• ベストアンサー
※ ChatGPTを利用し、要約された質問です(原文:文法、訳読、作文は英語学習の3本柱?)

英語学習の3本柱は文法、訳読、作文?

このQ&Aのポイント
  • 英語学習において、文法、訳読、作文は重要な要素となっています。
  • しかし、これは一部の秀才タイプに限定された方法であり、一般的には不向きです。
  • 他の効果的な学習方法や技術も取り入れることが重要です。

質問者が選んだベストアンサー

  • ベストアンサー
  • Wendy02
  • ベストアンサー率57% (3570/6232)
回答No.4

ご質問の大津由紀夫と同一人物かは分かりませんが、もし、朝日新聞に書いた人物で該当する人といえば、慶応大学の大津由紀雄氏だと思います。 私は、大津由紀雄氏を賛成も反対もしません。それは、こちらが調べた範囲だけでは、大津由紀雄氏の言説や個人の批判に結びつけるまでには至らないだけです。 調べてみると大津由紀雄氏は、チョムスキー派の言語学者のようです。似非学者という根拠は何を意味するのかは、分かりません。また、この大津氏の話は、教育行政の話であって、彼自身が、現場の教師の話を多く聞いた上でも考えだと言っておりますが、私は、教師でもありませんし、教育現場も、その実態も詳しくないので、そのようなことに軽々に賛成反対すべきだとは思っていません。 もちろん、私は、「英語学習では 文法、訳読、作文の3本柱こそ重要」ということも、「語学は、コミュニケーションだけ練習すれば出来るようになる」ということも、賛成はしません。これには、教育現場がどういう認識であるか、ということになるのではないかと思います。 教育行政側の英語の新指導要領の「コミュニケーション重視」のアンチテーゼとして大津氏は、「英文法・英文解釈・作文の3点セットを基盤に据えた英語教育でなくてはならない」とは書いていますが、「英文法と言っても細かいことまで深追いするのではなく、その基本的なところ(具体的にというなら、以前、中学校でやっていた程度のこと)をしっかりと身につけておけばよい」とも書いています。 現在手に入るものを見る限りは、極論には至らないように思われます。それに、大津氏の著書を読んでみないとなんとも言えません。 氏の「 英語学習では 文法、訳読、作文」の対極の考えが、「コミュニケーション重視」だと思います。コミュニケーションの中で英語を覚えるというものだと思います。そして、その推進派であり実際に学習指導要領を作成した松本茂氏側の意見も調べてみないと、正しい判断は出来ません。つまり、松本氏のアンチテーゼとして出てきたものだとも言えるわけです。 大津氏のいうように、新しい学習指導要領の「コミュニケーション重視の英語教育」といいながら、授業そのものは、文法もやらず、英文解釈で文章の仕組みも詳しくやらず、口語のコミュニケーションを重視していく方向にあるとするなら、集団教育としては、あまり効率が良くないのではないかと思われます。実際に、仮に、コミュニケーション重視したところで、現実の授業の中で実現可能なのかは分かりません。 彼はこう述べています。 「なぜ新しい学習指導要領に反映された「コミュニケーション重視の英語教育」に反対するのか? -中略- 「訳読と文法」を悪者に仕立てることによって、それらを学校英語から追放してしまったからです。まず、学校英語から英文法の体系的指導を削り落としました。そして、今度は基本的に英語は英語で教えると方針によって、英文解釈が入り込む余地を極端に小さくしました。」 これが事実なのかは分かりません。しかし、私などの外部で聞く者として、大学受験を前にして、「文法・訳読」が主であることは間違いないし、そうした学習を提供しているのが学校なのか塾なのかは知りません。ここらは、現実の問題を抱えているものしか分かりません。 ただ、こうした論拠の納まる所は、おそらくはバランス感覚の必要性だと思います。それは大津氏も述べています。大津氏は「英語学習に英文法は不要である」という考えには、問題があるとしています。大津氏の論拠も松本氏の論拠も、もう少し慎重に調べざるを得ないです。両者とも、英語教育者としては、現場の管理教育には縛られているわけではない、フリーな立場であるように思います。 次に、「小学校英語教育」について少し触れておくと、いわゆる「言語学習の臨界期」が存在するという学説に基づいたものだというそうです。「外国語学習は開始年齢が早ければ早いほどよい」という話ですが、これは、どうやら間違いであるということが、最近の研究ではっきりしてきたことで、安易に早期の英語教育には問題があると言っているのではないでしょうか。 ここで言えるのは、体制側で理想論を推し進めても、現実には、現場は伴わないことが多いのですが、それに加えて、大津氏の指摘の「英語学習には理想的な、万人に通用する科学的方法がある」と思うのは間違いだとしていますが、教育行政として、理想論で大号令を掛けてしまうのには、無理があるかもしれないと思います。

