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「日本の英雄、東条英機首相は当時は悪者扱いされていた。」という時代はいつか来ると思いますか?

「日本の英雄、東条英機首相は当時は悪者扱いされていた。」という時代はいつか来ると思いますか? 私はウン100年後にはそうなると思っていますが皆様どうでしょう?

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  • nishikasai
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回答No.16

皆さんはわかっていない。 ドイツはヒットラーが戦争をやりました。 日本は日本国民が戦争をしたのです。 しかし、戦争で死んだ人のご遺族はその怒りを誰に向けたか。東條大将であったのです。世界の怒りはヒットラーと東條大将に向けられたのです。ヒットラーは正解だけど東條大将は間違っています。東條はただ真面目な人間であっただけ。時代が東條をして戦争を遂行させたのです。彼もまた戦争の犠牲者と言うべきです。 私は東條が世界の憎しみを一身に受け、天皇陛下が戦犯となることを防いだ事実を高く評価するものです。

1wer56
質問者

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私の意見に一番近いです。再度ありがとうございます。

その他の回答 (19)

noname#94392
noname#94392
回答No.20

『昭和天皇独白録』(文集文庫) >東条という人物はさきに、大命に反して北仏印進駐をした責任者を免職して英断を振るった事もあるし、又宮中の小火事事件に田中東京警備司令官、田尻近衛師団長、賀陽宮旅団長以下を免職した事もあり、克く陸軍部内の人心を把握したのでこの男ならば、組閣の際に、条件をさへ付けておけば陸軍を抑えて順調に事を運んで行くだろうと思った。それで東条に組閣の大命を下すに当たり、憲法を遵守すべきこと、陸海軍は協力を一層蜜にする事及び時局は極めて重大なる事態に直面せるものと思ふという事を特に付け加えさへた。  時局は極めて重大なる事態に直面せるものと思ふという事は、九月六日の御前会議の決定を白紙に還して、平和になる様、極力努力せよといふ事なのだが、之は木戸をして東条に説明させた。 >後藤文夫〔東条内閣の国務大臣〕が嘗て云っていたが、本人が閣僚としていた時代には、東条の評判の悪い事は一向判らなかったが、止めてから、評判の余りに悪いのに驚いた相だ。  天皇の意向を実現できず、閣内に評判が悪い人間が官僚として優れたとは思えず、英雄視されるには中身がわるすぎます。  

1wer56
質問者

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ありがとうございます。

回答No.19

 回答番号:No.19と などのご回答に関連して・・・  回答番号:No.19の私としては、神話や人間の浅智恵の作り上げでは英雄や英雄ということばはあるが、英雄というものはそもそもがありえない、ない、みな、いや英雄といわれるものほどか弱く、弱点だらけの存在である。というこで、このご質問ほど空虚なものはないと存じます。  山本五十六は英雄で、個人とその心も鍛えぬいた、立派な軍人です。  これが日本人の本当の育てた軍人です。  欧米や異国の英雄、覇者の真実の、素顔はあさましいくらい人間としての弱さと悲しさ、時には残虐ささえ伴っています。  かのチンギスハーンの朝も夜も付きまとっていた恐怖は死です。  覇者になった織豊は人間としての道、智恵はどうだったでしょうか?  覇者も、真の英雄たる山本元帥も女の胎から生まれ、夫々の可能性と不可能性、そして背負う気持ち、課題を背負って戦ってきました。  このことは人間であれば、何ぴともかわりません。  その個人が元帥か覇者かは偶々のことで、通底しているのは人間として生まれ、育ち、その与えられたものと条件で、己の思いや背負ったものを戦ったということです。  そういう意味で人間の一生はみな英雄なのです。  そして確かに傑物、日本民族は英雄といわれる傑出の人を育てました、生みました。  伝説かも知れないが幕末の三舟。正にあの角の横に入ったところの鉄あにいという感じだが、単身、馬で官軍の本陣、大参謀南洲隆盛の宿に勝の親書を使いした彼。道路は官軍という武装隊が占拠する中。  宿について、「幕臣山岡鉄太郎である。大参謀西郷どのにまかり通る」とかの大音声とともに大刀を右手にして、ずかずかと部屋階段を上るのである。  様々の英雄の話は、日本人の心性の比類なさを物語っています。  そういう方々、元帥山本五十六将軍もさもありなんである。  そういうことは認めますが、そういう場を持てることは、そしてそういう場を持てる人は、あまたの英雄の中でも多くはない。  人はみな英雄である。そういう場を持つかどうかの問題である。  私は東条さんも元帥山本将軍も、そしてそういう場を持った英雄であると存じます。  不幸にして敗戦という賊軍の将としての場にも関らず、全うしたことはここのご回答者さんが、ご回答されるとおりであります。  その中で、家庭人としてのことは正にはたまた、の人間的な姿の一側面です。  それを以って、英雄の要件がどうだのこうだのというのは検討が違う次元であります。  人はおよそ弱さの集まりです。それを自覚するかどうかが人の人としての分かれ道です。  個人性はそう言う意味で、大事な場のことばかりではなく、真の姿を見せてくれます。  中に、官僚だの、小物だの、能吏だのという小才のお話も聞くところですが、歴史や人物の認識と分析、評価は難しいものです。  少なくとも、そのことばを使う以上は、自己に省みて、それを凌駕するお気持ちが欲しいところであります。  凌駕しなさいとはいえません。そういう気概と人生への気迫を自己に持して始めて口に出来る言葉です。

