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非正規労働という就業形態は人間にとって恥ぢでは?

 非正規労働という就業形態は 人間にとって恥ぢではないか?  非自発的に就かざるを得ない場合を言います。  日本人の心にとって 恥ぢではないですか?  憲法違反に成りませんか?

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  • ベストアンサー
  • g27xxxxx
  • ベストアンサー率28% (124/441)
回答No.10

ANo:9追加 当事者が恥ではない筈なのに、正規就労できない事を恥と思わされる、 労働と収入の差別を内包する社会状況を指して、質問が指す恥に繋げようと試みてみました。 非正規労働自体が違憲というより、 そのような就労形態を是認しながら憲法の保証対象にならず、 生保以下の生活を強いられながら、非自発的なのに差別的な目で見られる社会状況は現存してます。 そのような状況は政治の詭弁によって正当化され、無視され、維持され続けています。 質問の主旨は、その点の指摘にあると理解しました。 私自身は、生保以下の生活形態が放置されてる事に違憲性を感じとっています。 政治と行政と企業の搾取と言っても良い社会形態によって、正規労働者との差別が広がっていると認識してます。 ここは哲学カテであり、 このような哲学を実践に移すには革命という経過から、長い年月と人民と社会全体の犠牲を覚悟しなければならないと考えています。 それだけのリスクを負わずに改善を図るなら、 貴方のように問題点を提起する者が多数現れて、議論そのものが社会の流れとなる必要が有るだろうと考える次第です。 非常に難しい事です。 マジョリティがマイノリティを理解するのが難しいように、 正規労働者と非正規労働者の間にある溝を解消するのも難しく、 その溝が広がっても無視を続ける政治、行政、企業の側にも、 貴方のような思考を試みる者が現れなければならないだろうと思うのです。 …まだまだ先は長いのではないでしょうか。 以上、私なりの質問解釈から、私なりの捉え方で回答してみました。 …もしも的外れ回答であっても御容赦願います。

bragelonne
質問者

お礼

 ご回答をありがとうございます。  前回は こちらが早とちりし勇み足になってしまったようです。  ★ ~~~~~~~~~~  当事者が恥ではない筈なのに、正規就労できない事を恥と思わされる、  労働と収入の差別を内包する社会状況を指して、質問が指す恥に繋げようと試みてみました。  ~~~~~~~~~~~  ☆ このとおりに思います。  つまり 相手の側に有利に解釈するという対応の仕方を捨てさっていました。すみません。  第二段落のご指摘も――引用を割愛しますが―― おっしゃるとおりに思います。まさにそう言おうとしていたのでした。  ★ ~~~~~~~~~~  ここは哲学カテであり、  このような哲学を実践に移すには革命という経過から、長い年月と人民と社会全体の犠牲を覚悟しなければならないと考えています。  ~~~~~~~~~~  ☆ ここは やや警戒を要するところでしょうか。  あるいは《革命》という言葉を広い意味にとって 社会が 就労の形態ないし労働条件が改善され 広く改革されて行くこととすれば そういうことであろうと考えられます。  《犠牲》は 一つの見方では すでに起きているかも知れませんし。  質問者としましては ともあれ みんなで考え合って行くということを願っての問い求めです。  すなわち:  ★ ~~~~~~~~~~~  それだけのリスクを負わずに改善を図るなら、  貴方のように問題点を提起する者が多数現れて、議論そのものが社会の流れとなる必要が有るだろうと考える次第です。  ~~~~~~~~~~~  そしてさらに思索がすすめられ:  ★ ~~~~~~~~~  非常に難しい事です。  マジョリティがマイノリティを理解するのが難しいように、  正規労働者と非正規労働者の間にある溝を解消するのも難しく、  その溝が広がっても無視を続ける政治、行政、企業の側にも、  貴方のような思考を試みる者が現れなければならないだろうと思うのです。  …まだまだ先は長いのではないでしょうか。  ~~~~~~~~  ☆ と分析されています。  大方の人びとの見ている展望としても おそらくそのようでないかとは思われます。  そうですね。  たとえば政治信条(イデオロギー)の如何にかかわらずとしてですが 安倍晋三の言う《うつくしい日本》について――それは けっこうあいまいな内容でしょうが――問うという行き方もあるかも分かりません。  言いかえると やはり日本人の心です。哲学としては 同じくあいまいな概念になりますが 仲間意識といった中立の概念が 広く現実に人びとの心に生きていた情況があった。  これが グローバリズムの波によって分断されてしまったのだと見るなら 結果はどうなるか分かりませんが 一度はそのよき美しき心の復活を思い みんなで考え話し合って行くのも いいかも知れません。  まぁ いまはこんなところです。  ご回答の真意を取り違えてしまったことを 返すがえすお詫びして お礼に代えさせていただきます。ありがとうございました。  

