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龍馬と民権運動
坂本龍馬が明治時代を生きて、 岩崎弥太郎みたいな実業家にならずに 政治家になっていたら 征韓論政変で西郷側に付いて 後藤象二郎や板垣退助と共に下野して 自由民権運動に関わるか、 真正の自由民権運動家になっていた可能性は あるんでしょうか? 龍馬の甥も民権運動家になっていますし。
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- oska2
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>坂本龍馬が明治時代を生きて、(略)政治家になっていたら征韓論政変で西郷側に付いて 歴史に「もし」はありませんが・・・。 征韓論は、吉田松陰など討幕派が基本にしていた思想ですよね。 ※何故か、松陰などの征韓論は無視されています。 龍馬の場合は、政商グラバーを通して大英帝国系の活動家でした。 船中八策も、龍馬の考えでなくグラバーから教えられた政治体制に過ぎません。 ※グラバーの日誌には、龍馬に関する記述が多いですよ。 ※船中八策についても、龍馬に教えてあげた!と記述があります。 まぁ、司馬遼太郎が龍馬を英雄視したので誤った龍馬像が広まった。^^; もし、龍馬が暗殺されなかったら・・・。 政商となって、日本政府とイギリスの政治に暗躍したでしようね。 海援隊が、岩崎家に変わって土佐商会を吸収して「才谷財閥」が誕生していたかも?
- gunsin
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坂本龍馬は司馬遼太郎さんの小説で幕末のヒーロに祭り挙げられた 人物で、口の上手いごろつきの域を出ていない人物です。 新選組は桂小五郎を深く探索してましたが坂本龍馬は西郷隆盛の 使い走りの認識だったので、動向は探った程度でした。 後藤象二郎や板垣退助は藩士ですが、坂本龍馬は土佐藩の下士です 下士は藩士の扱いをされてませんでした、だから脱藩の罪を犯した のです、上士、下士の区分けがなければ、頭脳明晰なので西郷隆盛 の様に建白書を上申して殿様に認められる機会が有ったかも知れませんですが・・・ 吉田松陰は脱藩して諸国を巡りましたが、罪を許されて、帰藩 してます、土佐藩の上士、下士の制度では、かなわぬ事柄ですが。
お礼