love_pet2
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >もし、朝日新聞に書いた人物で該当する人といえば、慶応大学の大津由紀雄氏だと思います。  私の変換ミスでした。Wendy02さんもその記事を読んだんですね。しかし、Wendy02さんは意外と中立的ですね。 >「外国語学習は開始年齢が早ければ早いほどよい」という話ですが、これは、どうやら間違いであるということが、最近の研究ではっきりしてきたことで、安易に早期の英語教育には問題があると言っているのではないでしょうか。  いや、早いことに越したことはないと思います。私は小3から英語を始めました。ただ、これにはポイントがあって、先ずは日本語を先取りして覚えることが重要です。なぜなら、日本語こそが英語を覚える上でも基礎体力になるからです。まあ、これで失敗している親御さんが多いんですよね。例えば、 幼稚園の子供に英検を受けさせようとしたら、子供が問題の日本語が読めないために英語の問題が解けなかったという例もあります。 それと、蛇足ですが、私は英語をベースにして他の外国語を学習するといったことをやっています。 これには、相当な英語のスキルが必要です。たぶん、大津氏も松本氏もこの方法で英語以外の外国語を覚えるのは馴染まないでしょう。

その他の回答 (3)

noname#183197
noname#183197
回答No.3

100%違うと思います。 音読、作文、会話 + 文法 でしょう。

love_pet2
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 音読が最初に来ましたか...

回答No.2

こんにちは。 私はその人を知りませんが、私の思ったことを。 現在の学校での英語学習は、「国際的なコミュニケーションの場で困らないようにするため」を目的としているとは到底思えません。 では何を目的としているかと言うと、「試験で点数をつけて振り分けるため」です。 こちらにもたびたび登場する「文法」に関する質問は、多くの場合その理解が前述の「国際的なコミュニケーション」に役立つとは思えません。(ここでのコミュニケーションは、対人・対出版物・対映像などのネイティブを理解することを言います) また、訳読ですが、無駄とは思いませんが、柱になるほどとは思いません。 作文も同様。 「訳読・作文」は、言語を理解することプラス文章作成能力が必要ですからね。 私は学生のときは英語がそれほど得意ではありませんでした。楽しいとも思えなかった。 英語の試験勉強が好きでなかったし。 ただ英語が話せるようにはなりたかったので、その後自分でやりたいように勉強して、現在では海外赴任も問題なく、ネイティブとも楽しくコミュニケーションをとれるようになりました。 私がもし、子供か、実際にしゃべれるようになりたい人に教えるとしたら、実際的な英語の習得には、「基本的な文体の習得(文全体で覚えるということ)・リスニング・単語の強化」から始めます。 (単語は知らないと話になりません) ですから、何を目的とするかだと思います。 現在の日本の教育制度では、英語が「試験(=大学受験)」で点数を上げるためのひとつである以上、今のような教え方(旧態依然で実際的ではない)はなくならないだろうと思います。残念ですが。

love_pet2
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >では何を目的としているかと言うと、「試験で点数をつけて振り分けるため」です。 確かに英語は 生徒の総合的な学力を計る上で格好の物差しになりますからね。 国語は各生徒の学力がやや平均化する傾向が強く、問題作成者の主観によって大きく順位が上下します。 社会科は基本的に暗記教科です。 数学は出来る人はあまり勉強しなくても高得点が取れるし、そして生徒の抽象的な論理力しか計れません。

  • cowstep
  • ベストアンサー率36% (756/2081)
回答No.1

日本人はヒアリングが苦手なので、ヒアリングを加えて、4本柱とすべきでしょう。訳読というよりは、英文解釈や読解という表現が適切でしょう(日本語に訳す前に、原文の意味を正しく理解することが必要です)。 文法と作文は、基本柱からはずせないでしょう。

love_pet2
質問者

お礼

回答ありがとうございます。 >(日本語に訳す前に、原文の意味を正しく理解することが必要です)。 これは意外に難しいと思います。ほとんどの人は日本語に訳して原文を理解すると思いますので。 >文法と作文は、基本柱からはずせないでしょう。 文法は5文型とか必要あるでしょうか? それと、作文も和文英訳と 最初から英語で書く方法があります。