- ベストアンサー
ロマン主義について
ある問い語りで得た名言――蚕が繭の中にすっぽりと入っ〔た〕平和な状態――が生まれたのは、恐らくロマン主義の影響ではないかと僕は思っています。まず、僕の理解している史的なあらましを書くと、こんな感じです。 ――個人という概念は、近代になって発生した。さきがけとなるのは、ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約説』で、その主張は「主権があるのは財産を有するなどの特別の資格を持つ国民ではなく、人民(国籍を有するもの全て)にである」というものだった。個人としての内なる世界の誕生、そして個人的感情の尊重と想像性の開放、これがロマン主義の影響だと思います。この思想は18世紀後期からずっと現代まで、途切れることなく続いている―― これに間違いがあれば、ご指摘ください。また、この影響下にある(であろうと思われる)作家について、著名な作家としては村上春樹についての質問が最近あがったと思います。くだんの言表にある「繭」は、そこでは「卵」であり、僕の表現では「箱」であり、いずれにせよそれは、ひとつの小さな世界であろうと思うのですが、さて、ここからが質問です。 (1)このような「観念の共同」は忌まわしきものなのでしょうか。 (2)忌まわしいならば、この共同幻想から独立するためにどうすれば良いのでしょうか。 (3)この幻想とともに暮らすならば、どう生きれば良いのでしょうか。
- みんなの回答 (26)
- 専門家の回答
質問者が選んだベストアンサー
冨山房百科文庫の『ロマン派文学論』の「解題」で、訳者の山本定祐は、従来の「ロマン主義」に対する見方、「無限なるものへの憧れ」という規定が、かならずしも正確なものではない、としています。 「そこからただちに夢見心地のうちに遠い世界に憧れたり、月の光を浴びた森の孤独を愛する通俗的ロマンチシズムが導き出されたのは、主として後期ロマン派の毒素に犯された感傷主義によるもので、これが長くロマン主義一般を蔽うことになる」(xi「解題」) 確かにシュレーゲル自身も、「(※文学作品における人物や個々の事件など)はすべて…より高いもの、無限なるものへの暗示にすぎない」(『文学についての会話』)とも言っている。けれどもこの「無限なるもの」というのは「隠されたもの」としての憧れの対象である、その「無限なるもの」と「有限なる存在」との失われた結びつきを取りもどそうというのが、シュレーゲル文学論の要である、と。 シュレーゲル自身はこのような言い方をしています。 「無限なるものの意識は構成されなければならない――反対物を破壊することによって」 「無限なるものという意識は存在する。ただ有限なるものという幻想が破壊されさえすれば、それはあらわれる」(『哲学的修業時代』第一部) この「有限なるものという幻想」の破壊、すなわち「自己破壊」が「イロニー」であるというのです。 シュレーゲルは「イロニーは永遠のパレクバーゼ Parekbase である」という。このパレクバーゼというのは「作品〔古代アテネの喜劇〕の途中で、合唱隊によって詩人の名前で民衆にむかって語りかけるものである。実際それは作品の完全な中断であり、破棄である」(『ヨーロッパ文学の歴史』) たとえば、幻想とは何かを説明しようとすれば、それこそ「月の光を浴びた森」といった「幻想的」とわたしたちに感じられるものを持ってくる、というやり方が考えられます。けれども、シュレーゲルがいうのは、劇の進行中に、合唱隊が詩人の代弁者として観客に語りかけるという方法で説明するのです。 作者がいきなり語りかけることによって、それまで感情移入していた観客は、卒然として「これは作者のいる虚構なんだ」ということに気がつく。つまりは、観客は、自分の目の前の世界を相対化する、という視点を獲得するわけです。いったんそういう目で見てしまえば、劇の外側に広がる世界が、虚構ではない、これを見ている自分が劇の登場人物ではないという保証はいったいどこにあるのだろう。いやいや、この世界は劇とはちがう、虚構などではない。だが、劇とちがうという根拠はいったいどこに? 単に、自分がそう思っているだけではないのか。ある日、合唱隊が出てきて、作者の言葉で突然話し出さないという根拠はないぞ……、というふうに、この世界の「外」に意識は向かう。こうして「無限なるものの意識は構成」されていくわけです。 通常アイロニーと呼ばれるものは、皮肉な物言いを指します。けれども、そういう言葉遣いだけのものを、シュレーゲルは「修辞学的なイロニー」「個別的なイロニー的言辞」として、本来のイロニーとは本質的に別の次元に属するものであり、「哲学がイロニーの本来の故郷である」(「リュツェーウム断片」42)。そうして西欧哲学の原点ともいえるソクラテスの「イロニー」に言及していきます。 