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富くじは、まず千両の番号が発表され、次に五百両の番

“宿屋の富”や“高津の富”という古典落語をあらたまって聞き、江戸時代の富くじについて疑問が生じましたので、教えて下さい。 落語では、富くじの抽選結果は、まず一番千両の番号が発表され、、次に二番五百両のそれが発表されています。 私は、今まで、逆の順番と思っていました。すなわち、まず、二番を発表し、次に、金額の大きい一番千両を発表するから、演出効果が大きく、観衆のどよめきが大きい、と思っていました。 先に一等千両の番号を発表することは、何を意味しているのでしょうか? 富くじ葉、まず一等千両がは票差レ、次に二番五百両が発表されっる

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  • Pinhole-09
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回答No.1

文政期の「江戸大富集」と「江戸繁昌記」に 「富の札」「富突き」ともいう富くじの話が載っている そうです。 下記は大社寺の例です。 それによると、一万枚位売れた富くじの抽選日は 大勢の群衆で、江戸中がひっくりかえるような 騒ぎだったそうです。 (数人で一枚を買うのも多かった)。 監督使や整理、警護の役人も来て、寺の男が錐で 箱の孔から札を突き刺して上げる。 役人がそれを取って読み上げる。 神明社の例 一番札百両、二番五十両、三番三十両、読み上げ前 は、し-んとして次にどよめきですが、抽選はまだまだ 百番札まで続くのです。 その中に入れば最低二分貰えます。 さらにハプニングがあります。 なんと五拾番札は一番札と同じ百両で、九十八番は十両 九十九番は三十両の当たり、もっと驚くことは、なんとまあ 百番札は三百両の大あたり、一等賞でした。 群衆のどよめきも最高潮の見事な演出でした。 「二分のはした金などいらねー」という人も途中で帰るわけ にはいきません。 なお賞金は全額貰えるわけではありません。 三百両の場合、奉納金三十両、祝儀など八両天引きで 手取りは262両以下です。 文政の改革で富くじが抑えられたように、時代で変化も ありますが江戸っ子は賭けごと好きでした。

park123
質問者

お礼

早速の回答ありがとうございました。 現代以上に、富くじの人気があったようですね。 頭のグループと、終わりのそれとに、高額の当たりを配置しておく、考えてあるのですね。    (なお、質問の最後の文章は、下書きが残っていたものです。無視して下さい)

その他の回答 (1)

回答No.2

>落語では 落語は、話の展開を早くして白けさせない為、話を面白くする為、話にオチを付ける為など、色々な理由で「事実と異なる脚色」が施されます。 http://ameblo.jp/1480sn/entry-11118862302.html を読むと、最初に突くのは「二番目に賞金が高いアタリ」で、順に100回突いて、一番最後に最高金額のアタリを抽選したと言う事が判ります。 「落語は落語。事実とは違う」ってだけの話です。 「落語として話を面白くする為なら、一番の大当たりを最初に突いちゃう事にしたって構わない」のです。

park123
質問者

お礼

早速の回答ありがとうございました。 <「落語は落語。事実とは違う」って> ということですね。ここが、落語家の手腕なのですね。 最初に突くのは、2番目に高額なもので、最後は最高のもの、ですね。よく考えてありますね。