- 締切済み
宗教の布教
宗教の布教 歴史的にみて、イスラム教とキリスト教の布教の仕方の違いは何でしょうか。 カトリック系の学校はよく聞くのに、ムスリム系の学校をあまり聞かないことと 何か関係あるのでしょうか。
- みんなの回答 (6)
- 専門家の回答
みんなの回答
- masazai
- ベストアンサー率36% (55/150)
イスラームの布教に関して1つ。 「剣かコーランか」という布教方法はありません。 もし実例があったとしても、それは間違った方法です。 これはキリスト教・イスラーム共通のことだと思いますが。 純粋な布教(教えを伝える)以外の方法(理由)で入信者は増えます。 たとえばインドやパキスタンでは、「神の前では人は平等だ」と「自分より上のカーストの人間より富んでいる」宣教師がとなえたため、多くの低カーストの人々(ヒンドゥーの低カースト)がよりよい生き方を望んでキリスト教に入信しました。 また17世紀代以降は多くの土地所有者や地域の有力者が、為政者がムスリム(イラン方面出身、ムガル朝を建てる)であるため、自分も高いポストに置いてもらえる様イスラームに入信しました。 >啓典の民として認めている異教徒の地に対してもジハードを行った理由はなぜなのですか? 御存じでしたら教えてください。 「戦い」の意味でのジハードの場合、それは信徒が異教徒に苦しめられている場合や異教徒がイスラームに対して実質的に危害を与えている場合、そして信徒が棄教した場合に行われます。 ※棄教のジハードに関しては、預言者の死後に棄教し預言者と名乗る偽預言者が現れた時に行われました。 そうなると、真のジハードは、ムスリム側からの先制攻撃ではないことが分かります。 それ以外で「ジハード」と言われるものがあるとしたら、ほぼ間違った戦いです。 また、戦いで捕虜を含め女子供を殺したり苦痛を与えないと定められているのが「真の」イスラーム。 預言者存命時のある戦闘で、兵士が死体(捕虜の軍の男達)の間を通って捕虜の女子供達を連れて来たことを知った預言者はその兵士を「何故残酷な現場を見せつけたのだ」と厳しく叱ったそうです。
- masazai
- ベストアンサー率36% (55/150)
「カトリック系学校とイスラーム系学校」について、個人的意見です。 文面がキリスト教に対して否定的に見えたらお許し下さい。そういう意図は全くありません。 元々カトリック系(というかミッション系)の学校は「教育を通してキリスト教を普及すること」が目的。 だから日本では教会が「英語教室」を非信徒のためにも開設して、英語を覚えに教会へ通うことでキリスト教の教えを伝える(普及・布教)している。 学校であれ「英語教室」であれ、「地域の人が持っていない(でも必要な)ものを提供することでキリスト教への興味を持ってもらう」という布教活動の1つなのです。 書き方が否定的・非難に見えるかもしれませんが、悪いことではありません。利用者(生徒)が得をするのですから。 しかしそうすると、今の日本でイスラーム系学校が非信徒にも門戸を開く形でわざわざ作られる意味があまり見えません。 聖典の言語であるアラビア語は語学学校を探せば習えるし、日本のイスラーム団体でも(内容に差がありますが)学習することは可能。 子供の教育をわざわざイスラーム系学校で受けさせたい、と思うのは当事者ムスリムぐらいだろうし。 現在ムスリムからの要望が多いのにもかかわらずイスラーム系学校が運営されていない理由は、あまりにも当事者ムスリムが分散して生活しているため、ムスリム学生の確保が難しいためです。 ※義務教育に関係ない幼稚園や補習塾形式でムスリム子女教育をしている機関は現在数件あります。 現在日本では、インド人学校や中国人学校に入学する純日本人の子供が急増しているそうですが、それは当該国の将来的発展を視野においての選択ですよね。 どこかムスリム多数の国が急発展して、現存する本国運営の「○○人学校」に純日本人の応募が急増したら、もしかしたらイスラーム系学校が大々的に運営されるようになるかもしれませんね。
- cincinnati
- ベストアンサー率46% (606/1293)
プロテスタントのクリスチャンです。なぜ布教するのか、理由はきわめて簡単です。それは自分の経験を通して、クリスチャンの現在とそうでなかった過去の自分とあまりにも環境があるいは自分がかわってしまったからのみの理由です。惨めな自分から平安と希望がある自分にかわったら誰でもそれを人に教えたくなりませんでしょうか。 ある人は聖書が命じるからとか言われるかもしれませんが、自分が幸福でもなく、平安もないならば誰かに何を語るのかと考えていただければ上の答えがかなり正しいとご理解いただけると思います。プロテスタントのクリスチャンが聖書について語りたがるのは皆さんに同じように歓喜のある平安な、希望のある人生を歩んでいただきたいという理由以外ないように思います。 イスラム、ユダヤのことは全く解りません。
- 雪中庵(@psytex)
- ベストアンサー率21% (1064/5003)