「ソクラテスのイロニーは、徹頭徹尾本能的でありながら、しかも徹頭徹尾考え抜かれた偽装の唯一のものである。それを装うことも、つい表に出してしまう、二つながら不可能である。それを所有していない者にとっては、いくらあからさまに打明けられても依然として謎である。それを欺瞞だとみなす者以外の人たちを、それはけっして欺くことはない。世間全体をばかにするという結構ないたずらを楽しんだり、自分たちも当てつけられているのだと感じて不機嫌になる者以外の人たちを、それは、けっして欺くことはない。 そこでは、すべてが戯れであり、同時にすべてがまじめである。すべてが無邪気にあけっぴろげであり、同時にすべてが深く偽装されている。それは、人生に処する感覚と学問的精神の結合から、完璧な自然哲学と完璧な芸術哲学の出会いから生ずる。それは、絶対的なものと制約を受けたものとの、あるいは完全なる伝達の不可能性と不可欠性との、解決不可能な相克の感情をふくんでおり、かつまたそのような感情を呼びおこす。 それは、文学上のあらゆる自由のうちで最も自由なものである。それによって、われわれは自分自身を超えることができるからである。…」(「リュツェーウム断片」108) ソクラテスは対話相手に無知を「偽装」します。自分は答えを知っていると思っている相手に対して、あいづちを打ちながらも、相手の依拠するところをひとつずつ崩していき、最後には、自分の考える正しいと思うところへと誘導していきます。これは一種の演劇、つまり、文学の助けを借りてなされていくのです。 だったら最初から大切なことをぱーんと言っちゃえばいいじゃないか、何を迂遠な、意地の悪いことをしているんだ、という見方も、しようと思えばできる。だけど、それをしない。だから産婆術なんですね。そうして、イロニーというのは、eironeia つまり「産婆術」からきている。 行為遂行言語というのがありますよね。 たとえば、「わたしはあなたと結婚する」と言うこと自体が、「結婚する」という行為にあたる。 けれども逆に、言葉にしてしまえば、内容が変質するような種類の言葉もあると思うんです。たとえば、「あなたを愛している」とか「あなたを信頼している」とかという言葉です。 もし相手を愛していたり、信頼していたりしてるんだったら、何も言う必要がないわけです。ただ黙って行為してればいいだけの話だ。だけど、それを言葉にして相手に告げることによって、「あなたを愛している(ところのわたしを愛してほしい)」という要求であるとか、もっとひどいのになると「先生はな、おまえを信頼してるぞ(だからそれを裏切るような真似をするんじゃないぞ)」という恫喝という行為として遂行されているケースが少なくない。「完全なる伝達」が「不可欠」であればあるほど、言語はそれを「不可能」にしてしまう、と言えるのではないか。 そうして、それを可能にするのが、「文学」―といっても、これは狭い意味ではなく、広義で不定型なものなんですが―なんじゃないか、と思うわけです。 > 僕をはじめ、多くの回答者は、それを教えて欲しいと思っているように考えます。 そうですね。わたしもそれを知りたいと思います。知っているのなら、ほんとにどれだけうれしいか。 でもね、その答えは、答えとして言葉に出された時点で、ちがうものに変質してしまうのではないか、とも思うんです。 ああ、これがシュレーゲルのいう「イロニー」なんだ、とわたしが思ったのは、こんな「エクリチュール」です。 何年か前に、秋田で実の娘と、その友だちを殺したとされる女性のことが、ずいぶん話題になったことがあります。その人が高校を卒業したときに送られた寄せ書きを、テレビで見たことがありました。言葉の暴力、という表現はありきたりですけれど、文字通り、殴りつけられるような言葉が、これでもか、これでもかと書き連ねられていた。けれど、そのなかに、小さな字で、ふたつだけ「お元気で」とあったんです。 それこそ、合唱隊の声で作者に呼びかけられたような気がしました。これを見ている「わたし」だったら、どうしていただろう。もしかしたら、その女性のなかに、そんな罵声を引き出すようなものがあったのかもしれない。言葉巧みに、もっと彼女をえぐるような言葉を書かなかったとは言えないのです。 それを書いた子たちが、どんな思いでその言葉を書いたか、わかりません。ごくありきたりな、建前でしかなかったのかもしれない。けれど、その子たちの意図を超えて、その言葉には、わたしを立ち止まらせるものがありました。 子供を殺すなんて言語道断だ、とか、彼女こそいじめの被害者なのだ、とかという「物語」のなかで、自分はどうなんだ、と、はっと気づかせるような。 この言葉は、その人には届いたかもしれないし、届かなかったかもしれません。わたしにはそのことはわかりません。