- みんなの回答 (1)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
1 本件は,航空管制官である被告人両名に対し,実地訓練として管制業務を行っていた被告人Aが,航行中の日本航空の旅客機907便と958便が静岡県焼津市上空で異常接近しつつあることを警報により認知し,両機の接触・衝突等の危険を避けるため,巡航中の958便を降下させる意図の下に便名を言い間違えて,上昇中の907便に対して降下を命じるという管制指示を行い(以下「本件降下指示」という。),実地訓練の監督者であった被告人Bも,その言い間違いに気付かず,便名を誤った管制指示を是正しなかったところ,両機に装備されていた航空機衝突防止装置(以下「TCAS」という。)が作動し,907便では上昇による回避措置の指示(以下「上昇RA」という。)が,958便では降下による回避措置の指示(以下「降下RA」という。)が発出されたが,907便は上昇RAに従うことなく本件降下指示に従って降下を続け,他方958便は降下RAに従って降下したため,両機がほぼ同高度のまま共に降下しながら急接近し,衝突を避けるため907便が急激な降下操作を行ったことにより,907便の乗客ら57名が重軽傷を負ったという事故(以下,乗客らの傷害の事実も含めて「本件ニアミス」という。)について,それぞれ業務上過失傷害罪が成立するとして起訴された事案である。 2 第1審判決は,便名を言い間違えたということ自体を重視するのではなく,本件降下指示が907便の乗客の負傷という結果を発生させる「実質的な危険性のある行為」といえるかを検討する必要があるとし,その検討に当たり,管制官は航空機の乗務員から報告を受けない限りRAが発出されたことについて知ることができなかったことなどに照らすと,本件降下指示後のRAの発出等の流れを考慮するのは相当ではないとした。その上で,本件降下指示に従って,907便が降下し,958便が巡航を続けた場合においては,両機が最接近した時点で約1000フィート(約305m)の垂直間隔が確保されたはずであり,本件後,管制方式基準により確保すベき垂直間隔は1000フィートに縮小されたことなどからすると,本件降下指示には,過失行為としての実質的な危険性がないとした。さらに,予見可能性及び因果関係について,管制官にはRA発出に関する具体的情報が提供されていないことなどを根拠に,結果の予見可能性ないし予見義務,本件降下指示と本件ニアミスとの間の相当因果関係は認められないとして,被告人両名につき,無罪を言い渡した。 これに対し,検察官が,事実誤認を理由に控訴した。原判決は,相当因果関係の有無について,907便の機長が上昇RAに従わずに降下の操作を継続したことは,本件降下指示に起因する一連一個の行為であるなどとして,本件降下指示と本件ニアミスとの間には相当因果関係が認められるとした。予見可能性についても,被告人両名には,TCASが装着されていること及びその機能の概要の知識があり,当時の状況からすれば,本件降下指示を出した時点で,両機が共に降下し,急接近した両機が接触・衝突を回避するために何らかの措置を採ることにより乗客に負傷の結果が生じるおそれがあることについて予見可能性があるとした上で,958便が巡航を続けることを前提にした第1審判決は,当然に起こり得るであろう現実の事実経過から目を背けた空論にすぎず,過失行為としての実質的危険性は認められないとした点は是認できないなどとして,被告人両名につき業務上過失傷害罪が成立するとし,第1審判決を破棄し,被告人Aに対し,禁錮1年,3年間執行猶予の判決を,被告人Bに対し,禁錮1年6月,3年間執行猶予の判決を言い渡したため,被告人両名が上告に及んだ。 3 本決定は,職権で,本件降下指示の危険性,本件降下指示と乗客らの負傷との間の因果関係及び被告人両名における予見可能性の有無という第1審以来の争点について,以下のような判断を示した上で,被告人両名につき業務上過失傷害罪の成立を認めた。すなわち,TCASの機能や,907便に対する本件降下指示が出された頃には,ほぼ同高度を,907便が上昇,958便が巡航していたことに照らせば,958便に降下RAが発出される可能性が高い状況にあったにもかかわらず,907便に対し本件降下指示を出すことは,両機が接触,衝突するなどの事態を引き起こす高度の危険性を有する行為として過失行為に当たるとした上で,因果関係については,管制指示とRAが相反した場合の優先順位の規定がなかったことや,907便の機長が降下操作を継続した理由にかんがみると,同操作は異常なものとはいえず,むしろ同操作は本件降下指示に大きく影響されたものといえることからすると,本件ニアミスは,言い間違いによる本件降下指示の危険性が現実化したもので,因果関係があるとした。さらに,予見可能性については,被告人両名は,警報により両機が異常接近しつつある状況にあったことを認識していたのであるから,言い間違いによる本件降下指示の危険性も認識できたし,被告人両名のTCASに関する知識を前提にすれば,958便に降下RAが発出されることは十分予見可能で,本件のような結果の発生も予見できたと認められるとした上で,被告人両名につき,両機の接触,衝突等の事故の発生を未然に防止するという業務上の注意義務を怠った過失があったものとした。