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徳川体制と地方自治について
- 徳川体制と地方自治についての要約文1。
- 徳川体制と地方自治についての要約文2。
- 徳川体制と地方自治についての要約文3。
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以下のとおりお答えします。(いつものように、しっかり訳されていると思います。) >It is true that local autonomy was an integral part of the Tokugawa system, in the sense that the han had existed from the first as semi-independent and functioning entities. It is even more true in the sense that the domains became even more closely integrated in the overall administrative structure as time went on, and at the same time were able to consolidate their (albeit subordinate) position relative to the bakufu. >藩が始めから半独立国家的に機能する物として存在していたという意味で、地方自治が徳川体制にとって必須であったことは事実である。さらに、時が経つにつれ藩が(徳川の)総合的行政機構により緊密に組み込まれていき、同時に幕府に対し、おのが地位(服従ではあるものの)を強固なものに出来たという意味でも事実である。 (an integral partは、「統合体の一部」と訳す方が文脈に合うと思います。) ⇒藩が始めから半独立国家的に機能する実体として存在していたという意味で、地方自治体が徳川体制にとって統合体の一部であったことは事実である。さらに、時が経つにつれて、藩が(徳川の)総合的行政機構により緊密に組み込まれていき、同時に幕府に対して、おのが地位を(服従ではあるものの)強固なものに出来たという意味でも事実である。 >Therefore, to talk of the ‘’Tokugawa system’’ or the ‘’Tokugawa bakufu’’ is useful when discussing the administrative structure and developments of the seventeenth and early eighteenth centuries, but after that these terms reflect progressively less of the actual state of affairs and, in particular, the distribution of power. >よって、17世紀と18世紀初めの行政機構とその発展について論議する場合、「徳川体制」もしくは「徳川幕府」を語ることは有意義ではあるものの、こうした表現は徐々にそれ以後の国家情勢、特に権力の分配について表すものではなくなっていく。 (2,3語句を変えますが、誤訳だから、という意味ではありません。いくらか改善できるかも知れません。) ⇒よって、17世紀から18世紀初めまでの行政機構およびその発展について論議する場合、「徳川体制」や「徳川幕府」を語ることは有用ではあるが、それ以後この術語は次第に国家情勢、特に権力の分配を反映するものではなくなっていく。
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回答有難うございました。