けれども、人が、節度を持って人に相対することの大切さ、みたいに言葉にしちゃったら全然ダメになっていく「何ものか」が、その小さな言葉にはあったように思います。 おそらく、言葉は、そういうかたちで使うものなんじゃないか、って、そのときに思いました。いままで自分はずいぶんいろんなことを書いてきたけれど、その「お元気で」以上の言葉を書いたことがあっただろうか、って。 もうひとつ。その昔、新聞で詩人のアーサー・ビナードが、原爆のことを書いていたのを読んだことがあるんです(あやふやな記憶ですが)。 栗原貞子の原爆詩「生ましめんかな」を読んで、感動したビナードが、それを訳そうと思った。すると、すでに先行訳があって、Let us be midwives と訳してあったんだそうです。産婆さんになろう、だなんて、なんて即物的な訳だろう、と最初は思ったのですが、やがてそういうことなんだ、と、逆に、その詩を深いところで理解できたように思った、とあった。 わたしもこれを読んだとき、そういうもんかな、ぐらいに思ってたんですが、どこかに引っかかってたんでしょう。このイロニーが産婆術に語源を持つというのを読んだとき、思い出しました。 産婆になら、なれるんじゃないか。イロニーさえ、忘れずにいたら。世界を見、世界を見る自分を省みる視点さえ忘れずにいたら。だから、わたしたち、みんな産婆になりましょう。いや、わたしは本気でそう思ってるんです。 長くなりましたが、何かひとつでも参考になれば幸いです。
その他の回答 (25)
- kadowaki
- ベストアンサー率41% (854/2034)
No.3です。 ご丁寧なお礼をいただき、恐縮いたしております。 >観念の恣意性、虚妄性、偶然性――巾の広い表現ゆえ、そのまま記述します――は、そもそも幻想なのだと自覚しつつ、けれどもそれらとともに暮らしてゆくためには、それらに目をつぶって盲目のうちに生きるしか道はないのでしょうか。 こういう問に対しては、ニーチェの「神は死んだ」の延長線上に自分自身によって自身が最終的にが崇拝する偶像(観念)を措定するしかないのではないか、としか私には答えられません。 これ以外に、真の意味での自分自身の人生があるとは考えられませんから。 具体的には、小林秀雄がどこかで書いていました(初期評論中?)が、「誑かされることが生きることではない、生きることが誑かされることなのだ」という生き方もその一典型例に該当すると思います。
お礼
ご回答、ありがとうございます。 読ませて頂いた感想は、正直な方ですね、ということです。あるいは「とっておき」があるのかなと思ったりもしました。そして、ともしびのようなものは――と、願いました。 たぶらかす――確か、こう読むんでしたね?
- 日比野 暉彦(@bragelonne)
- ベストアンサー率16% (203/1213)
No.1です。 補足要求にていねいに答えていただきありがとうございました。 それにしても きみたちの世界観をおのおの全部吐き出し給えといった質問ですね。世界選手権でも始めるのですか。ツール・ド・OKウェーヴ。 (1) まづ説明していただいたこの近代以降のロマン主義の流れというものに なるほどとうなづいた後 例によって覆いかぶせる議論です。なお《個人》の誕生にこだわりたい。個人の概念の誕生とはちがって わたしがわたしであることの気づき その一点のみです。 (1-1) まえおきとして ご説明のわたしの言葉での復唱です。 世界における力とそのはたらきに気づいて 自然科学と哲学とに分かれて探究が始まったという現代のひとつの出発点。 《モノはコトである》というときのいわゆる物質の探究も 《もの自体》という究極の精神の現象学も 広く言えば経験科学ですね。量子力学がどういう具合いなのかそれについては丸投げしますが 神話のごとく英雄や偉人たちにカリスマを見れば どこか人びとはこの世界を超えた力のはたらきをも思い描きたいというのでしょうか。量子論も英雄論も どこか《ものの怪》の様相をも帯びていると見てよいのでしょうか? これら経験科学のもとにしかもそれらを自由自在にと言うほどに突き抜けて 想像力という力のほうを思いっきり伸ばすのは 文学ですね。 という全般の景色としての位置関係をたしかめておいて 覆いかぶせねばならないと思うのは 《個人》の誕生のことです。 (1-2) 単純に行きます。ひとが《ひとは朽ちる》と分かり《自分も死ぬようだ》と自覚したとき このときから《個人》は始まりませんか? 古代ではこの個人たちが 部族だとか民族やらの集団の中に埋没していたとしてもです。 世界――特に自然環界――に対しては ひとは 死を知ったあとにはもはやそこに《ヨリ(寄り・憑り)》かかることも少なくなり その世界に言わば相対的な存在であることの最大限に主体的に《イリ(入り)》した。