1wer56
質問者

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ありがとうございます。

回答No.18

良い家庭人・世が世なら優秀な役人等は英雄の条件ではありません。 質問の趣旨からいえば「AND」条件なのですが、それは無いでしょう。 今後日本が覇者になれば、後半部は成立するかもしれませんが、英雄になるのは山本五十六でしょう。

1wer56
質問者

お礼

ありがとうございます。

回答No.17

 No.11回答者です:  いろんなことが不明確、そして祀り上げる事の多かった昔と違って、今はいろんなことが隠されません。  そして英雄だといえば、いやそうではない。という見かたや反論も、そして反証も可能であるし、自由であります。  そしててまた、人は昔の人に比較し、誰かが(インドで考えたこと━岩波新書)いうように、知識や情報も共有範域も広がり、且つ、ソフィスケイテッドされています。文殊の世俗的浅智恵が横行して、素朴も希薄と為り、英雄や神話もそれほど必要としなく為りました。  英雄ということばはもう誰かに使うことはできないのでしょうか。  大柄で赤ら顔、そばかすだらけのワシントンが、アレキサンダーが、ジンギスカン(彼の恐怖は死ぬことでした)が、ケネディさんが、リンカーンが英雄なら、何もかもわかってしまっており、且つ、神話もヴェールも無用な時代の日本国の命運を背負った、担当した諸指導者がどうして、英雄でないわけがありましょう。  私は英雄とは万人が英雄だと存じます。  それぞれの条件や持って生まれてきて、それぞれの人生を戦ってきている、戦ったどん人も英雄ではないとはいえません。  基準を設定して結果を評価し、上下を比較してだめな奴だということは人生というものを冒涜します。  存命であれば115歳。貧なる父の生きてきたことの一々を想起すれば、批判とやるせない思いにはなりますが、父は個人父として私は、誰にも遜色ない英雄であると存じます。  その事と批判・否定とは別です。  多分リンカーンもワシントンやアレクサンダーも身近の人から見れば、人間としてのある種のものがあると存じます。  結論は英雄という言葉が空虚だという事です。  失礼ながら、ここで東条さんを出して頂くのは悲しいです。  そして英雄ということばでのお話は空しいです。  個人としては東条さんのご親族は存じ上げており、ご立派な日本のご家庭であります。  歴史一般で考察されることはいいのですが、自省を欠くことになるかもしれない、個人評論に繋がることは早く終わってもらいたいと存じます。

