- ベストアンサー
言葉はなぜ生まれたんでしょうね【2】
こんばんは^^ 先日に言葉がなぜ生まれたかという疑問に いくつも面白い回答、穿った回答を頂きました。 そこで言葉が生まれた理由よりもその過程も気になりはじめました。 今赤ん坊は生まれても、言葉のありふれた環境なので回りから学んで自然と使えるようになります。 言葉の無い遥か昔は、回りも皆赤ん坊のようなもの。そんな環境からどのようにして発達していったんでしょうね。人類最初の言葉って何なんでしょうね。 まあ明確な答えなんてわかりようはありませんが、こんな考えはどう?みたいなのがありましたらぜひお聞かせくださいm(__)m よろしくお願いします。
- みんなの回答 (7)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
言葉はどのようにして生まれたのか、自分なりに書かせてもらいます。 まず、人間は他の生物と同様に、「自」と「他」を分け、「自」を維持しようとします。この「自」と「他」を分けることが、言葉が生まれる以前の「言葉的なもの」の始原です。 次に「自」を維持するために、「他」を利用したり、自分のものにしたりします。つまり、ものを食べたり、道具を使ったりします。ここで、世界との関係が、単なる「自」と「他」でだけではなく、複数の「他」がそれぞれに「自」とどのような関係であるかという価値評価が生まれます。 ものを食べる場合(また他の本能的な行為)は、行為(食べること)と目的(「自」を維持すること)が時間的にほぼ直結しているので、人間以外の動物でも行うことができます。 一方、道具を使う場合、道具自体は目的の対象ではなく、あくまで目的を達成するために役立つものなので、道具と目的の関係を把握するために、ある程度の時間的な幅があります。人間は他の動物よりも、この「時間の幅」を知る能力が優れているので、道具を使ったり、道具を作ったりすることができます。そして、「時間の幅」の中で、変わらず保持し続ける要素が概念となり、言葉になったのだと思います。たとえば、「花」はそれが咲いてから枯れるまで、少しずつ変化し続けています。しかし、変わり続けている中に、ある特定の変わらない要素(色や形や雰囲気など)を人は感じ取ることができる。それゆえ、変わり続けるものに「花」と名づけることができるのだと思います。
その他の回答 (6)
- sinfonia
- ベストアンサー率42% (53/124)
深い疑問ですね。興味深いです。 一例を挙げさせてください。 内容はふざけてますが、投稿の意図にふざけた気持ちはないです。 先生「言葉は何のためにあるか知ってるかい?」 生徒「えー・・・っと、伝達のため?」 先生「違~う。女性をクドくためだ」 生徒「(笑)」 映画「今を生きる」より 勿論これは冗談の部類に入りますが、これを見た時(小6)、 何かすごく言葉の発生に熱いものを想像しました。 色々な方の回答にはそれぞれそれなりの根拠があって非常に面白い ですが、「好きです」という気持ちが原点と考えるのもまた面白い かな、と思いまして。 生物学とか全然絡んでなくて根拠なしですが、こんなのもありでは ないでしょうか。
お礼
初めまして!ご回答有難うございます! この先生と生徒のやりとり、自分もどこかで見たことあります! 生物学と全然絡んでない、とおっしゃってますが哲学のカテゴリーに自分も質問させていただいてますので大歓迎です! ほんとに人類最初の言葉とは何なんでしょうね~、「好きだ」という気持ち、あるいはもっとなにか人の原点にある気持ちから発生した一言、何かは見当もつきませんが、そういうものから発生したんでしょかね、、。 ご回答有難うございました!^^
- kaitaradou
- ベストアンサー率8% (102/1147)
これはまったく思いつきでしかありませんが,言葉というのは実際存在していないものに対してでも作られてしまうということがないかなと考えています.言いかえると言葉ができるとその対象も実在するかのようなことになるのではないかということです.言葉の遊びという言い方がありますが言葉はもともと架空の世界を作るという意味では遊びのようなものなのではないですか。こういう言葉というものがいろいろな空想や仮定を通して外界と対応がつけば予測とか思考というような現実的なことにも役に立つ様に成熟したところまで到達するのではないかなどと空想します。
お礼
ご回答ありがとうございます! 言葉というのは実際存在していないものに対してでも作られてしまう、ですか。なるほど~。 「あの世」や「極楽浄土」、あるいは空想上の生き物などはそうかもしれませんね。 他にも言葉が先に出来てから徐々に具体化されていった事象もたくさんあるでしょう。 意味は後付けだとしても、そういう風に世界につながっていけば確かに現実でも応用の利く頭の中の何かを発達させれるような気がします。 大変面白いご回答有難うございました!