憑きものやまじないを繰り返して病いの癒えるのを祈るのではなく たとえば薬草を求めるようになった。 この点をくどいようですが考え合わせないと 近代人は 社会の行動関係も自由になったし薬はいくらでも自由に得られ寿命も永遠にまで伸びるようになったから 《個人》が成ったと言うのは 浮かれ過ぎだと見られます。 (1-3) なぜなら 浮かれ過ぎゆえに《幻想の共同》を求めるという傾向も反動として起こると指摘することができるのではないでしょうか? 個人が誕生したというのではなく わざわざ《〈個人〉の概念》が誕生したというかたちで捉えるようになったとも見られます。 (2) 処方箋はわたしの側からは すでにつねに ○ インタムライスム です。 ○ つまり 二階建て構造の社会を 一階のスサノヲ市民社会(村ムラ)を基礎として その連合のもとにアマテラス第二階を主導する社会体制 です。 ○ 国家以前の時代→国家の時代→国家の揚棄の時代 ☆ これにつきましては みなさんとの対話・討議を――理論的な研究とともに――経ていくことになると考えます。 (3) 今回ぜひ投稿してみたいと思ったことは (1)の最後に持った問いについてです。個人の《概念》が誕生したと見る視点です。 (3-1) 個人の自覚が生まれたと言えば分かりますが その概念が生まれたというのは よく分かりません。個人という意識 これは実際なのでしょうか? 実際に事実であっても解せません。 (3-2) 市民スサノヲの反逆としての革命の断頭台の物語にまでつながるルウソなのでしょうが 必ずしもそうではないつつましいまでの基礎としてのルウソを捉えておきたい思いです。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ 自然と社会との対立する二項でそのまま考えるなら その《二重の人間》とは ルウソにとって 《自然人と社会人》との二重である。もっと単純にいえば 慣習や法律やらの社会制度が成る以前と以後 あるいは自己自身のくせやら習性やらがかたちを成す以前と以後の二重。つまりは人為的な行為や事柄がつきまとう以前と以後とをあたかも含む状態である。 この前と後とは かならずしも時間的でなくともよい。同一時点で 考え方として 人為性や社会性の以前と以後との混在である。 哲学者たちが 《自我》をいうのは とうぜんこれを《理性》といってもいいように 人間の《自然本性》にそなわる能力またはその主体をいうのであるから それは 《自然人》を 社会の中にある人間として人為的な知解によって とらえたものである。 このとき これらは一つの哲学的な概念であることに間違いないのだが 《自我》とか《理性》という場合には すでにこの哲学的な概念の次元とか世界とかに閉じこもりがちである。 《社会人》というときには まだ対立する概念として《自然人》が控えており 伴なっているはづなのにだ。 近代人が 理論上――ルウソやスミスの線で―― 自然人ないし同感人ということばで自己認識し しかも認識だけではなくすでに自己到来して 事実そのように生活上の経験行為をおこなっているというとき 〔そこにデカルトの《我れ》ないし合理思考をおのれの内に包みつつ伴なっても構わないと言えるように〕 その生活基礎をそのまま生活基礎としうる。 つまり 経済活動を経済活動として 相互に独立した人間が 自然にそして同感しあって 自由で合理必然的な関係をともなって いとなみはじめた。このような独立人が――または 家も土地も何もかもを奪われ《自由》になった人が―― それまでにも築かれていた社会の分業形態を まずは受けとめ 自分たちの生活態度で新たに発展的に継承していく。それぞれの職業を持ち分業の中の位置をかれが担うというそのことは すでに協業を約束している。分業を承認していくかぎりで 自然人がこれに同意し 分業者である互いを 信頼したし信用しあったということである。 ひとに信用をすぐれて与えうる人びとが同感しあえるそのものは 具体的に徳性である。一般的な徳性は 勤勉――主観真実の限りで約束などおのれの務めを誠実に務めることとその継続――である。 こうして 再出発した近代人の分業関係のなかで 人びとの労働(経済行為)に二重性や格差が生じてきているという訴えは また別の段階での問題である。そう見うる。信用がもっぱら経済的な内容を持つ用語になって行った段階である。 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~ (3-3) このような《自然(S)-社会文化(A)》連関構造を内面に持つ《同感人》が 《個人》の基礎だと考えます。 《ロマン主義》の中にこの基本類型があるのかどうか 残念ながら申し訳ないながらわたしにはよく分かりません。以上の考察がひとつの判断基準になるとは思うのですが?
