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江戸時代に立てこもり事件があったら
愛知の人質立てこもり事件で思ったのですが、江戸時代にああいう 事件があったらどう処理されたのでしょうか? 人質や捜査員(同心?)の人命に配慮されず強攻策あるのみだったのでしょうか?
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江戸時代に存在する飛び道具は火縄銃と弓矢ですが、いずれも * 火縄銃は連発できないので一発撃ったら終わり。 * 弓矢は、よほど訓練を積んだ者でないと人を殺傷できない。 ので、家篭りをした者の武器は刀・槍に限られます。さらに、刀や槍は修業を積んだ者とそうでないものとでは威力が全く違います。 藤沢周平の原作を山田監督が映像化した「たそがれ清兵衛」と「隠し剣鬼の爪」は、いずれも「家篭り」を扱っています。家篭りした者は腕が立つ武士という設定です。 こうした場合、うかつに踏み込めば返り討ちに遭う可能性が高いので、武士の家篭りの対処法は、都会の長屋でなければ、 1. 家を包囲し、降伏を勧告(降伏すれば切腹で許してやる)した上で、なおも応じなければ家に火を放つ。 2. たまらずに出てきた所を捕縛、斬殺、もしくは火縄銃で射殺。 であったようです。上記の藤沢時代劇では、腕の立つ討手が家の中に踏み込み、家篭りしている者と斬り合う設定ですが。 なお、「降伏すれば切腹を許す」というのは「武士の身分のまま自決するのを許す」ということですから、非常に寛大な処置と言えます。 「百姓町人やヤクザ者が刀を持って家篭りした」という話はあまり聞いたことはないですが、「煙を使ってのいぶり出し」という手が使われたようです。昔の家は隙間が多いですから、煙を流し込むのは訳ありません。煙に巻かれて出てくれば、捕縛されるより他に道はありません。
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立てこもり事件 1. 柳生宗章の場合(柳生宗厳4男) 正確には柳生宗章が立て篭もったのではなく、恩義がある横田村詮が主君の中村一忠に謀反を疑われて殺され、残った横田一族に義理立てして一緒に立て篭もった。 剣客ですから、18人を切り殺す奮戦の後刀が折れ、切り倒された。 2. 吉原遊郭立てこもり事件 正保元年、5人の浪人が揚屋に立てこもった事件。 有名な事件で、時代小説にも脚色されてでてきますけど、残念ながら結末は知りません。
- tanuki4u
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服部半蔵に関しては http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9C%8D%E9%83%A8%E5%8D%8A%E8%94%B5 にかるく出ています。 江戸幕府(というか武家政権)は基本形が、自己責任。自己責任の裏返しとして、組織内の犯罪が世間に知られると「お家の恥」となりますので、隠そうとします。しかもケンカ両成敗なので、服部家と伊賀同心の事件でも、伊賀同心は、かなりの覚悟(訴訟失敗で切腹)をして行動しております。 今回の事件を江戸時代で、、、という仮定するときに重要なのが、犯行実施者の身分と前婦の身分(身分というのには、その親戚筋とかも含みます、個人と国家が対面するのではなく、細かな所属で変わってくるのが封建制身分制度です)。 その仮説がないと、話は脱線します。 今回の例で考えると、警察官を一人銃で撃った段階で、前婦も含めて、いきなり皆殺しでしょうな。警察官=幕府権力の末端で、人質と犯行実施者=一般人と考えると。
- fujic-1990
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実際に立て籠もりはありましたよねぇ。 2代目の服部半蔵が、凶暴な上に無能、無知で、恥さらしで、部下を家臣と勘違いして部下の嫁とベッドインしたりのパワハラ・セクハラ三昧。部下の伊賀者たちが怒って将軍家絡みのお寺に立て籠もるという事件がおきたのではなかったかな。 あれは史実だったと思うのですが、手元に本が見つからない・・・ 。私の記憶違いだったりすると半蔵以上の無知をさらけだすので、どう処理されたかは黙秘しますが、なんたって、お寺ですからねぇ立て籠もり先が。 どなたか詳しい方、よろしく~ 。
- cse_ri2
