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「変換ミス」ストレスへの対処法

どうも自分が古い人間のせいか ネット上で、あの「変換ミス」を見つけるとストレスがたまります。 「降雨確立」? 何を確立するんだ! 「建設再会」? 中断した工事がまた始まるから関係者が再会するのか! きりがありません…。 ネットに接したときもういい歳になっていたので、「変換ミス」はスルーする(「スルーする」は息子に教えてもらいました)のがネットの「常識」だってかなり後で知りました。 如上の理由からでしょうか、「変換ミス」を見つけるとイラっとしてムズっとして、よくないエネルギーの持って行き場に困ります。 この質問をご覧になった「ワシもそう思う」という絶滅危惧種の心やさしい方へ。どうしてそのイラムズを成仏させていますか? ご教示ください。 ※こう書いていて自分の文章中に「変換ミス」の放置を見つけると一瞬だけ「死にたく」なります。 ※この質問への回答中での「変換ミス」には、多分、寛大になれると思います。私のような者のために回答していただいた。感謝の気持ちと相殺されるでしょう。

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回答No.2

飽く迄変換ミスです。 それを投稿した本人は、正しい漢字を知っているでしょう。 (まぁ、本気でそう思っている人も中にはいるでしょうが) スペースを押して変換後、すぐEnterを押下して確定。 それを再度正しい漢字に変換し直す手間が面倒。 読める(つまり同音異義)からそのまま投稿。 きっとこんな感じですよね。 まあ、読めるんだから、いちいち正しい漢字にする必要ないだろ めんどくせー。お前ら読めるだろ? ってのがほとんど本音だと思いますけどね。 なので、イライラするのではなく、『そのまま読めばよくて、 意味を理解している人物ならば、正しい漢字に脳内変換すれば いい』です。 いや本当に、それでエネルギー消耗するの、結構疲れるんです よね・・・。 私も初めの頃は気になりましたが、今はもう完全に慣れて います。 私が文字打つ時は、どっちもしています。  ・特に急いで文字を確定させる必要がない場合は正しい漢字を。  ・MMORPGをする時はリアルタイムに人と会話したり緊急だったり   する為、誤字脱字は完全無視。   (大抵の人が私の言いたいことを理解可能)

never-ness
質問者

お礼

なくたくさん、回答をありがとうございます。 >飽く迄変換ミスです。 飽くまで、悪魔で、開くまで、空くまで、開くまで、厭くまで…混乱 そういうリテラシーを獲得し損ねた人間はどうすればいいのでしょう? >今はもう完全に慣れています。 慣れるのですね( ..)φメモメモ←顔文字使えます! 読めればいい←可能動詞の「れる」「られる」は「五段活用の動詞のみ」、ああ… 意味が通ればOK、ということですね。そう思うようにせよと。できるかなぁ…。

その他の回答 (3)

  • bakeratta
  • ベストアンサー率24% (317/1288)
回答No.4

http://okwave.jp/qa5189631.html 上記相談の回答、No.2は、私です。 時々、訂正というか、教えてあげます。 自分の母国語も満足に使えない・・・、もちろん自分(その人)の努力不足もあるけど、誰も間違いを指摘してくれないから誤って理解したまま成長したんだと思うと、怒りより、哀れみというか気の毒だって気持ちが沸きます。 もう少し、ご自分の心に余裕を持つようにしては如何でしょうか? そして、教えてあげては・・・? ギャル語(「そぅゅぅときゎ・・」とか小文字使い)は、完全スルーでかまったりしません(笑)。 近寄りません・・・。(笑) 日本語は、「あお」という色を表すにも、「青」だったり「蒼」だったり「碧」だったり・・・。 表現力豊かな、美しい言葉です。 大切に使っていきたいなと、常々思っています。

never-ness
質問者

お礼

ばけらったさん、再びのお越しありがとうございます。 >誰も間違いを指摘してくれないから誤って理解したまま成長した ことばというのは大げさにいえば民族のアイデンティティですよね。長い歴史を持ち、「これが正用法だ」という「文化を維持する力」が働く場でもあります。その実行者はことばの使用に敏感な「大人」であり、「年少者」に対して「公共的なしつけ」感覚で対します。 ネットでの書き込みにおいて「変換ミス」をスルーするという「寛容な文化」(?)が浸透し容認され続けると、恐らくやがて「まともな文一つ書けない人間」を数多く排出する原因となりうるのではないか、と危惧します。そしてよりハングリーで優秀な民族の後塵を拝するようになるでしょう。 >日本語は、(中略)表現力豊かな、美しい言葉です。 おっしゃる通りです。母語を美しいものにするのはそれを使用する人のこころです。PC使用のリテラシーの普及は大いに奨励されてしかるべきものです。しかし、それは母語を使いこなす能力を前提としたものであってなくてはならないと思います。 以前は言葉遣いにやかましい大人は「ウザい」ものでしたが、こうやって自分が同じことを言ったりしていると少々複雑な気分ですね。

noname#194289
noname#194289
回答No.3

まったく同感です。しかし私はなぜかほかの人によるミスを見ても自分のミスのように思えることが心理的な負担になっているように思います。すこしずれますが、同音異義語が充満している漢字文化で育てられた人間は無意識のうちに耳から聞いた言葉を漢字に直して理解しているのではないかと思います。いわゆる誤字を見ると不安になるのは音として口の中で呟いても一向に意味がわからないことも不安の要因だと思います。これは仮名だけの文章を読まされた時の不快感にそっくりではないでしょうか。確率の場合は確立に気の毒な感じがします。このよくあるミスのために確立という言葉が何か悪い存在のようにさえ思えるからです。細菌と最近などは音からだと理解できることが多いのですが、字を見ると護持(後で気がつきました)として使われている言葉が嫌になります。しかし結論的には柔軟にコンピュータを日本文化の中に取り入れてしまう日本人の力を評価する方が良いように思います。この問題に関連して石川九楊氏の著作はおそらく貴方が興味をもたれるのではないかと思います。氏は手で書かないことの意味を書家の立場から論考しています。で

never-ness
質問者

お礼

かいたらさん、回答をありがとうございます。 >ほかの人によるミスを見ても自分のミスのように思える ご苦労様です。こころ優しきお方です。 >石川九楊氏の著作 ちょっと意識しておきます。紹介していただいてありがとうございます。 >で で? 続くのでしょうか。

  • bakeratta
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回答No.1

変換ミスでイラッと来るのであれば、「そうゆうこともあります。」って感じの根本的な国語の間違いはどうでしょうか?(苦笑) 「ふんいき」を「ふいんき」とか、色々居ますよ、国語力低下・・・w 我慢の限界手前で、ネットを切ってテレビか本でも読むか、ネットで対戦麻雀とかゲームでもやるとか・・・。

never-ness
質問者

お礼

ばけらったさん、回答をありがとうございます。 漢字表記は時の推移によって流動化するものである、というのはいいのです。 お示しの 「ふいんき」 に出くわしてそれを発した者がいれば、その者との現実の人間関係の強弱の度合によって「叱り飛ばしたり」「注意したり」「無視したり」します。自分より年上の方だと居心地悪くなります。年長者は基本的に無条件で尊敬から入ります。自分と同年齢以下だと「よくもオレの眼の黒いうちにそういう不始末を見せたな」と絞り上げます(嫌われているかも)。 >我慢の限界手前で、ネットを切ってテレビか本でも読むか… やはり「気分転換」しかないのでしょうかねェ。

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