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学生闘争について
1960年台後半~1970年代前半:学生が暴れた.学生闘争と呼ばれるゲリラ行為なぜ学生は国に反抗し機動隊と戦ったのか.目的はなにか,学生の主張はなんなのか,なぜ学生なのか,なぜ大学を占拠したのか,なぜ一斉に動き出したのか,何をしたかったのかなど何でもいいんで教えてください.
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- Smoothhound
- ベストアンサー率54% (6/11)
当時は米国がベトナムに派兵、共産主義と戦っていまして、猛烈な空爆や地上戦で多くの民間人が犠牲となっていました。 米国の非道な作戦に対し、欧州でも米国内でも反戦運動が盛んになっており、反帝国主義、左翼思想がもてはやされた時代でもありました。中国の文化大革命もこの時代ですが、いわゆるヤングジェネレーションが時代を席巻し、体制に反抗し、権力を粉砕するという行動に日本の学生たちも憧れ、思想団体を結成、こぞって紛争を引き起こしました。しかし、その思想はひどく幼稚なものであり、若さに任せ、暴力と破壊という反社会行動に走り、一般市民の支持は得られませんでした。彼らの闘争は目的が明確でなく、ただいたずらに世の中を騒がせただけ。 その点で現在の暴走族となんら変わりありません。それが証拠に時が過ぎて大抵の者が体制の中に埋もれて安閑と暮らしています。「私も若い頃は学生運動で暴れたもんだ」と自慢する団塊世代の人がおられますが、体制から収入を得て体制が作り上げた安全の中で暮らしている者が笑わせます。
- popesyu
- ベストアンサー率36% (1782/4883)
1.国に反抗、目的など 当時は共産主義思想の影響で理想主義が蔓延しており、特に青年は元々理想に燃えてます。対象が国・政府になったのは、大学そのものを相手どっても結局いきつくところは国だし(元々全学連などの組織は戦後から学費の値上げ反対運動の組織として成立してます。この問題の最終的な責任者は文部省になってしまいます)、世界平和などを期待 すると、やはり相手になるのは政府になるでしょう。 2.機動隊と戦ったり、大学を占拠したり 暴走の結果でもあるし、政府側が強行策をとった結果でもあるでしょう。 3.一斉に動いた 全学連はその名の通り全国的な組合ですから。横の連絡もあります。あと、あいつ等がやるなら俺たちもみたいなノリも。後、学生運動そのものではないですが、基地や空港問題などには学生以外の市民の支援もありました。当時の社会的な雰囲気みたいなものです。これは日本だけの話でなく、欧米でもみられた動きです。
- shoyosi
- ベストアンサー率46% (1678/3631)
全国的傾向は皆さんが書いている通りですが、各大学も、それぞれ別個の理由がありました。当時は、経済が銭後の混乱期を経過し、成長の真っ最中でしたが、学生生活は、毎年のような授業料値上げ、学生会館、寮の新設に伴なう管理規則の制定(従来の野放図なものから管理体制の徹底・光熱費負担区分の問題)など独自の問題がありました。学生側としたら、他大学の中で一番有利なものの適用を望みますし、大学側としたら自分の大学だけの問題ではないので、抵抗しました。また、学問の自由・大学の自由の考え方が、大学側、学生側双方にありましたので、安易に警察に解決を任すこともできませんでした。
- cricket
- ベストアンサー率22% (107/466)
その闘争の学生も、いまや四〇代後半から五〇代。 企業に入っていれば相応の地位を得ています。 要するに資本主義の犬と化しているわけです。
- 80468046
- ベストアンサー率22% (2/9)
前の方々のご回答が正しいと思いますので蛇足的に書きます。この時期世界の各地で学生や若い人々が立ち上がっています。その中で傾向として強引に括れる部分があるとすれば、世界は変革できる、という理想です。一斉という部分ではやはりメディアの発達と普及の要素が大きいかも知れません(ベトナム戦争も文化大革命もビートルズもパリの蜂起もアフリカの貧困も安保問題もソ連の社会主義もすべて身近な問題になりえたからです)。ともかく理想が個人個人の従前の生活レベルから政治レベルまでに対しての疑問を生じさせる契機になっています。サブカルチャーとして括られた表現形式の一部も根底は同じです。理想を現実に落とし込もうとしたとき一部の人は戦争の問題(太平洋戦争の歴史をふまえた)、貧困の問題(国内のみでなくアジアなどを視野に入れた)等を通じて国の体制や大企業(搾取の象徴)に反抗しようとし、その表現手段として言論、行動それぞれのレベルで攻撃的暴力的な方法をとったケースもありました。また学生自らの考えによる教育を求めて管理者としての学校に抵抗するケースもありました。と、分類的に書くとそれらしいのですが、前に回答された方のようにNHKビデオとかの方が参考になります。私自身は、変革の熱が冷めた後の世代なので当時に親近感を持ちにくいのですが、いまの文化の構成要素の一端にはやはりこの時代の熱量と反動としての挫折感は陰に陽に影響していると思われるので、taguponさんの関心はもっともかと思います。
- chikauy
- ベストアンサー率0% (0/6)
この時代に対する考えは,その人の主義・主張,思想,立場・環境等によって様々だと思います。 映像の世界で,NHK制作のビデオがありますので参考にして見てください。
- ares
- ベストアンサー率36% (81/219)
日米安保条約を巡って、国内で論議が巻き起こりました。やがて学生や市民を巻き込んで大々的な運動と化して行くわけです。いわゆる60年安保闘争ですね。全学同などと言った学生組織が運動を展開していきました。政治的に利用された背景もあるのでしょうが、戦後世代の自負を抱いていた当時の学生達は純粋に国を変えていこうとの思いはあったようです。 70年安保闘争でその決着はつきますが、若い世代の多くが、市民が政治に問題意識を持っていた時代です。 htmlhttp://www.tbs.co.jp/news23/taji/s51101.html http://www.tbs.co.jp/news23/taji/s70609.html