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江戸時代のやくざ収入
江戸時代のやくざは賭場とみかじめ料で収入の3分2くらい上げていたのでしょうか?察しでいいですから知識お持ちの方お願いします。
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いわゆるやくざは、江戸時代では博徒またはテキ屋です。彼らは無宿人または非人であることが多く、旅から旅の生活です。 江戸時代中期以降、土地土地に住む、親分を頭とする博徒集団が形成されていきます。彼らは自警団的な役割も果たしましたが、一方で盗賊団的な役割をも果たします。 質問としては、この定住した博徒の収入、ということでしょうから、そのつもりで回答します。 やくざの商売として多かったのは金貸しと飲み屋と宿屋だと聞いています。 宿屋は意外かも知れませんが、この時代の宿屋は遊郭もかねていますので、遊郭を経営しているような物でしょうか。 もう一つ収入源を挙げるとすれば「興行師」の役割で、特に多いのは祭や相撲の興行を取り仕切ることです。 とはいえ賭場とみかじめ料、特に後者が収入の大部分を占めていたことでしょう。
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- m41
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回答No.2
ご質問の意味が良く解らないのですが? ○○組みの収入のと言う意味ですか?それなら後の1/3は何だと思っていらっしゃるので?
質問者
お礼
ありがとうございます。
お礼
やはりみかじめの割合が高いのですか、どうもありがとうございます、参考にします。