1wer56
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ありがとうございます。

  • gonveisan
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回答No.15

*日本の英雄、東条英機首相 同時の指導部は戦争責任はあるはずです勝つたならまだしも 東郷平八郎閣下ならまだしも 歴史歪曲してその政権が彼を神格化すればそうなるでしょう 軍事政権が理想ですか 賢者は歴史に学ぶといいますが !!特攻隊の英霊に・・・・の大西滝治郎閣下ならまたしも 東条勝閣下も自決未遂すでなく自決れば又違う見方をする人でるのでは あれだけの犠牲出したのですから勝っても自決ものです 彼の前に英雄扱いされる人はいつぱいいますよ 関大尉の前に特別攻撃に出撃した英霊になつた英雄 今東条閣下は英雄になつてるですか、おそろしやおそろしや そんなになったら、亡国の憂いです。

1wer56
質問者

お礼

ありがとうございます。

  • hamaendou
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回答No.14

ウン百年後に東條さんの評価が上がるか どうかについては不明ですが 後世の研究者が第二次世界大戦を読み解く 内に東條さんの再評価をし 東京裁判のいい加減さ、勝者の理論の 胡散臭さを摘出して見せた時 彼一人にきせられた汚名が如何に 根拠のない、いい加減な、一方的な物で あつたかと言う事が広く流布する事は ありうると思います。

1wer56
質問者

お礼

私も東京裁判の再検討してほしいです。ありがとうございます。

回答No.13

英雄というのは最後は破滅したとしても、余人をもってなし得なかった事を行なっている場合に称されます。 他の方が例として挙げられた織田信長やナポレオン、ジャンヌダルクやハンニバルなどの悲惨な最期を遂げた「英雄」は、基本的には「成り上がる」過程や途中に迎えた栄光によって英雄と評価されます。 極一部のみで「英雄」と言われる安重根や山口乙矢にしても、常識を覆して暗殺を成し遂げたと言う業績がありますが、東条英機には「竹槍事件」の様なセコイ逸話はあっても、軍部と言う声の大きさを後ろ盾にしていただけで、個人的に並外れたレベルで成し遂げた事はなく、彼が英雄になるなら麻生首相にもなれるでしょう。

1wer56
質問者

お礼

ありがとうございます。

  • nishikasai
  • ベストアンサー率24% (1545/6342)
回答No.12

東条英機大将は既に我ら日本国民の英雄です。 わたしは東條大将を語るときは涙がこみ上げてきます。今もまた泣きそうだ。 1.彼は現代に生まれていたら優秀な官僚になっていた。時代が彼を軍人にしただけ。 2.彼は厳しい軍人でありながら同時に良きパパであった。 3.彼は尊敬されるべき人物であった。歴代首相の運転手を務めた人が戦後、記者のインタビューに答えました。 「あなたにとってどの総理が一番立派でしたか?」 すると元運転手は起立して不動の姿勢を取り言いました。 「はい、それは東條閣下であります!」 4.彼は天皇に忠実な軍人であった。天皇を戦犯にしないため、東京裁判で「私は天皇のご意向を無視して戦争を遂行した」と発言した。忠臣でありながら逆臣の汚名を着せられ世界中の人々からそして日本国民からも憎まれ絞首台の露と消えた。合掌。

1wer56
質問者

お礼

おお! 私も3番の話を聞いたことがあります。 私も時代のせいだと思います。 ありがとうございます。

回答No.11

 英雄ということはないでしょう。  歴史の昔のこととは違って、すくなくとも二十世紀。いろいろなことが、明らかになってきている時代ですから。  そしてユダヤ人の出国査証の千畝さんですか、あぁいう人は別ですが、評価として英雄というカテは成立しないでしょう。  ただ人間性や、やはり優れているなという再評価や見直しはありうるでしょうし、ことが欧米のやりかかたと、我が国民の一致した国是と勢いの中の行動ですからね。歴史の中の見直しは当然ありますでしょう。  検事が<イエスかノーかで応えよ>というのに対して、<一国の命運を決定することを、イエスかノーで応えられるか>という答弁は、当然ながらも、やはり、傑物だと存じます。

1wer56
質問者

お礼

ありがとうございます。

回答No.10

すでに沢山の人がそう思っていますし、東条家の人たちが平和団体の招きで同じようなことを言っていますし、平和団体もそれを聞いて喜んでいます。なお、この平和団体はよその国では、右翼と呼ばれています。

1wer56
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。