• 締切済み

どうして私がしなきゃならないの!

例えば職場や、日常の中で頼まれ事をしたとき不快な感じが沸き起こります。 上司から言われればしようがないと、思うのですが、態度や表情に一瞬出てしまうようで、相手に伝わります。 たいていのことは、「心が狭い」と思われたくないし、何とかやって いますが、いちばん苦しいのは自分です。 幼い時に母親が「何もさせなかった」という記憶があります。 お手伝いしたい!と思ってても、「いい。お母さんがするから」と いわば、お嬢様状態だったのが影響しているのかもとも思います。 姉妹が嫁に行って、嫁ぎ先から言われるそうです。 「お客さんみたいだね」って。 やはり、私と同じで「どうして私がしなきゃいけないの?」と思うと、 言ってました。 快く、引き受けて率先してできる、快適な気持ちで過ごしたいのですが、 こういう、考えはどういう成長過程で得たものなのでしょうか? 発達心理学や、客観的にお答えいただける方がいらしたらお願いします。

みんなの回答

  • chikabon
  • ベストアンサー率39% (237/602)
回答No.9

お母様のせいにし過ぎではないでしょうか? 私も妹も小さい時から全くといっていい程お手伝いを した記憶がありません。全部母任せでのぬるい環境で 育ってきました。正直家事は苦手だったりして(>_<) ですが、嫁ぎ先ではもちろんお手伝いもするし 友人や親戚の家に遊びに行って色々ごちそうになったら できる範囲でお手伝いも普通にします。 母に教わった訳ではありません。「嫁ぎ先ではしっかり お手伝いするのよ」とも言われませんでした。 全て社会を経験し、自然に自分で覚えた気遣いです。 妹も普通にできているようです。 と、経験者の私がいうのですから、後は自分の気持ち次第 だと思います。 お母様の育て方のせいにしたり、“苦しいのは自分”と おっしゃっている事で、自分を中心に考えてしまっている ように感じます。 もう少し「他人の気持ちになって考える」といった事を 意識して生活していけば、相手にされたら嫌な事はしない ようになるでしょうし、自分がしてもらって嬉しかった事を 誰かにすると感謝され、お互い笑顔になります。 それから何をするにしても「してやった」と思っていると 私はこれだけしたのに相手は・・・という後々マイナスな 気持ちに繋がって腹立たしい思いをするかもしれませんね。 「してやった」ではなく単に「した」という心構えで。 「どうして・・・?」という思い癖はまず封印することです。 頭によぎったら『いかんいかん!!』と打ち消し「相手の気持ち」 に置き換えてみましょう。 気がついた今が自分を変えるチャンスです。 他人を気遣える人の周りにはいつも笑顔があります。 自分の意識次第でいくらでも変わりますので頑張って下さい!

noname#18808
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 皆さんのご回答を見ていて、親のせいにしすぎ、甘えすぎ、要は自分次第 という共通項が見えました。 愚問だったようです。

  • Ganymede
  • ベストアンサー率44% (377/839)
回答No.8

失礼ですが、ご質問者はお幾つでしょうか? いい歳をして、「幼い時に母親が」、だから私(たち)はこうなった、なんておっしゃっている場合ですか?……と説教する人も出てきそうですね。 しかし、子供時代の育ち方は一生影響を及ぼすし、ご質問者も一つの仮説として質問なさっているわけです。それに対する私の答は、「半分当たりだと思います。しかし残りの半分はお忘れですか?」。その「残りの半分」について書いてみます。 「お母さんのようにはなりたくない」 お母様が何でもしてくれて育った子供なら、大人になって「今度は私の番」と思うはずですね(他のご回答者も、そうお書きになっています)。それが、御姉妹揃って「お客さん」状態とは。短い質問文から勝手に決め付けはできませんが、無意識の裡に、次のようなお気持ちがあるのではないでしょうか? 「お母さんのようにはなりたくない。皺寄せが行くような、割を食うような、尻拭いをさせられるような、人の世話をしょい込んで歳を取っていくような、人生を送りたくない」 しかし、恩のあるお母様にそんなヒドイことは言えませんね。そのため、その感情は意識下に抑圧されます。抑圧されても消えてなくなるわけではなく、複合観念と化します。そして、「頼まれ事をしたとき」に、「不快な感じ」や「態度や表情」として表出するのです。無意識のメカニズムだからこそ、ご質問者を苦しめるわけです(「いちばん苦しいのは自分です」)。 「どうして私がしなきゃならないの!」は、偽の理由付けですね。そのようにふてぶてしい言い草に、「!」まで付けて前面に押し出すのは、なぜでしょうか? 「お母さんのようにはなりたくない」という感情が、意識にのぼるのを抑圧するためでしょう。 付け加えると、実際的には、職場、日常(家庭以外)、主婦で、それぞれ事情が異なると思います。 職場では、もちろん「率先して仕事を引き受ける」という心がけも大切ですが、「仕事を断る」要領の良さも必要かも。管理職がするべき仕事を部下にさせる上司とか、人を使うのがやたらと上手い奴とか、いますからね。確かに給料は貰っていますが、職場によっては分掌が必ずしも明確ではないようです。 日常の友人・知人の付き合いなどでは、ケースバイケースでしょう。 主婦は、専業なら「私がしなきゃ」となりますが、兼業なら他の家族も家事を分担すべきですよね。まあ、よそのお家のことに口を出すもんじゃありませんが。ただし、親戚が集まる席などでお嫁さんが「お客さん」状態だと、後で悪口を言われるようです……。

