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先祖が武士って凄いのですか?
彼は親を含む親戚が公務員や教員や国会議員や医者で 立派な家系であり 更に江戸時代の先祖が武士だったそうです 彼からその話を何度もされますが 先祖が武士ってどのくらい凄いのですか? 親が立派な職業についていたら自慢したくなる気持ちは 解らなくもないですが 武士と言うのがどのくらい凄いのかがわかりません 普通 先祖が武士って事は人に自慢したくなるものでしょうか?
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>先祖が武士ってどのくらい凄いのですか? 凄くも何ともありません。 >先祖が武士って事は人に自慢したくなるものでしょうか? 世の中には彼と同じような価値観の人は珍しくありません。 ネットにも家系図を作りますという広告が沢山あります。 江戸幕府は武士階級には権力を認め財力は認めませんでした。 町人には財力を認めましたが権力は認めませんでした。 武士の収入は米という現物でした。 俸給は原則として親子代々変わりませんでした。 この米を現金に換えて暮らしていました。 時代が進んで貨幣経済が発達するに従い次第にインフレが進みそれに従って武士は貧乏になって行きました。 町人も大名貸しといって焦げ付き覚悟で高利で貸していました。 武士の元締めである大名も町人からの借金の返済に追い立てられていました。 これを工面する為に半知借り上げという殿様が家臣から借りるという形で家臣に払う俸給を強制的に半減させるということをやっていました。 ただでさえ苦しかった家臣はたまりません。 町人から仕事をもらって草鞋を作ったり傘を張ったりとせっせと内職をしていました。 現在も朝顔市や鬼灯市がありますが江戸時代にはこの苗を育てていたのは武士でした。 僅かばかりの現金のためにせっせとやっていました。 今時彼が武士の末裔云々というのは御父祖様やご両親の影響かと思います。 明治の初期に新渡戸稲造という人物が英文で武士道(Bushido,The sourul of japan)と言う文をアメリカの雑誌者に寄稿しました。 海外で評判になったことから逆に日本語に翻訳したものが流布しました。 当時先進国だったイギリスの騎士に対抗し得るものとして書きましたので武士を絶賛しています。 本来戦闘集団である武士を美化していますので昭和初期の軍部にとっては好都合な書籍でした。 昭和13年に岩波書店から一般向けに出版され戦後昭和45年に復刻版が出版されました。 武士を絶賛美化していますので武士の末裔と称する人達に好まれました。 おそらく彼の御父祖様やご両親も読まれていたかと思います。 我が家のご先祖様はこれほど立派で凄かったのだぞと彼に刷り込んだのでしょう。 偉げに刀を差してはいたものの権力にものを言わせて借金を踏み倒して内職に励んでいた貧乏人集団だったとは教えなかったでしょう。
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- notnot
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江戸時代には5%くらいだそうなので、20人に一人ですね。 しかし、明治以降は元武士と元農民・町民も普通に結婚していますので、今だと両親2人、祖父母4人、曾祖父母8人、と江戸時代まで遡れば何割もの人が武士の子孫でしょう。 戦国時代以前だと武士とそれ以外の境目が曖昧になってきますので、江戸時台以降に限るとしても、江戸時代でも、武士の子が町民の養子になったり、嫁に行ったりもありますので、「先祖が武士」というだけではめずらしくないでしょう。 > 先祖が武士って事は人に自慢したくなるものでしょうか? 下級武士だと自慢しないでしょうね。大名や家老の家柄の本家で、かつての領地の土地も保っていると言うことであれば、由緒正しい、めずらしい家系と思います。
- f272
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たとえて言うならば,大学入試で旧帝大に入学する程度にはすごいと思えばよいでしょう。 旧帝大に入学しなくてもすごい人はそれなりにいるという点でも同じ程度です。 旧帝大=北大,東北大,東大,名大,京大,阪大,九大
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