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本件再審申立人は,妻と愛人との三角関係の処置に窮し,両名を殺害してその関係を清算しようと考え,昭和36年3月28日の夜に公民館で開催される名張市X地区等の生活改善グループの年次総会の懇親会で女子会員用の飲物に農薬ニッカリンTを入れて飲ませる方法を思い付き,当日,前夜に竹筒に入れて用意したニッカリンTを持参した上,瓶詰めぶどう酒を同グループの会長方から公民館に運び入れ,公民館に何人もいないすきに,瓶詰めぶどう酒の瓶口の耳付き冠頭(外栓)を火挟みで開け,その下の四つ足替栓(内栓)を歯で噛んで開け,用意しておいたニッカリンTを4~5cc注入し,四つ足替栓を元どおりかぶせるなどし,同日午後8時ころ,懇親会に本件ぶどう酒を出させ,女子会員20名に湯飲み茶わんに分けつがせて飲ませようとし,その結果,妻と愛人を含む5名を殺害するなどした(5名に対する殺人,15名に対する殺人未遂)。  本件第7次再審請求では,本決定が説示しているように,新証拠1ないし5が提出された。本決定がその検討に審理不尽があるとした新証拠3について見ると,次のとおりである。  (1) 本決定は,「原決定の説示するところでは,対照検体についてRf0.58のスポットが『うすく』しか検出されなかったことの合理的説明ができない上,事件検体についても,上記のように希釈されていたとしても,エーテル抽出を経て濃縮されているのであって,各成文のモル比,重量比を考慮すると,(Rf0.95の)TEPPと(Rf0.48の)DEPは現に検出されているのに,(Rf0.58の)トリエチルピロホスフェートのみが検出限界を下回って検出されなかったことの理由も合理的に説明できないと思われる。」とした上で,その内容をM鑑定に基づくモル比,重量比に基づいて説明を加えている。そして,結論として,原判断は,「科学的知見に基づく検討をしたとはいえず,その推論過程に誤りがある疑いがあり,いまだ事実は解明されていないのであって,審理が尽くされているとはいえない。これが原決定に影響を及ぼすことは明らかであり,原決定を取り消さなければ著しく正義に反する」としている。続いて,それぞれ化学の専門家の見解に依拠して,検察官は,量の問題に加えて,トリエチルピロホスフェートがTEPPやDEPに比べて発色反応が非常に弱いことをも考慮すると,事件検体にトリエチルピロホスフェートが含まれていたとしても,それが発色しなかったことは全く不自然ではない旨主張し,弁護人は,トリエチルピロホスフェートの発色反応が弱いとの見解は化学的に誤っており,その発色はDEPやTEPPと変わらない旨主張していることに言及した上で,原審において,事件検体でRf0.58のスポットが検出されなかったのは,事件検体にニッカリンTが含まれていなかったためか,事件検体にニッカリンTが含まれていたとしても,濃度が低かった上,トリエチルピロホスフェートの発色反応が非常に弱いこと等によるものなのかを解明するため,ニッカリンTを入手して,事件検体と近似の条件でペーパークロマトグラフ試験を実施する等の鑑定を行うなど,更に審理を尽くす必要があるとしている。  (4) 本件ではRf0.58の物質をめぐって科学論争の様相を呈するに至っているが,田原裁判官の補足意見で述べられているように,「それ程複雑とは思われない化学反応についての見解が,学者によって真っ向から対立することは理解に苦しむ」ところであり,実験によって新証拠3の証拠価値を解明することを求めたものと理解される。  4 科学的証拠については,その評価が重要な争点となった場合,科学的検証が必要であると思われるところ,本決定の説示からは,原審においてはS鑑定,M鑑定の評価に当たり,当然のことながらその結論を支持する両鑑定人を取り調べた程度であり,原判断の述べるような推論に沿う科学者証言,鑑定結果等は存在しなかったようにうかがわれる。このことが「科学的知見に基づく検討をしたとはいえず,……審理が尽くされているとはいえない」との結論に結びついたように理解されるところである。科学的証拠の評価が争点となり,その評価いかんによって結論が決まるような事案において,裁判所がいかなる審理をすべきかを示唆するものとして,本決定は参考になるものと思われる。

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