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開幕までの期間、家康不在時の江戸城代は誰ですか。
天正18年(1590) 8月1日、徳川家康は、道潅が築城した江戸城に入っています。 その後家康は、奥州一揆鎮圧に出陣、文禄・慶長の役では名護屋城で在陣など、江戸城で滞在している期間より留守にしている期間の方がはるかに長いです。 その間、家康に代わって江戸城を守り、整備し、拡張工事をした指揮官は誰ですか。 慶長期は秀忠かも知れませんが、その前、文禄期は誰ですか。 有力な家臣は、後北条氏を追放した支城に入っていますので疑問に思いました。 よろしくお願いします。
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kouki-koureisya さん、こんにちは。 酒井重忠という人のようです。彼は名門である酒井家の分家である雅樂頭家の初代で、家康の信用のある重臣でした。後の姫路酒井家の先祖にあたります。 若いころは合戦に出て武功を上げていましたが、本能寺の変あたりから御留守居のような役につくことが多くなりました。 詳細は下記のURLを参照ください。 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%85%92%E4%BA%95%E9%87%8D%E5%BF%A0
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- あずき なな(@azuki-7)
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回答No.2
城代 酒井重忠 以下 本多重康 夏目嘉門 小栗甚兵衛 鳥居忠春 らが江戸城に詰めていたようです
質問者
お礼
早速のご回答ありがとうございます。 酒井重忠ですね。分かりました。 他の4人は私の知らない人ばかりですのでネットで検索しました。 本多重康は「本多康重」ですかね。 鳥居忠春は、元忠と何かの関係がありそうですが、分かりません。 夏目嘉門、小栗甚兵衛らと共に江戸城に詰めていたというだけで十分です。
お礼
早速のご回答ありがとうございます。 酒井重忠ですね。 分かりました。