お礼
ご回答、ありがとうございます。 ざっと上に書いてみましたが、どうでしょうねぇ。インタムライスムには、まだ届かない気がするのですが。ずいぶん、時間が経ったような気がするのですけどねぇ。
補足
過去の問題は検索したのですが、そのとき意外に思ったのは「ロマン主義」というものが、とても多くの人々によってちゃんと共有されているところでした。すでに説明不要という感じ。だったら、訊いてみようじゃないかと思ったんです。 考えてもみてください。個人が互いの世界観を認め合い、互いにその前提に立って議論をする――もしもそうなのだとしたら、世の中にはアマテラシストしか居ないんですよ。ブラジュロンヌさん、こんな質問を出して「わかりきったこと」をあれこれ話している僕たちは、どうやらオールド・ファッションなんですね。あるいは、天然記念物か。いずれにせよ、保護されるべき生き物ですよ。 >きみたちの世界観をおのおの全部吐き出し給え というのはまさにそうで、選挙に負けた当の自民党員に、その本音のところを伺う――というような、ちょっとリポーター気取りの内容になっています。というのも、揚棄どころか、新しい国家の誕生を垣間見るかのようで、これはどうもインタムライスムとは少し気色が違いそうに見えませんか? >《概念》が誕生した そうですね。尤もな疑問であり、No.2にその点から回答を頂いていますが、意識や自覚そういったものではないと思います。個人はずっと現象として捉えられてきたし、「公」と「個」という二項対立に慣れた時代に生きていると、それがない社会というのはどうも実感が湧かない。「概念」などというあいまい表現ではなく、それとは無関係に現に「個人」は存在しているじゃないか。まったく、ご尤もです。 それでは、表現を自己とか自分にしましょうか――という言葉の問題じゃないですよね? おっしゃる自然人のほうは、現象です。生後一年ほどすれば、自我の芽生えがある。けれども社会人のほうは、そうじゃない。社会人のほかにも法律が規定する人、医療が規定する人(先日、死の瞬間が変わりましたが)などなど、概念としての人に与えられた「個人」というラベルです。 そしてこの個人は、制度によって生まれる。だから、社会制度が変われば性質が変わる。個人が社会をどう受け止めるかではなく、制度が個人をどう受け止めるか。法制度は、個人がその弁護士をどう思うかではなく、法の規定する社会に(弁護士を用いて)個人を矯正するし、医療制度は、個人がその医者をどう思うかではなく、医療の規定する社会に(医者を用いて)個人を矯正するのです。 弁護士や医者は英雄ではなく、徳性を持った特別な人でもない。 彼らの仕事である判決や治療は、本来のかたち、正しいかたち、元からあるかたち、に戻すことを意味するのではなく、社会に適合するかたちに仕上げることにあります。 このラベルが貼られた「個人」は、自然人とは独立してない。自然人に溶け込み、歩調を合わせ、相互に係わり合っている。医療という社会制度では、自然人としての死と、社会人としての死は同じであるし、法律が規定する基本的人権は、自然人としての生まれと同時に始まる。 ところで、国家という制度を揚棄するように、概念としての個人を成り立たせる社会制度をも揚棄して、個人をもとの現象に返すという意見はあるだろうと思っています。けれども、ルソーの宣言を社会がある程度、成熟するまでの過程として見るほどに、現代の制度に対する認識は高まったものではないと思います。制度は改訂されることがあっても、廃止されることがない。 制度を捨てるということは、個人を捨てることでもあるからだろうと思います。 ロマン主義が引き摺っているのは、もはや現象としての個人と区別がつかなくなりつつある、概念としての個人であって、その個人は概念であるゆえに、如何様にも生まれ変わるという怪しい色合いを持っているのでしょう。擬似的な生命をもうひとつ、内に持っているようなものです。 こんな感じですが、どうでしょうか。
- kadowaki
- ベストアンサー率41% (854/2034)
