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文法と訳読を中心とした英語学習の問題点
中学校の英語の教科書も昔と比べると随分変わっていますね。会話を主体とした文章が大幅に増えています。しかし、文法と和訳を中心とした方法は相変わらず変わっておらず、このスタンスは大学までずうっと一貫していますよね。私が高校の時は、次のレッスンの新出単語を辞書で調べるのが宿題に出されたものです。 そこで質問ですが、文法と訳読を中心とした英語学習のメリットは何でしょうか?また、どのような問題点がありますか?
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メリットとしては、難しい文献も短期間の学習で一応読めるようになることです。しかし、このメリットを享受できるのは英語よりもむしろ大学の第二外国語のフランス語やドイツ語で実感できると思います。ただ、現行の学校の教え方は中学生が初めての外国語である英語を覚えるのには、理屈っぽ過ぎるし、逆に効率が悪いような気がします。 文法はある程度は大切ですが、学校で教えるのは無駄な部分もあるような気がします。例えば不定詞の用法の分類とか、動詞と助動詞の区別などです。これらは言語学者の間でも意見が分かれており、参考書によっても記述が異なったりします。また、5文型というのも 中にはSVOかSVCか識別しにくいものあり、これを無理に区別するのもあまり意味がないような気がします。 文法と訳読中心の欠点は genmai59さんが挙げられた他に、英語を介して他の外国語を学習する場合です。例えば、英語を介してスペイン語を学ぶ場合、スペイン語の文章を一旦英訳してから更に和訳することになるので、非常に遠回りになり、意味のズレも拡大して甚だ効率が悪くなることです。勿論 これには英会話だけの練習でも歯が立ちませんけどね。まあ、普通は日本語で書かれたスペイン語の本で勉強しますけどね。でも、マイナーな言語などは 日本語で書かれた学習書が存在しないか、あっても使い物にならない場合は どうしても英語を介して学習せざるを得なくなります。 あと、高校の英語になると扱う題材も抽象的なものが多くなりますが、 身近で易しく具体的な内容のもの訳さないで感覚的に意味を捉えるトレーニングが重要です。 しかし、何と言っても公立の中学校では英語の時間が足りません。英語の授業が週3コマということは実質的には2コマしかないのですから。 英語は毎日欠かさず学習してこそ身に付くものです。
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- go_urn
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こんにちは。 文法+訳読についてみなさんのお考えが聞けて参考になりました。これはどこかイデオロギー的な論争を引き起こしがちなものですが、脱イデオロギー時代ですから、ある人たちにとっては文法+訳読が有用だし、ある人たちにとっては弊害がある、というふうに、棲み分けによって、お互いの立場を尊重するようになってほしいものだと願っています。 ある中国人の方達は、一言半句の日本語も知らずに成田に降り立ち、2~3年のうちに(コミュニケーション上の)日本語をかなりものにしてしまいます。そういう人たちには、 文法+訳読なんて必要ないでしょう。 しかし一方、別に英米人とコミュニケーション取るのも面倒くさいし、どうしても必要に迫られたらカタコトでしのげればいい、それよりは、新聞や、関心領域の本の英語が読めたほうが役に立つと感じている人たちもいます。そういう方たちにとっては、文法+訳読は、まあオーソドックスな方法だと思います。この英語はどういう意味なの?と、日本人同士で相談しあうときも、文法+訳読方式は普遍的な力を持っていますよね。 ただ、しばしば指摘されるように、学校文法が、枝葉末節にこだわったり、現実の英語の変化についていっていなかったり、という短所は広く認められるようになってきていると思います。 最終的には、英語を使って何らかの益があればこそ、各自営々と努力しているわけで、文法+訳読方式派は、それなりの根拠を持っているわけですから、それはそれでいいのですが、全員に押しつける部分が日本社会に根深く残っていて、それが反撥を呼ぶんだと考えています。
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回答ありがとうございます。
- moguyan
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いわゆる文法訳読法という教授法はかなり昔からあり、現在の中高大の英語授業のかなり多くの部分を占めていると思います。以前大学の先生から聞いた文法訳読法の長所と短所をまとめておきます。 <長所> 1.言語を体系的に学ぶことができる 外国語を学ぶのに文法を無視してしまうと能率が悪くなります。赤ちゃんが言葉を学ぶのとは違いますから、最小の努力で最大の効果をあげるためには文法を体系的に学ぶ必要があります。 2.教師は必ずしもその言語に堪能でなくてよい 英語が堪能な人しか英語教師になれないのであればとても数が足りません。 3.一度に多人数を教えることができる 会話学校で40人のクラスのところがあるでしょうか。この教授法ならマイクさえあれば100人でも200人でも教えることができます。 4.論理的分析力を養うことができる これは数学を勉強するのと同じ目的です。文法自体がひとつの論理ですし、特に大学入試などは文章の論理構成を分析できる力がないと読めない長文問題が多いです。 5.日本語の力を鍛えることができる 「外国語を知らない者は母国語をも知らない」とはだれが言った言葉か忘れましたが、けだし至言です。 <短所> 1.いわゆる実用性にかける 会話というものをほとんど教えませんので、例えば中高大と10年も英語を勉強していて、簡単なあいさつもできない、などと非難されることがあります。 2.音声が無視されがちである 言語の成り立ちから考えて、まず音声がありそれから文字のはずですが、文字情報がほとんど中心になってしまいます。しかしこの点は近年だいぶ改善されてきました。 3.学習が退屈で単調になりやすい 早い話が文法訳読法というのは漢文を読むのに似ていますので、座学の特徴である退屈で単調という傾向があります。
