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高松塚古墳(壁画)には、男女合わせて16人の人物が描かれていますが、

高松塚古墳(壁画)には、男女合わせて16人の人物が描かれていますが、 なぜこの古墳には人物像が描かれたのでしょうか。 これらの人物は何をしている(何かの儀式?)のでしょうか。 仮に、元日朝賀の儀式であれば、その儀式を題材に選んだのはなぜですか。 よろしくお願いします。 高松塚古墳 http://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E6%9D%BE%E5%A1%9A%E5%8F%A4%E5%A2%B3

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noname#115788
noname#115788
回答No.1

>なぜこの古墳には人物像が描かれたのでしょうか。 >これらの人物は何をしている(何かの儀式?)のでしょうか。 それが判らないから、いろいろ論争になっている訳でここで回答が得られるとは思えません。^^ まず誰の墳墓なのか確定できないと、話が進みません。日本の皇室関係の人なのか渡来人の貴族なのか・・・ もし、渡来人の貴族の墳墓であるなら壁画を描いたのはその貴族と一緒に日本に渡ってきた画家かその子孫の可能性が高いと思われますが、確定はできません。古墳の様式は高句麗の物と似ていると言われていますか、高句麗ではこのような女性を描いた古墳が発見されておらず、中国の唐に様式に習ったのではないかととも考えられています。 http://www.bell.jp/pancho/kasihara_diary/subfiles/koguryo%20mural%20tombs.htm 古墳が作られた推定される6~7世紀前半は白村江の戦い以前ですから、朝鮮半島と大和朝廷の間で活発に交易、人材交流が行われており、もしかしたら朝鮮半島へ渡ったのちに戻ってきた日本人が描いたのかもしれません。 このように発見されてから40年近く経ちますが、いまだに何も判っていないのです。

goo-par1732
質問者

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ご回答ありがとうございます。 「それが判らないから、いろいろ論争になっている」とのことですが、 どのような仮説があって、論争になっているのでしょうか。 ご存知でしたら教えてくださいませんか。

その他の回答 (1)

  • kunitu
  • ベストアンサー率50% (4/8)
回答No.2

東壁の人物たちは向かって右を、西壁の人物たちは左を向いています。 つまり、石室の南に向かってゆっくり歩いている絵です。 何かの儀式かどうかはわかりませんが、東壁男子右から二人目が持っている蓋(日傘みたいな格好のアレです)は、身分の高い人が外出する際に使う威儀具の一種なので、彼らは身分の高い人(この場合は被葬者)に付き従って、どこかへ出かけている途中を描写されているように見えます。 どうしてこれが描かれたのかは、既出のようによくわかっていないようです。 蓋の例でいえば、緑色で四方に房が垂れているということで、特定の身分が表されていると見る説もありますね。 令制下なら、一位の位階で現役の閣僚ということになり、石上麻呂被葬者説の根拠になっているとか… 被葬者の地位を示す意味も少しはあったのかもしれません。

goo-par1732
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 「よくわかっていない」ということが分かっただけでも収穫です。 昨日、NHK-TVをぼんやり観ていましたら、この壁画の二人の男子がゴルフのクラブのような物を持っており、 これは「だきゅう」の道具だと、解説していました。 「だきゅう」とはホッケーのようなものだそうです。 >東壁の人物たちは向かって右を、西壁の人物たちは左を向いています。 >つまり、石室の南に向かってゆっくり歩いている絵です。 そうなんですか。 よく見てみます。 質問した甲斐がありました。

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