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とりあえず、No.2の方は時代劇の見すぎ。(苦笑) 現代と比較しても、江戸時代は殺人や強盗などの犯罪はそれほど多くありません。 (ただし、火付け(放火犯)は今より多かったようですが) 理由は、今より地域の共同体意識がしっかりとしていたから。 地方の村落は名主や庄屋を中心としてしっかりと固まっており、犯罪者予備軍の余所者の侵入は非常に難しかった。 また都会でも、今のように殺伐とはしておらず、町人の住む町でも自治的組織がきちんとありました。 現在の日本も、外国人の流入が少なく、地域社会がしっかりしていた戦後の昭和の時代は、犯罪発生率は比較的低く、また警察の検挙率も比較的高かったです。 そのような事情もあって、江戸時代の治安組織は時代が進むにつれどんどん弱体化します。 そもそも、治安にあたる与力や同心が世襲制で競争がまったくないのですから、警察力は弱くなって当たり前です。 そんな太平の世の中にあって、ときおり飢饉などで社会不安が広がり凶悪犯罪が増えると、既存の組織だけでは対処が難しくなりました。 そのため、幕府は荒事専門の治安組織を立ち上げます。 それが、時代劇にも出てきますが、「火附盗賊改」であったり、藩や天領の垣根を越えて犯罪者を追跡する「関八州見廻り」であったりするわけです。 私もまだ勉強が不十分ですが、火附盗賊改や関八州見廻りが行った捕り物は、かなり荒っぽかったみたいですよ。
- bossnass
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江戸時代は、江戸も地方も田舎も今と比較できないほど、 治安が悪かったです。 強盗・誘拐・拉致・おいはぎ・窃盗・万引きや 残忍な通り魔・連続強姦・無理心中もいっぱいありました。 罪人の公開処刑や生首のさらしなどの行われていたのですから。 ただし、それ以上に飢饉による大量餓死、流行病、乳幼児の死亡率、 洪水や津波や地震や火事による死傷も現在よりも遥かに多かった。 そんな時代に「人権・人命」なんて思考はないですから 強攻策あるのみでしょう。 ただし、現在よりもシビアな階級社会ですから。 人質が高貴な方、大商人の親族だったら強行策も慎重になった でしょうね。 今回みたいな近所に迷惑かけているようなチンピラと 普段着に迷彩服着ているようなその情婦だったら、実際あったように 町の人達で話あって、家に火をつけ二人とも焼き殺したかも。 なんて言う発言は不謹慎ですね。すいません。
- ceelee-boy
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当時はちゃんと自治がありましたから、相談は大家さんでしょう。で、 「痴話げんかだろ、ほっときな」でお終いでしょう。 子供が100番して、警察官に何とかして欲しいって出動を要請したのが、今回の発端ですが、目安箱に投げ文なんてしないでしょうし、呼ぶとしたら大家さんでしょうが、家庭内のことを他人に解決してもらおうなんて発想はないです。 そのまた発端の再婚話のもつれですが、いったん離縁した相手と再婚なんて考えませんし、乱暴な夫というのであれば、我慢して生活しているか、我慢できずに里に帰るかですから、再婚話のもつれなんてありえません。 また、子供が親に意見したというのも、犯人が怒った理由ですが、江戸時代ならこどもは二人とも勘当されています。親元を離れ、奉公でもしているでしょうから、けんかになりません。 そもそも、組から破門になったやくざ者は、長屋に住めないですから、早々に長屋を追い出され野垂れ死にしています。もしくは、畑を荒らすということで、村人に捕まって撲殺とか、ぼこぼこにされて放り出されて夜になって熊か狼に食い殺されているとか。 こんなことが起きる下地は二重三重にありえないってことです。 そういったことを全て無視して、同じ事件が起きて犯人が「近づいたらこの女を殺すぞー」って言ったって、その女の親類縁者以外は「世界では3秒に1人の割合で餓死者が出ています。募金してください」って言われた時の対応と同じで、「あっそう、ちょっと忙しいから」とか「うるせいな、静かにしろ」でしょう。 親類縁者が呼んでこられてとしても「騒がしくしてすいませんねぇ」って近所に謝って、遠巻きにして犯人が寝るのを待つという、結果的に愛知県警とよく似た対応をしたことでしょう。 昔と比べ今は如何に腐っているかってことですね。