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高松塚古墳内部の文字風化についての疑問
- 高松塚古墳内部に刻まれた墓誌銘が風化している可能性について疑問があります。
- 筆跡が同じでヘタクソだったり、別の古墳の被葬者と骨の鑑定結果が一致しないなどの怪しい点があります。
- また、閉鎖された空間でそんなに文字が風化するのか疑問です。
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質問者が選んだベストアンサー
その通りです。 シミなどをそれらしくつなげたか意図的にそのような文字にしたのでしょう。 そもそも他の石に直接刻まれているものであれば画像処理するまでもなく肉眼で確認できるはずです。 また「画像処理方法」も変です。 そのウェブサイトでは「文字の大きさや配置が分かった場合は、暗色化や明色化によって文字の凹凸に陰影を付与」と書かれていていますから「意図的に文字を浮かび上がらせている」と言っているようなものです。 まぁよくある「とんでも説」のたぐいです。
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- TANUHACHI
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No.3です。もっと決定的な根拠を示させていただきます。 添付されているウェブサイトから「石舞台」を開いて見ておわかりと存じますが、 (1)石舞台にはこのような碑文の形跡はありません(先日、私は見てきたばかりです)。 (2)蘇我馬子が生きていた時代には「薨ずる」との表記を行っていた事例はありません。 (3)同時に「御年」と被葬者に対する敬称表記のあり方もおかしい。仮に高松塚の被葬者及びキトラの被葬者が忍壁親王であり但馬内親王であるとするならば石舞台にも同じ文字が使用されていること、つまり皇族と臣下に同一の文字表記がなされることの疑問。 (4)いわゆる「乙巳の変」とともに滅亡した蘇我本家の当主に「御」の文字を使う事例を史料は検知されていない。 私の専門は歴史学、それも日本の中世史で史料の立場から申し上げさせていただきますが、市販の系図などお粗末な偽文書ですらももう少しマシな作りをしています。 こんなことでは「コンピュータ解析」の名が泣くというモノでしょう。世間で噂になる「心霊写真」の類も多重露出によって作ることが可能なトリックです。スティルカメラでは昔から用いられていた手法です。おそらくはこうした多重露出によって作られたデタラメ史料によるトンデモ説の典型でしょうね。
お礼
何度も回答ありがとうございました。 (1)ですよね。目で見てないのであればないのだと思います。 (2)蘇我馬子の時代には『薨』の表記はされていなかったのですね。 勉強になります。 (3)>皇族と臣下に同一の文字表記がなされることの疑問。 蘇我入鹿は天皇だったという説があるので、サイト主が同一文字表記にしたのかもしれませんね。 (4)蘇我本家の当主に「御」の文字を使う事例はないんですね。 勉強になります。 鬼の厠の写真もスゴイですね。 あんなところに文字書きますか、普通。 平たい石をくみあわせるために見えなくなるところですよね。 「神霊写真」を信じるような人なら騙せるのかもしれませんね。
- TANUHACHI
- ベストアンサー率31% (791/2549)
まずここに記された文字が当時のモノでない事は確かです。 その根拠ですが、 (1)「史料」としての贋作。横書きの文章が前近代にあったとの話を私は寡聞にして見聞した記憶も経験もありません。 (2)もしこの古墳の被葬者が忍壁親王ならば「乙巳年五月七日薨」の記載がなされることも不自然です。忍壁親王は律令の作定にあたった他ならぬ当事者ですから、その墓誌であるならば貴人の没年に関する規定に基づき「乙巳年五月七日薨去」として最後に「去」の文字があって然るべきです。にもかかわらず、そうした文言が記されていない。 (2)「もしこの様な碑文が当初から存在していたならば、それが報告されていたはず」です。 (3)この様な碑文があったならば、その顔料なり墨を分析することで「何時の時点でそれが記されたか」を推定することも可能なはずです。にもかかわらずそうした作業が行われた形跡などない。 こうした根拠を元にするならそれが偽造であり、しかもオリジナルの壁画を画像処理し、そこに書き文字の形でデジタルデータを重ねるなどとの手の込んだイタズラと考える方が妥当でしょう。何のためにこんな意味のないイタズラをするのか理解に苦しみますが、考古学や歴史学にとっては悪質で程度の低い妨害行為以外の何物でもないことだけは確かです。
