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三国志 玉璽の行方について
孫策から兵の質として袁術が手に入れた玉璽ですが、袁術が滅びた後、玉璽はどうなったのでしょうか? ご存じの方がいらっしゃったら、ぜひご教授ください。
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袁術の玉璽は甥の袁胤が持っていましたが曹操の支配下にいた豪族である徐キュウという者が彼を捉え、曹操に渡します。(徐キュウは広陵の太守に) しかし、これは実は2番目のもので本当の玉璽はずっと後に諸葛亮が発見して劉備に献上します。
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- tsutaya
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No.2です。 劉備のものが本物・・・ではなく、ともに本物なのですが、袁術のものは洛陽が燃えた際に孫堅が井戸の中から拾ったものでこれは劉備の持っていた物が何らかの理由(詳細は不明)で紛失してしまい、その後作り直したものなのです。ところが後年、畑の中から掘り出され劉備に渡ったといういきさつがありました。これで劉備も皇帝になる決意を決めたということのようです。 これは私見ですが、実は劉備の持っていたものこそ偽物で、孔明が煮え切らない劉備の決意を固めるためにでっち上げたのではないかと思っております。あくまでも私見ですのでここはあくまでも諸説のひとつと受け取ってくださいね。
お礼
再度のご説明ありがとうございました。 すごくためになりました!
- kisaragi0
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三国志演義では第21回で袁術の死後、徐璆(ジョキュウ)に奪われ、曹操に献上されています。 正史では孫策が袁術から兵を借りたということは確かですが、孫策の父孫堅が玉璽を手に入れたということ自体が疑わしいとなっていますから、袁術が玉璽を持っていたかどうかはわかりません。
お礼
袁術の玉璽はフィクションの可能性があるということですね。 勉強になりました。 ありがとうございます。
- J160E
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荊州刺史の徐キュウが許昌の獻帝に献上後 魏から晉に伝えられています。
お礼
回答ありがとうございます! 参考になりました。
お礼
回答ありがとうございます。 諸葛亮の物が本物で、袁術の物が二番目の物ということは、つまり袁術が持っていた玉璽は偽物ということでしょうか? もしよろしければもう少し詳しく教えていただけますか?