- vagabond_0710
- ベストアンサー率26% (68/257)
こんばんは!前回参加させていただいた者です。 僕は前回、人間の孤独性と社会性からこの問題にチャレンジしてみました。その視点から、考えてみたいと思います。 言葉を観察してみれば、時代によって変化してます。現代を見れば、流行語大賞があるし、若者は新しい表現方法を工夫しています。「もの凄く」を「超」とか、「美味い」を「まいう~」とか、短くしたり、逆に読んだりしてます。チョベリグ~とか僕のおじいちゃんは解らないと思います。(笑) 「(笑)」←これも新しい表現で、パソコンを知らない僕の母は初めは「なにこれ?」だと思います。 過去を振り返ってみても、50年前の本を読むとスムーズに読めないし、さらに50年前とか、今と全然違います。もっと過去をさかのぼれば、カタカナが出来る前は漢字ばかり。中国の言葉をそのまま使っていたそうです。 そのように、言葉は時代によって変化します。 また、日本語は難しいと聞きます。僕はその理由をこの日本の文化と地理に関係していると思います。日本はアジア大陸の端っこにある小さい島国です。しかし、ヨーロッパをはじめ多くの国は陸続きです。常に広い交流やぶつかりがあった大陸の国と違って、端っこの島国の日本は、中国など限られた国との貿易しかありませんでした。(日本の文化を見れば、過去の文化はそのほとんどが中国の輸入品です。) 島国で、たいして外との交流のない日本人は、狭い範囲で生活しています。その狭さがゆえに、言葉も自然に細かくなっていったのだと思います。人間は言葉で情報や気持ちを共有しようとしても、難しいものです。しかし、それを細かく表現できるように努力したのも、日本が狭い土地で生きてきたからだと思います。同じ日本語でも、時代によって変わるのに加え、地方によって変わります。英語も、中国語も同じです。やはりその土地独特の進化を、つまり言葉は時間とともに変化していっているのだと思います。 言葉は、人間の思考に沿って開発されてきたのだと思います。主語や述語、動詞や名詞など、文法は論理的に表現できます。文法とは一種のルールで、社会の約束事です。その枠に収まりたくない若者は、新しいルールを作るのだと思います。時代とともに社会は大きくなってきました。江戸時代は藩。文明開化して日本、そして今はグローバルな時代です。おそらく大昔は小さい部族が社会だったのでしょう。争いの世界から国を作り平安を目指して英雄や国王、法王や天皇が生まれたのだと思いますが、それに従って、共通のルールである言葉の統一が必要だったのだと思います。日本はそれを中国から借用したのではないかと推測します。 はじめは、ウホウホとかオーとかアーとか、擬音語みたいなことから始まって、それとともに、絵を描いたりしていたのが、やがて象形文字ができたのではないかと思います。この絵(文字)は、人っぽいぞ!?という風に。そうやって、絵に「意味」が持ち始めて、「文字」が生まれ、「便利」なのでそれを繰り返し「使う」につれて、この人っぽい絵(文字)は、どのように言葉で発したらいいんだろう?となります。絵(文字)は、時間を越えて後世に残せます。社会の中では、それを読む「ルール」を決める必要性に迫られたと思います。絵だったのが、文字という意味のある存在になって、そのビジュアルのルール、さらにそれを読むルールができたと思います。そして言葉は、知恵として受け継がれていったのでしょう。進化して今の時代のように、いろんな国の言葉や方言、専門的になって専門用語、これからもどんどん言葉が増えていくと思います。 もし研究するのであれば、実際に言葉を発しない生活をしてみれば面白いと思います。1人で生活をするのなら、独り言を言わなければ問題はないのですが、他人とともに生活をするのであれば、かなり不便だと思います。僕なら、伝えたい衝動にかられると思います。 しかし、言葉の通じない異国人どうしでも恋に落ちると思います。 長くなったのでこの辺で。なんの根拠もない、僕の推測です。^^;
お礼