ロマン主義という語は、ダダイスムと並んで、数少ない日本語訳を持たない芸術・思想用語ですよね。 それだけに、多義性、多相性、多層性、多面性等々を帯びている、つまり定義しようとすればするほど、定義し得たという充実感よりも、実は何も定義し得ていないのではないかと懐疑せざるを得ない性質を帯びているのではないでしょうか。 >個人という概念は、近代になって発生した。さきがけとなるのは、ジャン・ジャック・ルソーの『社会契約説』で、その主張は「主権があるのは財産を有するなどの特別の資格を持つ国民ではなく、人民(国籍を有するもの全て)にである」というものだった。 もし、ロマン主義という多面体の「個人」という側面に注目するなら、リソーはその「さきがけ」というよりも、当時すでに十分に成熟していた「個人」という観念に注目し、これを市民革命のエネルギーに結びつけることに貢献したと位置づけられるのではないでしょうか。 もちろん、「個人という概念」の「さきがけ」を本気でとことん突き止めようとすればキリのない話になりますが、せめてブルジョワの擡頭、産業革命による経済構造の変化、宗教改革、活版印刷あたりまで遡る必要はあるのではないでしょうか。 その上で、私としては、「個人」意識(観念)の誕生、普及、擡頭に最も重要な契機となったのは、実は活版印刷の発明という大事件ではなかったかと申し上げたいところです。 なぜなら、どう考えても、「個人」が人間の反省(内省)なくしては生まれない意識(観念)だとすれば、印刷術のお陰で印刷物が大量に社会に出回り、人間が文字を黙読することで情報を得たり、思索したりするようになったことが、結果的に人々に「個人」としての筆者(著者)の存在に気付かせ、このことが同時に著者と向き合う「個人」という《自己》の発見を促し、こうして徐々に「個人」という《不思議な存在》に対する興味・関心を掻き立てていったのではないか、と推察せざるを得ないからです。 >(1)このような「観念の共同」は忌まわしきものなのでしょうか。 確かに、大雑把には歴史的必然(or偶然)によって、人間が「このような「観念の共同」」を共有するようになったとは言えても、それをもっぱら「ロマン主義」に帰すことができるかとなると、私には再検討の余地があるような気がしてなりません。 >(2)忌まわしいならば、この共同幻想から独立するためにどうすれば良いのでしょうか。 19世紀において、ブルジョワたちが「個人」という容器があるかのように信じ、そこにめいめいの身の丈に応じた「個人」という観念を棲まわせ、慎ましやかに生きることこそ健全な市民生活だと信じて疑わない時代・社会にあって、一人これを「忌まわしい」自己欺瞞と唾棄した詩人に、自分こそ真正のロマン主義者だと自認してやまなかったボードレールがおります。 『悪の華』の「読者に」、「我ト我ガ身ヲ罰スル者」、「アベルとカイン」等々の詩篇をご参照下さい。 なお、「この共同幻想から独立するため」には、何はさておき、まずは自分の脳裏に棲息している「個人」という観念の恣意性、虚妄性、偶然性を自覚することが大前提だと思います。 >(3)この幻想とともに暮らすならば、どう生きれば良いのでしょうか。 申し上げるまでもなく、(2)と正反対の生き方をするだけで十分です。
お礼
>実は活版印刷の発明という大事件ではなかったかと申し上げたいところです。 これは、思いもつかなかった内容です。ご回答、ありがとうございます。 写本時代はとても長く、現在、初期近代のテクストに見る印刷物は、当時、滅多なことでは一般人は目にすることができませんでした。自分の経験からしても、90年代の半ばくらいまでは年に数回、図書カードを作り文献の複写をするために、小旅行して数日は異国に滞在しなければならないという習慣が常態化していました。それが今では、pdfとEメールで可能になりました。 手書き原稿が普通だった時代に学生時代を過ごし、投稿に際しては戦車のように無愛想なワープロを前に、ちょっと清ました顔をして打ったりし、校正刷りの間違いには修正した文章を短冊のように切って貼り付けたり、まるで図画工作のような作業を繰り返しつつ原稿を作成したことを思い返すと、今では書斎がちょっとした印刷工場のような感じです。 そのような経験から、文章ではなく、むしろ図像を考えたとき、印刷技術の普及は大きな影響を及ぼしただろうなと思うに至りました。さらに、幾何(絵画)や音楽など自由七科の影響でしょうか。媒体が増え、表現が精緻を極めるようになると、かつての寓意や寓話は、より一層のリアリティを生み、分野を横断して相互に影響を与え合うようになる。 ルネサンスはブルーノの死をもって終わると言われますが、その後に続く長くて暗い宗教戦争の時代は、無限の宇宙観と同時に、それまでの社会を終わらせるものだったろうと思います。
補足
