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釈迦が菩提樹の下で瞑想したときのこと
釈迦が菩提樹の下で瞑想したとき、いろんな誘惑があったそうですが、その中で、家族が言い寄ってきて(うろ覚えですが、お金がないとか病気で苦しいとか)、それも拒絶して瞑想を続けたそうですが、それってアリなんですか? それは、弱いものを無視した感があって・・・正当性があるのかなぁと疑問に思いまして。 どう捉えれば、プラスにかんがえられるか教えてください。
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この場合は情に絆されないというこではないのでしょうか そもそも弱者を助けられるという考えが烏滸がましいと思います。 お金がないと言われてできることは、 お金をあげることか仕事を探してやることぐらいです。 病気で苦しんでいる人にできることは、 看病することか医者に診せることぐらいです。 大抵のことは手助けはあるものの自力でなんとかなるものです。 つまり自分なら何とか出来るという慢心(という名の誘惑)を拒絶したと考えるのはどうでしょう
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- cse_ri2
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まあ、私も仏典をきちんと読破したわけではないので間違っているかもしれませんが、 >その中で、家族が言い寄ってきて(うろ覚えですが、お金がないとか病気で苦しいとか) というのは、聞いたことがないですね。 私が読んだ話では、実家に置いてきた妻が瞑想中に目の前に現れて、釈迦を誘惑したと言う内容でした。 もちろん、それが偽者だと見破った釈迦は、即座にそれを拒絶します。 なお、別のところで読んだ内容ですが、釈迦が悟りを開いたあと、やむをえない事情とはいえ、自分が悟りを開くために家族を捨てて苦しめてきたことを、泣いて泣いて心の底から反省してから、出発したそうです。 リソースは家に帰れば見つかるかと思いますが、とりあえずご参考まで。
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家族に化けて誘惑している偽者と見抜いていたからでは