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ここはなぜ【た】形を使うのですか
ここはなぜ【た】形を使うのですか 先生: それが違うんだなあ。【匹】と言っても別に構わないんだが、蝶々専門家の間での話だがね。一【頭】、二【頭】と数えるんだそうだ。 学生: へえ、そうですか。初耳でした。勉強になりました 【初耳でした】この【た】の意味は過去ではないと思います。つまり、以下の例文と同じのはどれですか。 1 (1) やはり、ここにいたのか (期待のとおりに発見) (2) バスが来た! (期待のとおりに発見) 2 (1) これは何でしたね? (確かめる気持) (2)明日は君の誕生日だったね? (確かめる気持) 3 仕事がうまくいってよかったですね (意味を強める気持)
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助動詞『た』には、<1>過去を表す{現在はそうではない} <2>完了またはその結果が今も続いている <3>確かにそうである <4>軽い命令 という使い方があります。 それぞれ<1>昨日は雨でした。 <2>紙に書いた文字 <3>十字路を右に曲がった所 <4>さあ、帰った帰った。 を例として挙げておきましょう。 さて質問にある「初耳でした。」はどれに当たるのでしょか?? <4>ではないことは明らかです。 初耳が今後も続くことはないのですから、<2>でもないでしょう。 <1>・<3>どちらか迷ったのですが、以下の理由で<3>だと思いました。 「空耳でした。」ならば「確かに空耳である。」ということです。 ということは、「初耳でした。」は「確かに今初めて聞いたんです。」であろうと思うのです。 なお、質問に出てくる『以下の例文』は括弧内の説明が適切とは言えません。 1(1)やはり、ここにいたのか。 文脈によって<1>「今はいないが過去にいた。」・<2>「今もここにいる。」ととれます。 (2)バスが来た! <3>「確かにバスが来る」という意味合いです。 (1)・(2)の説明にある『発見』に違和感があります。 2(1)・(2)の説明『確かめる気持ち』(とは何かを尋ねる表現と思います。)は、語尾の『ね?』に当たると思います。 (2)を「明日は君の誕生日だった。」としましょう。 これは「確かに明日は君の誕生日だ。」となり・・・これだと分かりにくそうですね。 更に「明日は会議だった。」としてみましょう。 こうすると「確かに明日は会議がある。」と明らかになります。 これは誰かに確かめているわけではありませんね。 これが「明日は会議だったね?」となると、「確かに明日は会議がある。 そうですね?」と確かめる気持ちが出てきます。 つまり、『ね?』に「確かめる気持ち」があることになります。 3の『よかった』は<2>の用法だと思います。 「仕事がうまくいった。(この『た』は<1>過去の出来事だと思います。) だからよかった。(過去から引き続き今も良い)」ということです。 例文の説明『意味を強める気持ち』は語尾の「ね」に当たります。
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- mo6644
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タの用法について以前次の回答をしました。 タは過去と完了の用法があるが、発話時以前に起こった動作や出来事の結果の確認に伴いタに話者の気持ちが込められることが多い。感想が発展して条件(反事実的な条件文、理由の節や句、副詞)を伴って実際に発生しなかった反事実を表すこともある。 過去(発話以前の動作や出来事) 完了(動作や出来事の直後の発話、実現、完結、失敗) 結果の確認(確認、発見、納得、再確認)―――見つからなかった 結果の認識と感想(後悔、不満、非難、催促、感謝、満足、安堵)―――残念だった 結果の持続(体調、変化)―――腹が減った 反事実(時制に関係しない) 課題文は「そうですか」の文で確認をしている。 「それは初耳です」というところを「初耳でした」の文で結果の認識に感嘆の感想をこめている。 「勉強になりました」の文で結果の認識と感謝の気持ちを込めている。 例文はあまり適切なものはないが、3の「仕事がうまくいってよかった。」が結果の認識に安堵をこめた感想に当たるので最も近いと思います。
- hakobulu
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たぶん、2の(2)だと思いますね。 http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/115491/m1u/%E3%81%9F/の、 4)物事や事態の確認を表す。 という用法でしょう。 「確認」という意図についてですが、上の辞書にある、 「国境の長いトンネルを抜けると雪国であっ〈た〉/雪国(康成)」という例文がわかりやすいかもしれません。 「知っているはずのことの再確認」という意味ではなく、 http://dictionary.goo.ne.jp/leaf/jn/32560/m1u/%E7%A2%BA%E8%AA%8D/にある、 「はっきり認めること」なのでしょう。
- born1960
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初耳でしたのあとの「勉強になりました」の「た」について触れられてないのはなぜですか? まったく同じ「た」だと思います。 聞いた時点で「過去」だと思います。
- largo12
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仰る通り、最初の例文の【た】は過去の意味ではありません。 意味論的にみて「完了」で使われていると思われます。 中古までの古典文法において、完了の助動詞(つ、たり、ぬ、り)は 過去の助動詞(き、けり)と明確に区別されていましたが、 中世以後は完了の「たり」に由来する「た」に合同し、この区別はなくなったといわれます。 下の例文でいうと、例文2(1)以外は完了の意味で使われています。 「期待のとおり」というのは、副詞や終助詞やコンテクストで表現されるものなので、 助動詞「た」とは関係がありません。 同様に「気持」の部分も終助詞「ね」に由来します。 例文2(1)は文法的に不適切な表現です。
- bakansky
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「過去」ととらえても構わないように思います。 「それは初耳です」といえば現在のこととして述べることになります。 一方、「それは初耳でした」といえば、発言者が発言している時点よりも前に遡っています。 だから、「でも今はおかげさまでそのことについての知識を得ている状態です」という気持ちを表すことに通じるので、相手に敬意を表している面もあるように感じられます。
- SPS700
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