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空海と金剛峰寺・教王護国寺の関係について

空海と関わりの強い金剛峰寺と教王護国寺の関係について調べています。 空海は、東寺を賜った後、両寺院とどのような関わり方をしていったのでしょうか? どちらかに比重を置くといったことはあったのでしょうか? また、両寺院間での交流や、争いはなかったのでしょうか?空海が唐から持ち帰り 金剛峰寺に安置してあった仏像を、東寺へ移したという話も聞いたことがあるのですが…

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回答No.1

ちなみに、 空海は弘法大師とも言います。 (空海は、入定(死)後87年目の921年に醍醐天皇から「弘法大師」の称号が贈られた) 2つほど確認したいのですが、 東寺=教王護国寺              真言宗総本山  (空海はここを真言密教の根本道場とし、教王護国寺と称した。 )           金剛峰寺は高野山の一部 (高野山真言宗に属し、金剛峯寺を総本山とする。) です。 http://www.otera.net/syuuha.htm にも出ています。 下記の資料を参照してください。 ちゃんとした答えになっていないかもしれませんが、 ご容赦下さい。 結論として、 金剛峰寺も東寺も 弘法大師が真言宗の基点としてお使いになったところであり、 後の新派と対立する古儀真言宗の総本山として要であったということがわかります。 空海とそれらの両寺の関係を知るため、 空海の一生について言及します。 弘法大師空海の一生 http://www.mandala.co.jp/shingon/kobo.html http://www.rinku.org/users/rin_koku/PSB2000/FinalVersion/NohataSite/Datas/zzPages/Chantal/KoboDaishi.html 真言宗と宗派 http://www.cnet-ga.ne.jp/kenta/mitsu/shingon.html http://www.pref.kyoto.jp/intro/trad/isan/kyouou.html http://www.buzan.or.jp/temple/buzanha/syuha1.htm さらに、 それぞれの宗派がどのような関係にあるのかは下記の資料でわかります。 真言宗の歴史 http://www.miyagawa.com/syuha/syu/singon.html