再度ご回答ありがとうございます!m(__)m >言葉は時代によって変化する 確かにそのとおりですね。言葉は生き物。 だから今の人たちが言葉の意味を別の解釈で使っていたとしても正しくはありませんが、決して間違いではないと聞いたことがあります。 それにしても擬音語から始まり絵を描いたりしているうちにその絵に意味を見いだし、 そこからまず文字が生まれた。そしてそれを口頭で伝えるためにある法則にのっとった擬音が必要になり言葉が生まれた。 これはすごく穿った答えだと思います!すごい納得です! 一つルールが決まれば次から次へと決まっていきそうですね。社会が発達すればそれを統一する王の役割を持つものが現れ、その人が率先してルールを作ったんでしょうね。 実際に言葉を使わない生活ですか~^^; 独り言もだめなんて耐えれませんね~(笑 それにしても言葉の通じない異国人同士でも恋に落ちる、言葉を超越した人の気持ちって不思議ですね~ ご回答本当に有難うございましたm(__)m
- popesyu
- ベストアンサー率36% (1782/4883)
どこの国でも「イエス」と「ノー」は一番簡単な殆ど2つの音で出来ているため、原始の言葉は「イエス」と「ノー」から始まったとする説があります。 ちなみに倭については、少なくともその起源の頃は、日本以外にも朝鮮や台湾あたりも指していた言葉ですので、カン辺りが訛ったとか色々説はありますが"私"説はないでしょう。
お礼
なるほど、「はい」「いいえ」、「イエス」「ノー」といった 肯定否定が最初の言葉かもしれませんね! 人の最も基本的な感情表現ですもんね! かなり納得です。はい、いいえといいたやりとりをしていればいやでも「ん?なんで?」 と理由を聞きたくなる場面に出くわしますもんね。そこから発達していったという考えもありえますね~。 ご回答有難うございました!^^
- Syo-ya
- ベストアンサー率31% (558/1780)
昔、TVで見たアフリカ?か、どこかの原住民の言葉は、口の中で舌や唇を打ち鳴らすようなものでした。 言葉というより「音」ですよね。 母音は無い、子音だけの「音」という感じでした。 身振り、手振りも交えてやってたと記憶してます。 たぶん、人間も、森で生活してた頃は、そんなに複雑な意志の疎通を必要としてなかったと思うんです。表現の対象となるモノ、事象も森の生活では限定されていたハズですし、生活のパターンも決まっていたでしょうから、誰にでも出来るような簡単、明快な「音」が言葉の祖先だと思います。 欧米系の言葉は子音が凄いですよね。 フランス語とか日本人には完全なヒアリングは難しいですよね。 やっぱり、それも、舌や唇を器用に使う歴史の上に成り立っているのではないかと思います。 だから、逆に言うとアジア系は、あまり器用ではなく「あ、あ、うう~、うう~」という言葉の文化のうえに成り立って来たのかも知れないと思います。 これももしかしたら、欧米系の狩猟民族は獲物に悟られないように小さい音を多彩に器用に発し、アジア系の農耕民族は大きな音を発するような歴史だったのかもと思います。 全部、私の創作話ですが、良い線行ってると思います^^;
お礼
ご回答有難うございます! ふむふむ、確かに言葉(口頭)も音ですよね~。 Syo-yaさんのご意見とても説得力ありますね! また「あ、あ、うう~、うう~」というものが言葉なの?それとも音なの?という線引きによってもまた別の考えが出でくるかもしれません^^ 貴重なご意見有難うございました!
- nigorizake
- ベストアンサー率29% (14/48)
面白いテーマですね(^^♪。 最初の言葉はやはり、合図でしょう。仲間・相手の注意をこちらに向けるために、 「おいおい」とか「おーい」とかだと思います。 次は、一人称・二人称でしょう。 ところで、日本の国名、かつて「わ」(倭)と呼ばれていましたが、なぜだと思いますか。 以下、私の推測。 日本語の一人称=「わたし」「われ」、だから、大陸人は、奴らは「わ」という奴だ。→「わ」になったのではないでしょうか(^_^.)。
お礼
ご回答有難うございます! 合図ですか~なるほど~。合図されれば当然「返事」が必要になりますよね。 その返事からさらに返答。そんな風にして最初は広まっていったのでしょうかね? 「ありがとう」「ごめんね」「さようなら」などの言葉はだいぶ後なんですかね~。 興味深いお話感謝いたしますm(__)m 又機会があれば、ぜひ!
お礼
お返事遅れましたm(__)mご回答有難うございます! 「時間の幅」ですか~すごい興味深く新しい回答ですね~。例えもわかりやすいです! 始まりは何人かの方もおっしゃられておるように自と他、つまり相手の存在がコミュニケーション、つまりは言葉の「もと」のなにかを生んだ、みたいなものでしょうか。 「時間の幅」はおもしろいです!コミュニケーション以外の言葉に対する発想は目新しくって^^ 貴重なご意見有難うございました!m(__)m