アジア通貨危機の原因は人によって説明が違い、要因の候補がかなりの数存在します。
影響を受けた国の数が多く、国によって事情も大分違うので、
単純化することが難しいです。
事実上ドルに連動していたことは1つの要因ではありますが、
韓国については危機時にドルに連動していませんでした。
先進国も1970年代初頭まで為替レートは固定していましたし、
1990年代の欧州も通貨を自由には変動できないようにしていました。
通貨投機の対象になったこと自体は、
1992年イギリスのポンド危機もそうでしたが、
イギリスではむしろ通貨安のためにその後経済が好転することになります。
しかし、アジア通貨危機では、高すぎる為替レートの
解消どころではなく、1/2とか1/6とかいうレベルで、
どうみても低すぎる為替レートになるまでの暴落を引き起こします。
日本の通貨で喩えれば、1ドル=80円は「ちょっと」高すぎると思っていた矢先、
勢い余って数か月で1ドル=160円とか1ドル=360円位まで落ちてしまった。
気まぐれな海外資本が大挙して撤収ラッシュを引き起こしたことが混乱の決め手となり、
IMFの過激な対応策を実行する中で、深刻な景気後退に結びつくことになります。
1990年代半ばの新興国ブームから、一転して急激な資本逃避が起こったことは、
ブームの気まぐれさを表しています。
タイ・マレーシア・韓国は、経済成長率においては世界で最も高い部類で、
財政は健全でインフレも比較的低く、基礎的な条件は満たしていました。
1993年、世界銀行はこれらの国の経済的パフォーマンスを「東アジアの奇跡」と称賛します。
危機から回復した後にもこれらの国は高成長に復帰しています。
しかし、タイでは、1990年代半ばから、新興国ブームの煽りで
特に必要ない時にがんがんと海外資本が流入して、
不動産や株式でバブルを発生させる要因になります。
これが崩壊するとマネーは大挙して逃避し、経済を混乱させてしまいます。
お金は要らない時に流れてきて、欲しい時には逃げて行ってしまったと嘆かれます。
これらの国の通貨が割高になっていた原因は、1994年の人民元の切り下げ、
アメリカのインフレ率が低くなっていたこと、1990年代後半の円安といった
外因によるものも大きく、当時のタイだけが特別に、
通貨が大きくずれていたわけでもなかったでしょう。
ただ、この時期には海外からのお金の流れの規制が自由化されており、
自由に投機の対象にできるようにもなっていました。
喩えるなら、マネーのブームは気まぐれなことに注意、
そして借金の自由化は弊害に注意してゆっくりと。
お礼
この金融危機は、一つのバブルだったんですね。 大変わかりやすい説明をどうもありがとうございます。 「お金は要らない時に流れてきて、欲しい時には逃げて行ってしまったと嘆かれます。」 → なるほど。今も大方に多様なものなのでしょうが、とにかくこの、金融と言うものは、不安定なものなのでしょうね。 投機である事。 だから、ブームというものがあり、 その逆も、もちろん起こる・・・。 質問前にはわからなかった、「金融危機」についてずいぶんわかってきたように、思います。 どうもありがとうございました!