noname#18808
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。母のようになりたくないと思っていません。 そんな考えより、「どうすればいいんだろう」だけです。世間から、 「いい歳して、姉妹共々、ふてぶてしい」と回答者様が仰っていることを 思われているとわかっているから質問したのですが。。。 自分で考えろ!ですかね。やはり。

回答No.7

うう~ん「なんで私が」と思ってしまうことの背景は御質問者と私とでは違うところもあるんですが御参考までに。 私は、いまの職場でも、いわゆる「何でも屋」扱いされることを余儀なくされていまして、それは年を食ってからの中途入社であり、オマケに障害者なので他の人ができる部分で自分には、どうしてもできない部分があり、それを埋め合わせしなければならない、それでいて他の人にはできない専門技能がある、加えて新人のうちは、いずこの会社でも古株社員がやりたくない面倒な雑用が全部まわってくる。。。 そんなこんなで年のいった虚弱なカラダに鞭打って走り回っています。 正直、次の道を探そうかと思ってもいるのですが上司は「ずっといてほしい」と懇願してきます。 私がシンドイ体に鞭打って上司から、態度のでかいヒラ社員まで、命令されるたびニッコリ笑って(いつもではない)走り回るのは、ひとえに自分が抱えている障害が邪魔になって、逆立ちしてもできないことがあるからです。 そして私自身は入社して日も浅いので、他の社員たちは何だかんだいって私よりも複雑な業務を幾つも抱えている。それが分かっているから、文句ばかり言っても仕方ない!とサッサとやってしまおうと思うのです。 ただ、私が保持している専門技能というのは我が社が、いかに有名な大企業であっても全社員のなかで私だけが保有している技能であり適性であるので、それに関しては非常に頼られているにもかかわらず、障害に付け込んで、こちらの神経を逆なでするような失礼な態度の同僚もおります。 普段は 「まあ、いまのうちだ」 と務めて冷静に対処し、頼ってくる、そんな相手のサポートをしてやっているのですが私だってロボットじゃあるまいし人間ですから感情があります。近々この問題に関しては雷を落としてやるつもりでおります。 実際、健康状態も悪化してますし。 ところで肝心の御質問者の場合ですが、一瞬にせよ反射的に依頼ごとに対して不快感が兆してしまうというのは、お母様の子育て方法だけが原因だとお考えですか? もしかして私のように虚弱体質ゆえ大儀に感じてしまうということはないのでしょうか? あと運動不足でラクをすることに慣れきっているとか。 もともと、活発で活動的な性分ではないとか。 ボーっとした性格で、あまり気がつくほうではないとか。 私も肉体面でマイナス条件を幾つも背負っております上に性分からしてボーっとした気が利かないタイプですので、自分はそういうタイプなんだということを忘れないようにしています。 もし、どれにも当てはまらない、やはり母上の子育て方針が原因としか思えないのであれば、とにかく、それに気づかれただけでも幸いだと思いましょう。 実は母親とか年長の人の立場からすれば幼い子どもや不慣れな者に何かをさせるというのは逆に危なっかしくて手間がかかるし、出来上がりはイマイチだし…で自分でやってしまったほうが早いしラクなのです。 貴方もお勤めなさってたら、お分かりでしょうが新人を一から教育するって時間も手間もかかりますよね。 しかし、それを敢えてやることが「教育」なのであり、手間がかかるし見ちゃおれないから、といって、未熟な者の手から取り上げるようでは教育する側の大いに怠慢なのです。 それは会社組織のなかの上司という立場では彼自身の査定に響くことでもあります。 貴方が心の底で >快く引き受けて率先してできる、快適な気持ちで過ごしたい こう思えるのでしたら、たいへん結構なこと、今は次の段階を目指すべきときに来ています。 自分は、こうしたタイプの人間なのだ、という自覚を持ち続けてください。 それは克服されるべきことなのだ、そう戒め続けてください。 そう持続し続けることによって、やがては何かを依頼されたときに「不当に」感じる自分が、不当なのである、という気づきが身についてまいります。 私などは、たとえば母親らが 「お前は気が利かない、何をやっても遅い、デキもイマイチ。。。」 と、文句の言われ放題でしたが、にもかかわらず幼い頃から病気の母を手助けして母の役に立ちたい一心で家事も手伝ってきまして、晩年は身内一統から頼りにされ自分自身が体を壊しました。 いまはまた会社のなかで私を侮辱した人に非常にあてにされていますが、腹の底では舐められていることも分かっています。 年食ってる中途入社、障害者、専門バカ、こんな私でも上司は 「優秀だ。この年齢で、こんなに可能性のある人珍しい」 と言ってくれました。 貴方も、いまやっていること要求されていることが、たとえ「相手のために」という心情になれなかったとしても(私はなれてないです、同僚らがキライなので)それでも、回りまわって、いずれは自分を鍛え磨く手立てとして与えられているのだというふうに考えるようにしてみられたらいかがでしょうか? 穿った見方をすれば、お母様の子育て法に問題が、というのも貴方の、ひょっとして他罰的な気性が本当の原因ではないと言い切れますか? 社会人ともなれば過去はどうあれ己を鍛えるのは自分の手でやっていかねばなりません。 上司や周囲の人たちからの要求が命令とは感じなくなったとき必ず大きな一歩を遂げていることに気付かれるでしょう。 あ、でも本当に不当な要求には毅然と立ち向かうべきですよ。それはお互いのため、ひいては社会全体のためです。

