「忠臣蔵」の石高疑問
素朴な疑問です
「忠臣蔵」の主役・大石内蔵助と
敵役・吉良上野介について
当時の武家の「石高の感覚」についてです
幕臣(旗本)と藩士(陪臣)の違いはあれ
大石内蔵助も吉良上野介も
領地を禄として与えられていた上級武士でしたね
史実の赤穂事件を文献等でみると
大石家・赤穂藩家老:1500石
吉良家・高家旗本:4200石
ところが
大石内蔵助は
「代々家老の家柄で石高は高かった」
「四十七士は微禄の者が多かったが大身だった」
吉良上野介は
「石高は低いが高い官位を持っていた」
「高家を勤める名家だったが石高は少なかった」
等と語られる事が多いですよね
質問:大石内蔵助と吉良上野介だと
石高では吉良が大石よりも3倍近く高いのに
なぜ
大石の石高=高い、吉良=低い
と言う認識で語られるのでしょうか?
お礼
ありがとうございます!!すごく助かりました!!