観念の恣意性、虚妄性、偶然性――巾の広い表現ゆえ、そのまま記述します――は、そもそも幻想なのだと自覚しつつ、けれどもそれらとともに暮らしてゆくためには、それらに目をつぶって盲目のうちに生きるしか道はないのでしょうか。(3)への回答を読みますと、そのように読めますが、いちおう確認しておきたいと思います。
- 来生 自然(@k_jinen)
- ベストアンサー率30% (80/261)
答えになっているかどうかは判りませんが、とりあえず。。。 「ある概念が共有される」というとき、 (a)「概念A」を構成しうる「複数の」人々が存在するとし、「概念A」を共有する「共同体A」が存在するとする。 (b)「概念B」を構成しうる「複数の」人々が存在するとし、「概念B」を共有する「共同体B」が存在するとする。 (c)「概念C」を構成しうる「複数の」人々が存在するとし、「概念C」を共有する「共同体C」が存在するとする。 ... といった無数のパターンを想定可能です。 これら「概念X」と「共同体X」とは、どちらが先に「ある」と考えるのか? 「個」が先(すなわち概念形成が先)と考えるのか? 「全体」が先(すなわち共同体構成が先)と考えるのか? おそらく、すでに「個」を中心とした視点に立って述べられておられるので、「共同幻想」「独立する」という言葉が生じているのではないでしょうか? たとえば、「共同体A」を「人類全体」とし、「概念A」を「意識・記憶」とします。「意識・記憶」の存在を否定可能、ないし「構成概念であって、実在性は不問なのだ」などと言われたら、「共同体A」の構成員は、皆「違う!それは素朴に形成される概念だ」と言い張ることでしょう。 >>>構成概念と素朴概念(アンドロイドはしあわせか scribbling Midwest's ideas and thoughts) http://midw.cocolog-nifty.com/blog/2005/09/post_f98a.html <<< たとえば「概念B(たとえば蚕繭箱概念)」と「概念C」とが(一見)対立しあう概念同士ゆえに、「共同体B」と「共同体C」の構成員同士が争いあっているとします。また「共同体B」と「共同体C」の構成員は皆、「概念A(たとえば意識・記憶概念)」を共有しあっているとします。すなわち「共同体B」と「共同体C」は「共同体A(人類全体)」に含まれているとします。 さて、どこの視点に立てば「どの概念(観念)・共同体」から「独立可能」だと思えるでしょうか? あるいは、どこの視点に立てば「どの概念(観念)・共同体」が「忌まわしい」と思えるでしょうか? さらに、どこの視点に立てば「どの概念(観念)・共同体」と「ともに暮らしうる」と思えるでしょうか? ご質問の答えは、もしかしたら、その辺りに隠されているのかも知れません。 一方で、これら「共同体概念」すら「幻想的な概念」(相互が相互を相互に構成し・構成される概念同士)として捕らえることもできるでしょうし、「ひとつのもの」の「捉え方(認識)が異なっているだけ」だとという考え方もできると思われます。 たとえば >>>「共同体主義」⇒「個人主義」⇒「決断主義」(⇒「共同体主義」) http://tenkyoin2.hp.infoseek.co.jp/cid.html <<< など。。。
お礼
ご回答ありがとうございます。 おおむね、概念の捉え方についてのおはなしでしたね。そして認識は、対象がどのように構成されているか、あるいはその制度によって影響を受ける。したがって、問題は現象(対象がどのように見えるか)にあるのではなく、認識にある。という感じでしょうか。 二つほど教えて欲しいことがあります。 ひとつは、共同幻想(概念の共有)というものに実体はあるのかということ。言葉とかの記号については、以前にもお話したことがありました。発話、すなわち行動こそが実体であり、行動を伴わない概念には実体がない――そういう内容だったと思いますが、では、実体のないものには共同幻想は生まれないのかということ。そしてもうひとつは、「おそらく、すでに『個』を中心とした視点に立って述べられておられるので」とお書きのところ(おっしゃるように、僕はその前提に立って書いている)ですが、この時代に「個」を前提とした視点に立たない生き方は、果たしてできるものでしょうか。 できるとしたら、どのようにすれば良いか。 これが、質問です。じねんさんは、どうやって生きますか?