noname#18808
質問者

お礼

ご回答ありがとうございました。 >他罰的な気性が本当の原因ではないと言い切れますか? これもひとつの大きな要因だと思いますので考えてみます。

回答No.6

あまり人に気を使わないで過ごしているとそういう風になりやすいと思います。相手がどんな気持ちだろうとか、心地よくしてあげようという気持ちがあると自然と腰は軽くなります。会社の後輩で相談者のような人がいますがやっぱりあまり好かれていません。ただ、大人になると誰も注意してくれないので本人は不幸だと思います。 そういう人が側に居ると反面教師で治ってくると思いますよ。 ちょっとした仕事を嫌がっていると返って損するということが解らないまま大人になってしまったからではないでしょうか。いい話はそういう人のところに舞い込んで来ませんよ。 ちなみに私の同期で人からの頼まれごとなどさっさと片付ける女の人がいましたが、彼女の場合うだうだいっている間にしてしまった方が早いという考え方らしいです。 物腰はとても穏やかなのですが性格が活動的でいろんなことに長けています。趣味も多いし仕事も出来るので忙しくしており、その分頼まれ事も多いですが軽くこなしています。結局仕事は出来る人のところに偏っていて彼女は涼しくこなしていますし、周りから気に入られていい縁談に恵まれ玉の輿に乗りましたよ。 その人の処理能力といったキャパの問題もあると思います。

noname#18808
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >あまり人に気を使わないで過ごしているとそういう風になりやすいと思います。 物凄く、気を遣うタチです。 >いい話はそういう人のところに舞い込んで来ませんよ。 これは本当にそう思います。だからこそ、自動的に率先して快適に動ければと思っているんです。 同期の女性のお話は、参考になりました。

  • pocchos
  • ベストアンサー率23% (34/146)
回答No.5

専門的なことは他の方の回答をお待ちいただくことにして・・・ 子供は頼まれたにしても自分からのお手伝いでも結果、大抵は親や周りの大人にほめられ役に立つ喜びを覚えると思うのですが、大人になるまでにそういった経験が少ないと質問者さまのような感情をいだかれるかたがいるのかもしれませんね。 >>快く、引き受けて率先してできる、快適な気持ちで過ごしたいのですが・・・こころがければそうなれると思いますよ。 質問者さまが頼まれたことをすることで感謝するひとが必ずいるはずです。その人のためになったなと思うと少しは不快感がやわらぐといいなと思います。別に人のためとか何かの役に立つとかといったことに興味がないとなると、もっと難しい問題になりますが・・・

