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なぜ、国民統合は、上手く進まないの?

アフリカ大陸や、中東は、宗主国より歴史的経緯から恣意的な国境線が引かれ民族、言語の分布を全く無視した新しい枠組みを作ってしまいました。 当然、近隣の住民同士仲が良いこともあれば、仲が悪いこともありますが、上記のような状態になったら文句も言えません。言えるかもしれませんが、人の数億倍努力しないと恣意的な国境線の軛から脱することはできません。 エジプトやリビアのナーセル主義や、汎アフリカ主義など到底の努力では、辿り着けない構想です。 しかし最近、東アフリカのタンザニアという国が先述の経験を通しても国民国家を作り上げたというのです。それも別の政府(ザンジバル革命政府)との統合の上でのことです。 何でも植民地以前からあった伝統的社会を独特な社会主義政策で解体し、アフリカの地場の言語であるスワヒリ語で教育を受けさせ、国民の殆どがその言葉を理解していることで国家として安定しているということです。 他のアフリカ諸国では、あまり見られないことみたいです。 ところで、何故タンザニアだけ、安定的に国民の統合に成功したのでしょうか。元々あった社会を壊したり、地場の言語を国語にするのは、他の国でもできることです。 逆になぜ、他の国々(恣意的な国境線を引かれた国)の国民統合は、上手く進まないのでしょうか?

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  • Reynella
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回答No.1

タンザニアもそうですし、ボツワナもそうですが、最初期の指導者が優れていたことと、国内に「対立する大きな民族グループ」が存在しないこと、系統の違う多言語が多く存在しなかったこと、これが安定した国家を作れた大きな要因です。ボツワナはこれに加えてダイヤモンドの力もありましたけど。 タンザニアで言えばジュリウス・ニエレレの功績ですね。彼は英国で修士号を取りましたがその時に彼の人柄と能力に惹かれた多くの人々が、後に独立と、発展、そして最後に「伝統的社会を独特な社会主義政策で解体」が経済破綻を引き起こしたときにも絶大な助力をしています。言語をはやいうちに統一するよう薦めたのも大学院時代の教授です。 「元々あった社会を壊したり」 壊すのは誰でもできますが、そのあとに社会を作るのは大変です。タンザニアだってそれは一度失敗しています。そのときどうするか、でその先は変わります。 「地場の言語を国語にするのは、他の国でもできることです」 できない国があります。それは、「地場の言語」が複数、それも系統が違い互いに理解できないものがあるときです。自分の言語を奪われ、理解できない別の言語を押しつけられることに平然としていられる人はいません。 上手く進まない国は、多くの場合部族間の対立があるのに加え、初期の権力者の質が悪かったところですね。自分の出身部族を優遇する、地下資源を私利私欲の為に先進国に売る、少数部族を迫害する、部族が違う隣国と紛争を起こす、そして独裁者となる。こうなれば、旧宗主国も、他の先進国も支援をしようとは思いません。 ニエレレは利権に走らず、独裁者にもなりませんでした。自分が始めた社会主義経済が破綻したとき、職を辞しました。力を振るうときは果断に振るい軍隊も使った人ですが、自分の為には使った事がありません。 残念ながらアフリカの初期の指導者でこういう人は多くはないですね。

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