その他の回答 (12)

  • KoalaGold
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回答No.2

過渡期ですから。 経済が豊かになるにつれて正社員は増えます。国が建て直されて各企業が赤字を脱するのが先です。共倒れは怖いです。 じっとしばらく待つしかないのでしょうか。新しいシステムを作り出すか、社会主義と共産主義的政党が台頭してくるか、です。

bragelonne
質問者

お礼

 ご回答をありがとうございます。  ★ 過渡期ですから。  ☆ そうですね。質問者でありながら反応しますが イエス&ノーです。  つまり 現状としては そう考えるのも一案でしょうね。  しかも この質問は 哲学カテですのでそもそも人間にとって仕事とはどういうあり方にしたいか――どのようには したくないか――の問題を問います。  もし恥ぢだと思うのなら その感覚としての・非正規労働を見て顔を赤らめるというコトが出発点なのではないか? という問いになります。  ★ 国が建て直されて各企業が赤字を脱するのが先です。共倒れは怖いです。  ☆ そういった国を挙げての――圧倒的なチカラで押し迫る資本主義のツナミに抗しつつ――対応・対策が 大事なのではないか?  思想の上で・考え方として すでに国は分断されているのではないでしょうか?  つまり そのような集団心理としては《共倒れ》寸前の状態にすでにあるのではないか?  この認識を共有することから出発するということになるのではないか。  ★ じっとしばらく待つしかないのでしょうか。新しいシステムを作り出すか、  ☆ 待ちながら その仕組みを考えて行きたい。  ★ 社会主義と共産主義的政党が台頭してくるか、です。  ☆ これは わたしには お呼びでないです。   

  • E-1077
  • ベストアンサー率25% (3258/12620)
回答No.1

安易に生活保護などに頼って生き延びるよりずっとましだと思ってる。 どういう雇用形態であっても、働くのは良い事。 それに非正規労働者というのは、労働者が選んだのではなく、雇う側の都合っていうこともあるので、そうそう簡単に解決できません。 それが自分で選ぶ選ばないを問わずに・・ということです。 それしか仕事がないのであれば、それでも日銭を稼ぐ方がずっと偉いと思います。 どこが憲法違反ですか? 労働基準法に違反というならまだわかるけれど。それでも、非正規労働者が世の底辺を支えているのは事実なので、その現実を無視したら、何も語れません。 もっとも、私もどうにか全員きちんとした雇用をして欲しいと願う一人です。 労働を提供して対価を貰うならば、企業側も保険など加入させてあげるべきですね。 その社会保険も会社負担は大きいし、雇用保険もかなり負担度が大きいので、よほど度量のある経営者じゃないかぎり、無理が出てくるでしょうね。 しかも、短時間労働などを選ぶ人がいる限り、0にはなりませんよ。 どこで自発的なのか非自発的なのか、聞いて回って説得して歩いても意味はないのでは?

bragelonne
質問者

お礼

 ご回答をありがとうございます。  ★ 自分で選ぶ選ばないを問わずに・・ということです。  ☆☆ (趣旨説明欄) 非自発的に就かざるを得ない場合を言います。  ☆ とすでに説明しています。  個人の問題ではないです。ましてや 個人に責任があるなどという問題では まったくありません。  社会として・日本の国として どう捉えるか? を問うています。      ★ どこが憲法違反ですか?  ☆ 差別あるいは人権の問題です。あるいは 生活の保障の問題です。  すなわち:  ★ もっとも、私もどうにか全員きちんとした雇用をして欲しいと願う一人です。  ☆ という問題です。  ★ ~~~~~~~~~~~~  労働を提供して対価を貰うならば、企業側も保険など加入させてあげるべきですね。  その社会保険も会社負担は大きいし、雇用保険もかなり負担度が大きいので、よほど度量のある経営者じゃないかぎり、無理が出てくるでしょうね。  しかも、短時間労働などを選ぶ人がいる限り、0にはなりませんよ。  ~~~~~~~~~~~  ☆ もちろん こういう具体的な問題とその対策も かかわっています。まちがいなく。  ただ この質問では――哲学カテですし―― ひとまづ人間にとって仕事のあり方・働き方についてその基本は何か? を問うものです。  もし恥ぢだと見るなら そのまま まづは・しかも基本的に 非正規労働を見て顔を赤らめなければいけないという議論です。  そこから出発するという問題です。  ひとり経営者よ 努力せよという話ではなく 国民を挙げて――資本主義の圧倒的なチカラにさえ抗しつつ―― どうすればよいかを考えるときではないか? という問い求めです。  

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