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回答ありがとうございます。 揚げ足を取るつもりはないんですが、敢えてmoguyanさんが挙げられた長所に反論させていただきます。お気を悪くされないようにお願いします。 >言語を体系的に学ぶことができる myrtille55さんも仰っているように、このメリットを享受できるのは 大学の2外のフランス語やドイツ語ですよね。日本語の文法さえおぼつかない状態で外国語である英語の文法を機関銃のように浴びても辟易するだけですよね。 >教師は必ずしもその言語に堪能でなくてよい 本来はそういう教師に英語を教える資格はないのでは?現状では仕方ないにしても、改善すべきでしょうね。 >一度に多人数を教えることができる 本来は英語は少人数で教えないと高い効果が望めないんですよね。一度に多人数というなら、テレビで授業することも可能ですよね。 >論理的分析力を養うことができる 数学と同次元で考えることに無理があるようです。 >日本語の力を鍛えることができる 現状の教え方では不十分でしょう。確かに外国語を理解する為の日本語力を鍛えることで、他の外国語を学ぶにも大きな足掛かりになりますが、学校の英語の和訳の日本語は美しい日本語を壊しているような印象を受けます。
- genmai59
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文法は、外国人として英語を理解するためには必要なものです。訳読…というよりも精読は、やはり英語の構造を理解するためには必要なもので、一定量はやらないと、会話も多読もまともにできるようにはならないでしょう。文法も精読もやらずに英会話練習だけをしても、単語単位の文章や決まり切った言い回しを使ったワンパターンの日常会話ができるようになるだけで、複雑な内容を議論したりできるようにはならないと思います。 ただし、文法と訳読だけの英語学習は、実際に使うトレーニング量が足りないために、実際に会話などで使いこなせるようにはなりません。読解も、時間をかけておぼろげに意味がわかるようになるだけで、本当の意味で「読める」ようになるにはならないと思います。 文法と訳読中心の学習の最大の欠点は、常に日本語におきかえて理解しようとするために、本当の意味を理解できないことです。ある英単語の意味を日本語で覚えても、もとの英単語の意味と置き換えた日本語の意味が完全に一致することはありません。例えば日本では緑色の信号をなぜ青信号というのだという話がありますが、日本語の「あお」は、もともと青みがかった緑を含みます。最近ではやや感覚が変わってきていますが、「葉が青々と茂った」という表現は、誰も疑問に思わずに使っていますよね。ところが英語では青は青で、「葉がblueできれいだ」と言えば、おかしいのじゃないかと思わるでしょう。 文法と訳読のもうひとつの欠点は、理解するスピードが極端に遅いので、会話はまったく成り立たないし、実用的な速度で読めないことです。それから、音に対する学習量が少ないために、いわゆるカタカナ英語しか身に付かず、聞き取れない、話しても通じないという問題も発生します。 ただ、実用的な英語力を身につけるためには、現在の英語の授業だけではとても足りないと思います。毎日何時間かの宿題をこなすようにしなければ、どんなに授業内容を改善しても、学校卒業時に英語を使えるようにはならないでしょう。でも、授業の中でトレーニング方法を教えて、そういうトレーニングが必要なんだと指導すれば、もう少し改善されるとは思うのですが。教師全体に、そういうトレーニングが必要だという認識があまり普及していないのと、こなさなければいけない内容が多すぎて、手がつけられないのじゃないでしょうか。
お礼
回答ありがとうございます。 >例えば日本では緑色の信号をなぜ青信号というのだという話がありますが、 信号の青も最初は「緑」だったんですが、みんなが「青」と言うようになり「青」が正式になったそうです。そして、色も徐々にgreenからblueに近い色に変わっているそうです。 ですから、英語は日本語と結び付けるより視覚的にイメージするのが重要でよね。blueは海や空の色で、greenは葉の色というように。
- umetoshiso
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大学生の女です。 中学・高校のときは私も文法ばかりつめこみの勉強に嫌気がさし、「国語はいちいち文法など考えなくてもできるのだから、英語もフィーリングでできるはず!」ということでまじめにやっていませんでしたが、やっぱり無理でした。 大学に入り、これでは不味いと思って文法を一から勉強したところ、驚くほど文が正確に読めるようになりました。 よく考えてみれば中学や高校でやる英語の時間なんて合計したら大したことはなく、私が日本語を話している時間の何十分、下手をすれば何百分の一なんですよね。フィーリングは経験がものを言うので、中学や高校でやっただけでは凡人にはそんなもの身につくはずもなかったんです。だから結局は幼児と違って記憶力は無くても、知能があるなら文法を先にやった方が早いんだと思います。 ただしこれは「文を読む」ことには強いですが、やっぱり「話す」ことには向かないですね。私も論文は読めても、外国人さんと話すとしどろもどろです。現在必死で勉強中です(笑) 話すのはとっさに単語と文を組み立てなければならないので、かなりの反復が必要になります。でもこれは中学や高校の英語の授業でやるには時間数が足りないので、何も身につかない英会話より、多少読み書きが出来たほうがましだと考えると、現在の文法・訳読中心の授業形態は仕方ないとのだ思います。
お礼
回答ありがとうございます。
お礼
回答ありがとうございます。 >このメリットを享受できるのは英語よりもむしろ大学の第二外国語のフランス語やドイツ語で実感できると思います。 中学生というのが微妙ですね。小さな子供に教えるような方法では小さな子供に劣るし、かといって、理屈ずくめの教え方では多くの落伍者を出す割には得意な生徒でさえ十分にコミュニケーションが取れないんですから。