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バンザイ突撃の戦術的な意義
あれはどういう意味があったんでしょう なぜ投降や降伏や白旗を許さなかったのか教えて下さい
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- eroero4649
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真面目に回答しますとね、太平洋戦争になる前の日中戦争などの中国相手の戦争では、突撃すれば勝てたみたいな部分があったのです。中国軍(国民党軍と共産党軍とその他諸々の軍全部ひっくるめて)は日本兵ほど必死に戦わない兵士だったので、突っ込めばなんとか勝てたというのはあったのです。 ただ、実は世間のイメージと違って日本陸軍は無謀なバンザイ突撃なんてどの戦術マニュアルでも推奨していないのです。「日本軍はバンザイ突撃をする無謀な軍隊」というのはアメリカ軍が作り上げた宣伝でもあったのです。 また、実際に行われたバンザイ突撃の多くは「もうこれ以上は耐えられないから、最後に華々しく突撃して死ぬ」みたいなのも多かったのが事実です。 降伏を日本軍が許さなかったのは、実は日本兵の士気は我々が思っているほども高くなくて、降伏していいかどうか判断を任せると割とすぐに降伏してしまうからというのもあったのです。誰だって死ぬのは嫌じゃないですか。 また日本人は自分が苦しい逆境(プレッシャー)に極めて弱いという気質もあります。すげえサービス残業をさせられると、会社と戦って残業代を勝ち取るより自殺しちゃうじゃないですか。
- Beholders
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敵の陣地に対して飽和攻撃をしかければ 自軍の被害は甚大になっても敵の陣地を落とすことができる という第一次大戦以前の戦術が元になっています こうした一見無謀に見える突撃は他国でも例がありまして 例えば大祖国戦争(独ソ戦)のソ連では、ドイツの重機関銃陣地に対し、丸腰の兵を大量に突撃させていました。銃の生産が追い付かなかったため丸腰での突撃だったのですが、怖くなって逃げ帰ってくる兵が続出しまして、そこでソ連軍は自軍にも重機関銃陣地を設けて逃げ帰ってくる自軍の兵士を片っ端から射殺するということを行いました。前からも後ろからも機関銃でバリバリ撃たれるので敵陣と自陣の間には死体の山が築かれましたが、ソ連はドイツ軍の撃退に成功しています。 ちなみに独ソ戦におけるドイツの戦死者数が400~600万に対しソ連は1500~3000万人です。 日本の第二次大戦での戦死者は240万人です
- kitsunetoneko
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いわゆる 日本の精神論だと思いますが,武士道の精神なんかも,あったと思います..最期は,日本人として,敵陣に突撃して,桜のように,華々しく散ることが,美しいとされていたのだと思います..アメリカとの戦争に必要な,兵器や火力などで劣る,瀕死の状態の旧日本軍の兵士達が,精神力だけで,大量の最新兵器や,火力などを持つ,体格の良いアメリカ兵に対抗する為の,追い詰められた際の,最終手段などだったと思われます..旧日本軍の特攻兵器などでも,敵艦に突撃した兵士達なども,『神の国』である日本を守る為,戦果などは,ほとんど期待出来なくても,ものすごい覚悟と,精神力などを持った人達だったんだなぁと思います..実際には,捕虜になった,旧日本軍の兵士達なども,けっこう居たそうですが,太平洋戦争当時は,とにかく,軍国主義一色で,精神論や,玉砕志向が,強かったようですので,真面目な方ほど,日本の為,皇国の為と,玉砕しながら,亡くなって行ったのかもしれません..
白旗上げていいなら戦闘開始以降のすべてが降伏を正当化する演技でありだれも真剣に戦いません。 情報を漏らしたり利敵行為をやって敵に取り入る人も出ます。 負けそうになったら弾薬がなかろうが将兵全員まとめて突撃しろというルールがあったら一致団結して勝利する以外に自分らが生き残る手段はありません。 スパイも運命共同体の一員として敗北したらバンザイ突撃する羽目になるのだから敵に内通する意味がありません。 バンザイ突撃は日本では規律と結束を維持する生命線だったんです。
- oska2
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- misa-on28
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戦術的にはゼロ以下、マイナスです。 残存兵力が機関銃で薙ぎ払われ、その瞬間にゼロになり、アメリカ軍は穴掘ってドーザーで日本兵の死体を埋め立てて安心して戦場を掃除して兵力再編成に勤しむことができますから。 むしろ万歳突撃などせず、持久したほうがアメリカ軍は嫌だったようです。
- ithi
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mcc44 さん、こんばんは。 日本軍も昔は捕虜になることにそれほど不名誉を感じていませんでした。しかし、昭和の15年間にわたる戦争で、「生きて虜囚の辱めを受けず」という戦陣訓が昭和16年の1月に発表されてから、投降や降伏が簡単にできなくなりました。 戦陣訓 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%88%A6%E9%99%A3%E8%A8%93