。日本語で言うとまさに、「まるであたかも…が…するとするとその場合のように」という感じでしょうか。 (う) 従属節の主語が(1)、(2)ではoneであるのに対して(3)では、so to speakと断った上でのことですが、oneではなくheとしています。 この3点の観点の違いに絞って、改めてお尋ねいたします。 ●件のサイトにあるドイツ語の文脈で、該当の独語の部分を英訳するとして、 1.最も自然な訳文は英文の(1)、(2)、(3)の中ではどれになるのでしょうか? 2.できましたらその理由にも触れていただけるとありがたいです。
お礼
お礼が遅くなり申し訳ありません。再度、懇切丁寧なご回答をありがとうございます。 特に (I), (II)の 「as if に相当するドイツ語は als (als ob) で、…if に相当する形、というよりも as if (接続法)に相当するのが als (接続法)なのです。その点でいえば、英訳はすべて要求を満たしています(as one WOUDL, as if one WOULD, as if he WERE)。」 (III)の (3)は "so to speak" と "as if" が同じような意味なので冗長かもしれません。前者を削除したほうがいいかもしれません。それと、(3)の主節では「習慣的行為」の現在形なのに "as if" 以降では「現在進行形」を接続法の文法的操作を加えた形になっている点で、私にはおや?と思えます。"as if" 以降も「習慣的行為の現在形」を接続法の文法的操作を加えた形にするべきだと思います。…だからその場合、as if he chopped up か as if he would chop up になるでしょう。ここでおや?と思われたかもしれませんが、will を「未来形」とは考えず現在形の一種と考えてください。「未来形」は便宜上の概念に過ぎないと見なしています。 の2点は特に参考になりました。改めて御礼申し上げます。