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日本の仏壇文化は最近のことなのですか?

日本の仏壇文化は最近のことなのですか? いま小さい仏壇の厨子が流行っているそうです。 家も小さくなっていて、昭和の一軒家がアメリカ人から見て鳥小屋や犬小屋と笑われていましたが、平成になるとさらに小さな住宅になっていった。 昭和の犬小屋の仏壇がねずみ小屋となった平成の家に入る余裕もなくなり厨子に移行したが、仏壇は厨子の1種で、大昔は仏壇はなく厨子だった。 その厨子が昭和のバブル景気で大きくなって仏壇文化になった。 でまた厨子文化に戻りつつある。 厨子文化→仏壇文化→厨子文化回帰。 仏壇は昭和だけだった?

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  • kifimi
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回答No.2

そもそも「厨子」というのは、観音開きの扉が付いている収納具のことです。その意味で言えば、「仏壇」も厨子の一種です。 また、仏壇は大きくて厨子は小さい、という定義もありません。飛鳥時代の「玉虫厨子」(国宝)は、「厨子」という名称ですが、高さ約2メートル30センチという大きさで、現代の一般家庭にある仏壇よりも大きいくらいです。 いま流行っているのは「ミニサイズの厨子」であって、「仏壇のミニサイズである厨子」ではありません。 現代の一般的な仏壇の形式は、江戸時代頃から始まったとされています。もちろん、仏壇の大きさは経済力に比例するでしょうから、すべての家に立派で大きな仏壇があったとは限りませんが、江戸時代からの家が残るような旧家には、その当時からの古くて大きな仏壇があります。もちろん、昭和のバブル期なんて最近のものではありません。 そしてたいてい、立派な仏壇というのは、本家にあったものです。先祖のご位牌をあちこちに分散させるわけにいきませんし、ご先祖のおまつりは本家で執り行うのが昔の常識でした。 それが今は、核家族化が進み、本家だ分家だという考え方も薄れ、それぞれの家庭で仏様や親の位牌をまつるということが増えてきました。しかし、昔の旧家のように、各家庭で立派な仏壇を新しく購入するというのも、家のサイズ的にも、経済的にも、そう簡単なことではありません。そこで、よりお手軽なミニ厨子が流行っているのでしょう。 なお、こういう「流行」は、顧客のニーズや文化から自然発生的に生まれるというよりも、業界側がニーズを掘り起こして仕掛ける、というパターンも多いですよ。最近「墓じまい」が注目されるように、先祖供養を維持できなくなる人も多い現代ですから、仏壇業界もこのままでは先細りです。業界で新しい提案をして、需要を掘り起こさないと、死活問題ですからね。

asuszenphonemax
質問者

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  • fujic-1990
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回答No.1

> その厨子が昭和のバブル景気で大きくなって仏壇文化になった。  白川郷とか五箇村とか人が住んでいる所はもちろん、保存されている会津の再建民家(無住)とか秋山郷の古民家(無住)、各地の江戸時代の建物に、大きな仏壇が残されてあります。  まあ、仏像や位牌がいくつか置かれている棚状のもの(厨子棚?、但し畳1畳ほどの大きさ=大型仏壇がすっぽりはいる)がある家もありますが、たいがいは仏壇があります。  それに反して、古民家で厨子など見たことがありません。  というわけで、少なくても江戸時代にはすでに仏壇があったのは間違いありませんから、「小さな厨子が昭和のバブル景気で大きくなって仏壇になった」というのは間違いですね。  もちろん、関東と関西、東北・・・ など、区域によって違いがあるのかもしれませんが。

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