お礼
回答ありがとうございます。 たいへん参考になりました。 (1)確かにこの時代に横書きというのは見たことがありません。 (2)なるほど、『薨』ではなく『薨去』と記す規定になっているんですね。 勉強になりました。 (2)コンピューター画像解析で判明したということですが・・・ たとえば遠く離れた天体をくっきり見せるというような技術はあるようです。 しかし高松塚古墳は地球上にあって離れているわけではなく、やろうと思えば近づいて見ることができるわけです。 肉眼で見てないのであれば、ないのではないか、と思うんです。 カビや錆びなどに隠されているのであればエックス線などでないと無理だと思います。 それともうっすら顔料が残っていたんでしょうか。 とすれば真下の玄武などの絵がくっきり残っていて不自然なような気がします。 (3)何らかの事情があって明るみにはできなかった、とでもいいたいのかもしれませんね~。 でもやっぱり皆さんおっしゃるように不自然ですね。 友人に見せると「玄武はぼけてるのに、文字にはピントがあっていておかしい。」と言っていました。 いったいこの人は何をしたかったんでしょうかね~? ありがとうございました。
- onbase koubou(@onbase)
- ベストアンサー率38% (1995/5206)
●発見された当初はカビなどない状態だったのですよね。 ○ないわけではなかったでしょうが、あれほどひどくはなかったようです。 ●プリントってネガよりかなり情報量が落ちるんじゃないか、と思います。 ○その通りです。プリントした機械によってはかなり情報量が落ちますし、プリントしたものをスキャンしたらプリント段階やスキャン段階でホコリなども拾ってしまう可能性もあります。 また、時期や古墳以外のものでもみな同じような字体になるという不自然さ、金属板や石版の墓誌はよく知らていますが、古墳玄室の壁に墓誌を刻むというのは東アジアではあまり例がない(私自身、さほど知識はありませんので断定は出来ませんが、そのような事例を知りません。)のでこれも不自然。そもそも墓誌であれば名前と没年のみを刻むということはあまりないです。近世墓誌をイメージしての創作、と評価するのが妥当かと思います。 そもそも墓誌にしろ碑文にしろこの頃は縦書きが普通で、こんな扁額のように横書きなんて・・・・反論するのも馬鹿らしくなるような論説です(笑)。
お礼
なんどもありがとうございます。 そういえば、古墳の玄室の壁に刻まれた墓誌って見たことがありません。 墓誌では名前と没年のみを刻む例もあまりないんですね。 そういえば中国で見つかった遣唐使・井真成の墓誌にも、人柄とか、彼の死を皇帝がたいへん悲しんだとかそういうことが記されていたと思います。 横書きは私もおかしいと思いました。 おかげさまでもやもやしていたものが、かなりすっきりしてきました。 どうもありがとうございました♪
お礼
回答ありがとうございます。 別質問でカビによる風化の可能性をもらいました。 最近、高松塚古墳はカビが問題になりましたが、発見された当初はカビなどない状態だったのですよね。 それで壁画は残っていたのだと思います。 >そもそも他の石に直接刻まれているものであれば画像処理するまでもなく肉眼で確認できるはずです。 ですよね。 それもネガでなく、プリントをスキャナーで読み取っています。 プリントってネガよりかなり情報量が落ちるんじゃないか、と思います。 プリントに写っていないものが、ネガには写っていたということは何度も経験があります。 (ラチチュードの限界でプリントでは白とび、または黒つぶれした。)
補足
回答順でベストアンサーを決めさせていただきました。 おふたりともありがとうございました。 とても勉強になりました♪