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ヘーゲルの弁証法についてなんですが・・・

概念が自己内に含む矛盾を止揚して高次の段階へ至るということが、正・反・合の三段階で説明されるこのヘーゲルの弁証法。哲学はこの弁証法を知らずして語れないという程有名ですよね。 確かに、書いてあることは分かるんですが、なんだか「しくっ」と来ません。 いろいろ本を読んだり、辞典で調べたりしましたが、どうも形式論理よりも優れた思考の技術なんて言われる程のものとは思えないのです。 どなたかもっと分かりやすい具体例で弁証法の凄さを教えてください。お願いします

みんなの回答

  • bo-suke
  • ベストアンサー率23% (58/242)
回答No.4

これは自分の直感的な思惟ですので、正しいかどうかはわかりませんが。 連想法の様な物だと思えばいいのではないでしょうか。 どういうことかというと、普通は否定の否定とか、自分の嫌なものを受け入れる、なんてことはしたいなんて思いません。しかし、これを頭に入れておけば、自分が受け入れたくないものを受け入れることが可能になります。 あるいは、普段思いつかない考えを意図的に引き出すために、「逆に否定してみる」「否定の立場から考えてみる」という思考方法が可能になります。 と言うように、 1.したくないことをしたくなるようにする、我慢する 2.新しい考えのきっかけを作る と言う二つのいいところがあるのではないでしょうか。 そして、「しっくり」来ない理由は、自分のしたくないことをするその姿勢自体が、一般に受け入れられない考えかただからではないでしょうか。 …ここからはおせっかいなのですが。 にんじん嫌いでも、食べないと大きくなれませんですよ。 (TT)ノシ では。

able555
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

noname#15641
noname#15641
回答No.3

あまり回答がないようですのでお役に立つか分かりませんがお答えさせていただきます。 スピノザの一元論的な絶対者などは自己運動原理に無を含みませんが、これでは運動ということはありえません。運動とは有が無となり、無が有となることですから、つまり無の媒介が必要となってきます。ヘーゲルはこの無の作用を精神の本質と考えたわけです。精神の力は否定することにあり、自己原因とは自己否定によって自己を動かすことである。それは精神のみがなしうる業であるから、絶対者は自己否定をなす絶対精神でなくてはならないと。これがヘーゲルの絶対精神の弁証法です。

  • I-T-U
  • ベストアンサー率38% (5/13)
回答No.2

わかりづらいですが 「ちょっと買い物に行くのに便利な自転車を買おう。足代わりに便利だし安いし。でも自転車こぐの大変だから自動車のほうがいいかな…。でもそんな金ないな。あぁ、スクーターにしよ。維持費かからないし、機動性あるし楽だな」 というような要するに「いいとこ取り」の考えだと聞いたことがあります。

able555
質問者

お礼

回答ありがとうございました。

  • jyamamoto
  • ベストアンサー率39% (1723/4318)
回答No.1

ちなみに、ネット上では下記サイトのような論評が展開されていますが・・・。 あなたが求めるレベルのものは、このサイトでの簡単な回答では得られないと思います。 やはり、弁証法を論じた書籍の中でしか、あなたが求めている答えを見つけることはできないのではないでしようか・・・? http://www10.ocn.ne.jp/~shima/ http://www.philosophy.gr.jp/contents/seminar/materialism/008.html

able555
質問者

お礼

わざわざサイトまで調べていただきありがとうございました。参考にさせていただきます。

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