僕の訪れたイスラム系の途上国では、普通に子供たちに コーランを教えてました。 僕が担当したコンサルティングが小学校だったので、 上級学校のことは知りませんが、小さな田舎町でも、 掘立小屋や木陰で、石版を持った子供が石でコーランを 書き写したりしていました(昔の日本の寺子屋な感じ?)。 (たまたま日本に入る情報が、イスラム圏からのものが 少なすぎるからだと思います)
- kigurumi
- ベストアンサー率35% (988/2761)
私が知らないだけかもしれませんが、イスラム教徒は生まれながらにイスラム教徒であり、キリスト教徒は親が勝手に子供をキリスト教徒にしたか、イスラエルの子孫でもないのに、いろいろな事情でキリスト教徒になった方がいいとなって、キリスト教徒になっているのではないかと。 従ってイスラム教は布教しない。 キリスト教は布教する。 ユダヤ教は布教しない。 コンスタンティヌス1世の時代に、「どの宗教でも信仰する自由がある」となったわけですよね。 それで迫害されていたキリスト教が市民権を得たわけです。 ところがコンスタンティヌス1世の死後、コンスタンティヌス1世は死ぬ間際に洗礼を受けたので、キリスト教が一番だってキリスト教が言い出したわけです。 実際はコンスタンティヌス1世は多神教 というより、 日本と同じで どの神様も支持しておけば、悪いようにはされない という考えだったので、死ぬ間際に「これもやっとくか」って洗礼を受けただけ。 で、ローマ帝国は北は今のイギリスから南はアフリカまで、幅広い領土を持っており、その主要都市には必ずキリスト教会があったわけです。 これに目をつけたわけです。 ローマ皇帝が勅令を出したとき、その主要都市にあるキリスト教会に伝えておけば、市民1人1人に勅令が伝わるようにしたかった。 だから、後の皇帝は国教をキリスト教のみとしたわけです。 何船だったか忘れましたが、南蛮の難破した船のパイロットは失言をした。 「キリスト教はまず侵略先に聖職者を送り込み、市民をてなずけ 現地の情報を収拾させ、それを元に侵略先を征服してきた」って。 つまり布教は侵略・征服のツールだった。 日本に来たイエズス会は、キリスト教の戦闘部隊であり諜報部隊。 尖兵が日本にやってきて、地方の大名に武器を渡して、朝廷を倒させようとしたわけです。 自分が手なずけたキリスト教徒となった外様大名が、与えられた武器で朝廷を倒してトップにたてば、日本はキリスト教の思いのままになる という段取りだった。 それまではキリスト教が日本で布教していることを公認していたが、パイロットのうっかり失言で、とても危険な組織だとわかり、それで将軍たちはキリスト教を日本から排除にかかったわけです。 つまりキリスト教にとって布教とは トロイの木馬。 内部に入り込みのっとっていくウイルスのようなもの。 だから、第三者を自分たちの色に染めるために布教をしていったわけです。 新約聖書を読むと当時のユダヤ教は布教していたことがわかる。 ただし、布教相手は群れから離れたイスラエルの子限定。 どういうことかというと、イスラエルの子孫が神に選ばれた民族となっているんです。 そのイスラエルの子らは、ギリシャ地方だけでも本国の8倍もいた。 その失われたイスラエルの子らにイスラエルの神に戻るようにというのが、布教だったわけです。 もともと生まれながらにイスラエルの子ですから、生まれながらにユダヤ教徒なわけです。 、アフリカをはじめとする各地に散っていた。 その人達に向けての布教なので、キリスト教の布教とは種類が違うわけです。 死海文書をみると、いろんな言語で書いてありますが、イスラエルの子らの中にはエルサレムから遠く離れた土地で生まれ育った人もいて、ヘブライ語がわからない。 その人達に向けて立ち戻れと布教していたので、いろんな言語で書かれたスクロールが存在していたわけです。 これらはイスラエルの子じゃない人向けじゃなかった。 というわけで、厳密にはユダヤ教はイスラエルの子ら以外には布教活動はしない。 カトリック系の学校に入学したものは、カトリック教徒にならなければならないわけじゃないです。 聖書の時間ってあるそうですが、自首参加で、偏差値の関係から、その学校がたまたま自分の偏差値だから入学したという人がほとんどじゃないでしょうか。 自分がキリスト教徒だから入学したって人は、そんなにいないんじゃないか と。 まあ 他の分野より簡単に単位取れるからと授業を受ける人もいるでしょうけどね。
- comattania
- ベストアンサー率23% (840/3549)
マドラサというのがイスラムの教義を学習する所で、殆どモスク内にあります。 わが国ではキリスト教ほど布教が進んでいないから貴方が知らないだけです。 教義を教えない宗教団体なんてありません。その殆どは寺院内に併設されています。 別組織になってる宗教は、少ないです。
補足
ありがとうございます! あと、 啓典の民として認めている異教徒の地に対してもジハードを行った理由はなぜなのですか? 御存じでしたら教えてください。