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1990年代に入ってなぜ産業集積に移行したのか

国土総合開発法(1950年)により、「均衡のある発展」を目指してきましたが、1990年代に入ると、産業集積の形成のほうを支援するようになりました。 なぜ産業集積を形成するほうを選んだのでしょうか?

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  • gootttt
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回答No.1

人も設備も集積したほうが合理的かつ効率的で便利だからです。 あなたが商売を始めようと思ったとき、岩手や和歌山の山の中と仙台や大阪のような都市圏どちらで商売したいと思うでしょうか? あなたが製造業の工場を建てようと思ったとき沖縄の宮古島と名古屋の工場街どちらに建てるべきでしょうか? 同業者が周りに沢山いるということはさまざまな面で有利なのです。 例えば、何かモノがほしいお客さんがどこに頼んだかいいか分からないときにあそこに頼めばいいだろうということになります。仕事帰りに飲みたいけどどこで飲めばいいか分からないというとき、とりあえず駅前の歓楽街に行ってみるかという例に近いです。 また同業者が沢山そろっていますと、色々便利です。それぞれの企業には得手不得手や製造能力に限界がありますから、多数の企業で協力をします。例えば部品の仕入れ、工程ごとの分業などです。 こういうときに集積をしていると日ごろのご近所づきあいの延長で協力がスムーズにできます。 このように集積していることで今までにない強みが生まれるわけです。 また、すでにある集積地は大抵企業が活動する上で有利な地理的条件がそろっていることが多いです(だから企業が集まるわけです)。 港が近かったり、広い土地が開いていたり、きれいな水が豊富だったりです。 産業の集積はこれらの経済的合理性の下、自然に進んだ現象です。 対して国土の均衡ある発展は、現実を無視した感情論でした。その号令の元大規模な公共事業や開発が多々行われましたが、当然上手くいきませんでした。熊しかはしらない道路や誰も訪れない遊園地、無駄に巨大なホテルなどを建てても誰も利用しないわけです。 その結果がバブルとバブル崩壊です。無駄遣いに無駄遣いを重ねた結果、みなお金もなくなったので、合理性に回帰する以外道がなかったということです。 国民が皆国土に均等に張り付かなければいけない理由などなく、人は集積したほうが効率がいいのですから集積すべきだという当たり前の話に戻ったわけです。 ですから人は都市部に住み、開いた土地は農業や観光に使うというのが一番正しい道だと私は思います

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