- 日比野 暉彦(@bragelonne)
- ベストアンサー率16% (203/1213)
こんにちは。 核の傘ではありませんが 人びとが共同で天を仰いだりその代理にシャッポを戴いたり同一(もしくは統一)民族という外套を着たりするようになるところの《繭に蚕》なる情況は――つまり《観念の社会心理的なもしくは情感的な共同性》は―― 国家の成立と軌を一にしていると考えます。 世の中が スサノヲ市民たちだけによって成り立つのではなく そのような地べたの平屋建ての上に アマテラス公民という種族が第二階を築き 社会を全体として二階建ての構造にしたところから 始まるのだと。或る日或る時 その山の向こうはよその国であるぞと 上のほうから御触れが出てからというもの 観念の繭が陰に陽に紡がれて行き わたしたちもその中に入って みなが声を合わせ同じうたをうたうようになったのだと。 ということは――少し飛躍しますが―― ひとりのスサノヲ市民である卵も繭も箱もその外の殻は あたかもすでにアマテラス公民という着物を着ているとも言えるようです。そのように民主制の成らなかったころは いわば負のアマテラス外套を着ていたのかも知れません。発言の力はなくても 社会公共のために(つまり外套を仕立てるために) すでにまかない銭をすすんで供出していたからです。・・・ というように歴史を見るのですが この見方と提起されている《ロマン主義》とが どういうふうにからむのか まだよく分かりません。そこでいくつか質問です。 (1) 《個人》という概念 ★ 個人という概念は、近代になって発生した。 ☆ たとえば 旧約聖書の時代は 《民族》でまとまっていました。《うちの民の一人が傷つけられたなら 民族全体で報復する》。それが今度はあらたに ▲ 神は アブラハムの神 イサクの神 ヤコブの神である。 ☆ と表現されるようになりました。《民族》の外套が引き裂かれたかのように破れ 神は 個人一人ひとりの主観の内にありと見なされていくのだと思います。 こういう自己表現の歴史を見てみると もしそれが《個人》の誕生の淵源であるとするならば 《近代》の位置づけは どうなるか。 (2) 同じく古代からの《個人》の問題 ★ 「主権があるのは財産を有するなどの特別の資格を持つ国民ではなく・・・ ☆ というときこの《特別の資格を持つ国民》――アマテラス公民?―― これらの人間は すでに《個人》であったと見るのか? 言いかえると もしそう見るとすれば 古代には 一部分の人間たちにはすでに《個人》の概念が成り立っていたとするのか? (3) スサノヲ市民は 歴史のかまどである!? ★ 個人的感情の尊重と想像性の開放、 ☆ これは 草の根の人間存在スサノヲの解放・開花と言えると思いますが しかもそうだとすれば これは公民アマテラスの合理性・規範化志向・秩序と管理主義に対する抵抗を伴なっていると見られます。 果たしてそういう傾向をロマン主義に見てよいでしょうか? このような点をよく捉え切れていませんので 補足要求です。どうぞよろしく。
お礼
>果たしてそういう傾向をロマン主義に見てよいでしょうか? 自分の思想をちゃんと述べよ、ということなんでしょうけれど、参ったな。ご回答、ありがとうございます。(1)については、権力の在り処で区別されるのが一般的だと思います。古典古代の時代は、家長であるとか、神(その神が自然、先祖、英雄のどれでも良いですけど)であるとか、そのような偉大な力に権力が在り、その力によって支配される。それが中世になると、その力は実在するのか、あるいは信じるもの(観念)なのかという論争が生じる。前者はやがて自然科学に引き継がれ、後者はシンボルとアナロジーの世界を経て哲学へと引き継がれた。 近代とは、その力に纏わる支配を成り立たせているのが、実は個々人なのではないかと疑われ始めたところから、始まったのだと思います。 ですから、(2)でいう個人の概念は、近代以前には成立しない。英雄はずっと昔から存在しましたが、古代の英雄は神であり、中世の英雄にはふたつの身体があった。そのひとつの身体が要求する支配については、その抗いのための戦闘を(日本では明治末期くらいに)もって、完了したと思います。 ロマン主義は、その後の世界を彩る思想としてここでは扱っていますが、(2)で言われる抵抗が無くなったにもかかわらず、どこか割り切れないところ、何かすっきりしない気持ち、口を開けた虚無のようなものがあり、そういうのが引き金となって、大きな戦争を再び起こし、あるいは村上春樹は小説を書き続ける――こういう現代までの漠然とした流れを、うまくまとめられないままに「ロマン主義」という言葉でくくっているわけです。 ですからブラジュロンヌさん、僕たちはいったい、どうしたら良いのでしょうか――というのが、ここでの質問なのです。
お礼
>何かひとつでも参考になれば なるほど、何かひとつでも、ですか。何かひとつでも、無駄があるとは思えないご回答だったと思います。ありがとうございます。そうですね。産婆術ですか。(3)への回答としては、まったく相応しいお話だったと思いました。ソクラテスのような語りは――僕にそれができるかどうか、それはまったく自信がないですが、おはなしに関して言えば、納得です。 他のご回答の履歴を少し読ませていただきましたが、どうやらご回答者様の、ひとつの姿勢のような感じですね。何かひとつでも――いつも、どの回答にも、ご回答者様のその姿勢が見える。そう、僕には読める。何かひとつでも――これは、名言だなと思いました。 僕は産婆さんにはなれそうもないですが、何かひとつでも――ひとつくらいなら、これなら、僕にもできそうです。