noname#18808
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >大人になるまでにそういった経験が少ないと質問者さまのような感情をいだかれるかたがいるのかもしれませんね。 ヒントをいただけた気がします。なるほどですね。 >その人のためになったなと思うと少しは不快感がやわらぐといいなと思います そうですね。自動的にここまで来るのが目標です。

noname#31063
noname#31063
回答No.4

優しくされることを要求する人より、 どうしたらもっと優しくなれるのか と悩める人が人間らしい、そして強いと 思いません? こうして自らのことを客観的に思考してみると 苦痛を伴うかもしれませんが、 生き方の模索をするのは 既に成長している段階に入っているようです。 おめでとうございます♪ (誰もが飽きれるほど自己中でちっとも偉くない私だけど…) 好きな人が困っていたら、 すかさず「私にさせて、させないとすねるぞ!」 ぐらいな気になりますが(私だけ?) 普通は人のことより自分の悩みがヒーローですから もし、悩めない…人になると人の悩みが気になります。 さすれば?悩みが増えて充実した人生かもしれません。 謙虚が出来るのは自分に自信があるからで、 謙虚と卑屈を混同したかもしれませんね。 発達心理学では 幼少期の経験は重要で 自由意志に基づく「私にやらせて」という表明を 削がれてしまった挫折感が後を引いているようですね。 協力し合う親密な関係を得られると 本能は満たされ 自尊心、自立心が旺盛に育つようです。 人と関わる心地良さとして 犠牲になる私は必要にされることが必要で あなたの意志で支配されたくない…? お母さんは思い遣りからと思っていてるのですが、 共依存、犠牲のあり様、関係を美しいと酔ってしまった。 かもしれません。(演歌が好きでしょうか?) そうして子供を利用し続けたかもしれません。 依存は 接近すると不満を見出すし、 不在では不安になるという矛盾を抱えます。 朗らかなところがなくメソメソしている感じです。 親密な関係では 立場や礼儀は踏まえながらあるものの、 態度としては 誰とでも対等な接し方になると思います。 何か頼まれても、 自分の意志に促することを優先順位にしてから 「やりたいことが終わってからでもいいか」 率直に訪ねるのもいいのではないかと思います。 「断る理由がなかったから」 「当然のことをしただけ」 と言えることぐらいしかしないようにするとか。

noname#18808
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >依存は接近すると不満を見出すし、 不在では不安になるという矛盾を抱えます。 朗らかなところがなくメソメソしている感じです。 まさに、これ当てはまります。 まだまだですね。

  • earnest
  • ベストアンサー率12% (32/248)
回答No.3

ん~考えようによっては親が何もさせなかった家庭で育ったのなら自分が大人になった時、母親になった時には何でも自分がやらねばって思うような気もするのですが・・・ お姉さまも質問者様も母親の主婦業を見て育ったんですものね。

noname#18808
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。

回答No.2

性格や習慣はその人の家庭環境で大きく変わります。 例えば私の友人のことですが、1年前結婚しましたが夫の家庭は亭主関白でなにもかもお母さんがやっていたそうです。料理の買い物、準備、あと片付け、お風呂掃除、洗濯その他諸々…。妻の家庭はお父さんが率先して家事をしていたそうです。 ですから、結婚して夫は家事はしないものと思っていたらしいですが彼には相手を思いやる気持ちがあったので、今はよく妻の手伝いをしてうまくやっているそうです。最初はやっぱり喧嘩もあったみたいですよ~。 夫→家事は女の仕事:妻→家事は男も当然する。 みたいな習慣の違いがあったため。 要は性格は仕方ないけど相手の立場や自己犠牲の考えを持たないといけないと思います。上司は実はあなたの2倍の仕事をしているかもしれません。この仕事は貴方ならできると信頼して頼んでるのかもしれません。 考え方を1点じゃなくいろんな面から考えるようにしてみては?というより仕事を上司から頼まれるって当たり前のことじゃないですか?お給料もらってるんでし…。文章分かりづらくなってすいません。

noname#18808
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。 >仕事を上司から頼まれるって当たり前のことじゃないですか?お給料もらってるんでし…。 頭ではわかってるんです。「金もらってんだから」って。。

  • ttkkysd
  • ベストアンサー率15% (18/120)
回答No.1

似ているのてカキコします。 あなたが悪いのではない。親が悪いのです。 生まれたときからの成長過程で得たものです。 私は逆で何でもやりすぎと言われます。 わたしと真逆です。 つらいですよね。 親が何十年もかけてそのように発達させてきたのですから。

noname#18808
質問者

お礼

ご回答ありがとうございます。クリアできるように頑張ります。

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