• ベストアンサー

効果的なteaching

もっとも効果的なteachingとは、生徒にとって快適な環境(勉強しやすい、心配を取り除く、やる気を持たせることができる)を用意することだと思っています。どうしたら快適な環境を作ることができるのでしょうか?どなたか教えていただけませんか?

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
回答No.1

質問者様へ。 ここは哲学のカテゴリーですよ。 入る部屋をお間違えではありませんか? ちなみに・・・ 勉強しやすい→実力に見合った課題が与えられること        基礎から発展まで順序良く組み立てられたカリキュラム 心配を取り除く→正確な解答と丁寧で詳細な解説が用意されていること         分からないことは何でも質問できること         いつでも前の段階に戻って復習できること   やる気を持たせること→具体的で達成可能な目標の設定            達成後に褒美や賞賛が与えられること この他にも快適な環境を作るための条件は幾つかあると思いますが、 後はその生徒の状況次第です。teachingもオーダーメイドが良いと 思います。大人数で教える場合も、きめ細やかな対応が不可欠です。

fisher54
質問者

お礼

どうもありがとうございます。 哲学の部屋...間違ってしまいました。 気付かずにそのまま質問してしまったようです。 回答ありがとうございます。 結構詳しく説明して下さったんでわかりやすいです。 それに自分では思いつかなかったアイデアもあるので とても助かります。

その他の回答 (2)

noname#63054
noname#63054
回答No.3

ベンサムは「最大多数の最大幸福」でしたね ほら、教師に説教たれるような慣れないことはしないほうがいい>自分(笑)

noname#63054
noname#63054
回答No.2

>もっとも効果的なteachingとは、 哲学的に答えてみます。 教えるとは、知識情報の付与である以前に、知識・情報の必要性・その価値 知識を得る目的を知ることでモチベーション(学習意欲)を高める過程が 必要です。 なぜなら学習は本来、自発的な枯渇感や知的探究心という本来備わった 能力です。教育は「碎啄同時」のタイミングで呼び覚ます行為。 とにかく明治以降教育はそういう人間の根源から湧きいでる思いを無視して 国家政策の道具につかわれたりもしました。 とはいえ絶対多数の幸福(ベンサム)的にみれば、国家施策の富国強兵や 工業化社会の科学偏重教育も間違いではなかったわけです。 効果的という言い方は、教育にはふさわしくないです。布教ならば、なるべく 多くの人を集めて胸を打つ話をすればそれで済みます。 しかし教育が布教とことなるのは、集団を相手に行なうのでなくそれぞれの 相手の心理や心情やレベルにあわせて個々に糸口を見つけ出すような 行為であるべきです。 >生徒にとって快適な環境(勉強しやすい、心配を取り除く、やる気を持たせることができる) これは、すべて別のことです。 勉強しやすい・・・というのと、人の話を落ち着いて聞くというのは別問題だし ペーパーテストに集中したりエクササイズを解くのにおちついた環境が 勉強しやすい・・・というのではないでしょう。最もふさわしいのは都の図書館と スタバという話にもなります。 心配を取り除くのは、人的要素が大きい。環境というより対人要素。集団の 風土カルチャーの問題でもあります。教師が集団の空気に毒をもったりしている 教室が現実に少なくないです。子供の心理はごくせんをみても判るけどリーダーの マインドで大きく変わるのです。教室のリーダーが教師であるという前提ははたして 正しいか。教師が望ましいリーダーシップを果たしているか。 これは企業のマネジメント以上に難しいテーマです。 >どうしたら快適な環境を作ることができるのでしょうか? 教育にかける情熱。強い意志。子供への愛。忍耐力。そしてなにより大切なの 多様な感性をもった存在をうけとめる心の広さ、やさしさ。ゆるぎない信念。 勇気。・・・・そういうものをひとつずつ身に着けたいと考えている人が 教育というすばらしい職業を選ぶのだと思います。頑張って!!

関連するQ&A