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信長の「髑髏杯」の作り方
信長が宴席で浅井父子・朝倉の頭蓋骨から盃を作り皆に酒を飲ませた。 浅井親子の髑髏に金箔を塗り、それを飾って酒を飲んだ。 織田信長は酒を飲まず、髑髏杯は首級を漆で塗り固め、金泥などで彩色したものを宴席に持ち出した。 など諸説ありますが「髑髏」が手元にあったのは事実であるようです。 あの時代、髑髏はどうやって作ったのでしょうか? 髑髏が自然にできるまではけっこうかかると思います。 石灰で白骨化が進むなどの知識が存在したのでしょうか。 自然に白骨化するのを待ってから飾るなり加工するなりしたのでしょうか。 それとも、肉をそぎ落として無理やり作ったのでしょうか?
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書き忘れたので、No.3に付け加えますが、 焼いたら骨も炭化してもろくなりますし、 白骨化まで待つということは微生物の分解過程を待つということで気が長いし、 腐敗課程で強烈な悪臭が付いてしまい、盃として使うつもりなのだから、不適当な処置です。 殺菌の意味もこめて、熱湯消毒が必要でしょうし、清潔で短時間で終わります。 弱火で煮れば、1~2日で綺麗に骨になるし、恐らく、漆や金箔を貼る作業のほうが 時間がかかったはずです。 骸骨を作る技術は、有史以前から人間が持っていたもので、 特に猟師らにしてみれば常識です。 中国や世界の一部の地域には(飢餓状態の地域も含めて)人食文化がありますが、 冷蔵庫などの保存手段の時代の肉の処理方法は、たいがい何でも煮ます。 煮るのが基本です。
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- caesar-x2
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浅井長政の首を取ったとします。日本にはその頃「火葬」という習慣が無かったし、現代の火葬でも、高温で遺体を燃やせば頭蓋骨も原型はとどめません。私も何度か骨上げまで参列した事がありますが、所謂「髑髏」の形で綺麗に残っているのは見た事がありません。 ですから、肉をそぎ落としたと考えるのが一般的でしょう。信長のやる事ですから、その位平気でやりかねません。そぎ落としてから綺麗に洗い、頭頂部を切り、漆で塗り固め、金箔で仕上げを施し、杯にしてしまったと考えるのが自然なのではないでしょうか。それだけでも狂気なのに、それに尚且つ酒を注ぎ家臣に飲ませ、長政の妻であり信長の妹である「市」にまでそれを勧めるとは、畜生の所業としか言いようがありません。NHKの大河ドラマ「秀吉」では浅井を攻めた秀吉が、市と子供達4人を保護し、居城に帰ります。居城にはあの信長が待ち受けており、居城の外で長政の跡継ぎである長兄を秀吉の説得などに耳も貸さず、即、殺害。完全に浅井家を滅ぼします。その時に秀吉が信長に言った言葉「親方さまは鬼じゃぁ~~~~!」。いくら時代背景や戦の常があるとは言え、まさに鬼の所業です。 おまけ:かつて「ジェフリー・ダーマー」という連続殺人鬼がアメリカにいました。ダーマーも狂気を極め、被害者(全員、男)の頭部の肉をそぎ落とし、完全に頭蓋骨だけにし、さらにそれに色を塗り、アパートの部屋のキャビネットに飾っていた、という事実もあります。聞いただけでも身震いします。
お礼
実際に肉をそぎ落として頭蓋骨にし、色を塗っていた人がいるんですね! それなら信長もやっちゃいそうですね。 恐ろしいです…
- pri_tama
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浅井長政が自害したのって9月1日で、織田信長が酒宴に髑髏を持ち込んだのは、翌年の正月(信長公記によると)ですから、白骨化させるには十分な余裕が有ったと思うのですが…。 (白骨化には地上に放置されていた場合、夏場では1週間 - 10日) http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%99%BD%E9%AA%A8%E5%8C%96
お礼
1週間くらいでできちゃうんですね。 ありがとうございます。
お礼
野ざらしで置いておくだけ、肉をそぎ落とす、などもありそうですが、 こちらの方の「煮る」というのが一番簡単そうですね。 それに、中国などから入ってくる知識は日本に根付いていると思うので、煮て作ったというのが説得力があります。 ありがとうございました!