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「みかんがり冬の初恋熟した」という俳句について
日本語を勉強中の中国人です。外国人が作った俳句を読んでいます。「みかんがり冬の初恋熟した」はどういう意味でしょうか。 また、質問文に不自然な表現がありましたら、それも教えていただければ幸いです。よろしくお願いいたします。
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みかん狩り いちごがり などはみかん畑 いちご畑(たぶん今はビニールハウス内の畑)などの、 現地にいって、収穫しその場で食べたり持ち帰る、ricreationのひとつです。 クリなど地面に落ちているものはクリ拾いといいます。 みかんは冬に熟する。みかん狩りのみかんもよく熟している。冬の初恋も、 みかんのように甘くお互いの気持ちが熟している。俳句だと熟したり(その状態にある) とすると思います。
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こんにちは。^^ そうですね、私は次のように解釈しました。 ミカン狩りが、ミカンの季節(冬)に行われると言うのは理解できると思います。 問題は次の、初恋が熟した、という表現です。 初恋が、甘酸っぱいものであると言う形容は、それほど珍しいものでは在りません。 初恋は瑞々しく、未熟であり、甘いだけではなくすっぱいものであると言う意味ですが、それが熟したと言うことはどういう意味でしょうか? 初恋が実り、成就したと受け取ることはできないでしょうか。 冬のミカンのように、酸味を残さずただ甘くジューシーなように、作者の恋が、初恋にあるような不安、もどかしさのない、恋愛に進展したのが、たまたまミカン狩りの季節、冬であったのかもしれません。 因みに早生(わせ)のミカンは夏の終わり(8月)には出てきます。こちらは冬のミカンとは異なり、まさしく甘酸っぱい、初恋の味だと言えるのかもしれませんね。 総括すると、作者の初恋は夏の終わりに始まった。この時はまだ未熟なミカンのように甘酸っぱい恋だった。時は移り冬になる頃には、作者の恋愛は成就し、旬のミカンのように、甘いものになった、と。きっと、初物(旬のものを今期初めていただくことを、初物(はつもの)と言います。)と、初恋が掛詞になっているのでしょう。 爽やかで甘い、まさにミカンのような俳句ですね。^^
お礼
こんにちは^^。ご丁寧に教えていただきありがとうございます。今回もとても参考になりました。本当にありがとうございました。
- kentaulus
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淡雪さん、こんにちは。 私の見解は1番の方とは少し違います。 食べ物には「旬 (しゅん)」と言って、収穫最適時期、食べて一番おいしい時期があります。 現在では、促成栽培、抑制栽培 など、 人工的に収穫時期をずらし、ほぼ1年中食べることができます。 しかし、(日本では)西瓜の旬は真夏ですし、イチゴの旬は真冬です。 そして、みかんの旬は(新暦の)11月~12月頃です。 「みかんがり 冬の初恋 熟した」 私は以下のように読み取りました。 たぶん、この句の作者は、冬の食べ物(果物)の中では、 みかんが一番好きなのかもしれません。 促成栽培や、抑制栽培でみかんはいつでも食べられるけど、 やはり、一番おいしいのは旬のみかんです。 * 情景 秋が過ぎ去り、冬がやってきました(到来した)。 私の大好きな、甘い、甘いみかんの収穫時期になりました。 みかんの産地では「みかん狩り」の看板が立ち、観光客を誘っています。 私は大好きなみかんを早く食べたくて、我慢できない(我慢の限界点に達した)。 * 作者の心理 春が過ぎ、夏も、秋も過ぎ、やっと、待ちに待った冬が来た。 やっと、あの、本当においしい、旬のみかんが食べられる。 あぁー(感嘆)、私は冬の到来をどれほど待ち望んでいただろうか。 * 解説 みかんがり - 基本的に「みかん狩り」は露地栽培で行います。 つまり、促成栽培や、抑制栽培ではなく、収穫時期は一番おいしい時期「旬」になります。 「みかんがり」= 「みかんが、1年中で一番おいしい時期(旬)」を表現しているのだと思います。 冬の初恋 - みかんの旬である「冬の到来を待っていた」と、 作者の気持ちを表現しているのだと思います。 熟した - 「みかんが熟した」と、「機会が熟した(みかん狩りの時期が到来した)」の、 2つの意味が有ると思います。
お礼
kentaulusさん、こんにちは。ご親切に教えていただきありがとうございます。いろいろな理解の仕方がありますね。大変参考になりました。本当にありがとうございました。
お礼
ご親切に教えていただきありがとうございます。わかるようになりました。大変参考になりました。本当にありがとうございました。