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wouldを訳すときのコツ

最近は慣れてきましたが、長文でwouldやmight、couldなどに出くわすと身構えてしまいます。 If S ~,S would~などの分かりやすい仮定法で出た場合は大丈夫なのですが、 wouldやcouldがいきなり単体で来たときにうまく対処するコツはありますか? とりあえず「かもしれない」あたりで訳してみているのですが、文法的に説明しろと 言われたらちょっと困ります。 would,could,mightなどはそもそもどういった語なのでしょうか?

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noname#11434
noname#11434
回答No.9

回答が遅くなってしまってすみません。 nagatosさんの説明、私もとても為になりました。 質問者さんにいただいたコメントについて少しまとまったことをお答えできればと調べて見たのですが、力に余りました。考えたことを少しだけ書きます。 仮定法と婉曲的な表現とは区別すべきものなのか、同じものなのかということですが、言葉の感覚としてはやはり共通するものなのではないでしょうか。英文解釈の本などでは、仮定法の条件節の部分が、分詞構文や主語の名詞(句)に肩代わりされた例を説明し、そのようないくつかの例を並べることで次第に「仮定」の意味が隠れて行ったり、薄れて行く様子を解説しています。ですから、その延長上で婉曲的な表現といったものについても隠れた「仮定」を探し出して説明できないことも無いかもしれません(it might be)。 ですが、だんだん説明が苦しくなるというのが実際のところでもあります。 仮定法の「仮定」を、何らかの形で「明示」されている「条件」として定義するなら、仮定法と婉曲的な表現は仲間であるということはもう少し広い概念で見ないと説明できなくなるように思います。それは、nagatosさんが言われた「距離感」ということではないかと思います。例えば、仮定法を学校で習うときに必ず教わる例の例文、 If I were a bird, I could fly to you. 主節も従節もともに「過去形」ですが、これは確かに「過去形」であって「過去形」ではありません。つまり、いわゆる「過去形」には pastという意味と、それを含んだもっと広い意味のdistantという意味があると捉えれば、「過去時制」は現実の時間軸に沿ったdistant、「仮定法」ではrealityという軸に沿ったdistantを表現していることになるかと考えた次第です。要するに「過去形」は時間軸に沿って使うこともできるし(こと動詞に関してはこの方がはるかに多いと思います)、realityの軸に沿って用いることもできると考えられるのではないでしょうか。ですから、後者に関しては確かに「過去形」であっても、いわゆる「過去形」ではないことになります。 「控えめ」ということについて質問者さんが言及されました。Could you? Would you? のように話し相手に対しての「加減」の場合、「控えめ」という言葉は特にそのままイメージされますが、同時に「文章表現」においても事実に対して「ここまで言えるのか?」ということを測りながら(つまり「客観性」ということを意識しながら)表現を「加減」します。これも、もう一つの「控えめ」のあり方だと思います。つまり、might, could, should, would といった助動詞は表現の直接性に対して一歩遠ざかることで(distant)、その表現のスピード・切れ味といったものを「加減」するものといえそうです。仮定法においても、realityの直接性から一歩距離をとる表現ととらえればそれもまた「控え」の表現法と言え、表現の方法においても効果においても本質的には同じものなのではないかというのが私の考えです。 能書きのようなことしか言えなくてすみませんでした。以下のコーナーでの質疑応答が、私にはとても参考になりましたのでご紹介させていただきます(コーナーで回答されている方の間で多少の意見の違いはもちろんありますが、私自身は勉強になりました)。 http://www.yomiuri.co.jp/komachi/reader/200301/2003011600014.htm 最後に、これは謝罪です。"This game couldn't be more exciting."は辞書サイトで見つけた例文ですが、書き込みをする際に「過去時制と紛らわしくならないだろうか?」と感じて私が「!」を付けてしまったのです! 微妙なニュアンスを語っているときに、全く迂闊なペナルティーでした。ここに深くお詫びいたします。 蛇足になりますが、具体的な例文を挙げて改めて質問されれば、より文脈に沿った回答も得られると思いました。力不足ですみませんでした。

noname#9422
質問者

お礼

>力の及ぶところではありませんでした とんでもないです。丁寧に回答してくださったことにとても感謝していますし、実際、 個人的に大きな示唆を得ることができました。 時間軸ではなくrealityに対する距離感という考えを根っこにもっていれば、 長文を訳す時に戸惑うことが少なくなるのは確実と思われます。 とても参考になりました。ありがとうございます☆

その他の回答 (8)

  • nagatos
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回答No.8

学校で習う Can you, Will you が普通は使われず Could you, Would you になるのも、もちろんそのニュアンスゆえです。基本的に丁寧語なのです。 Can you, Will you はぶっきらぼうです。 1 If you can come, 2 If you could come, 3 If you were able to come, 前後の文章、話の流れでそうだとはいえませんが、例えば、こんな文章があったとすれば、2は丁寧語の確率が高いわけです。確率ですが。 1 If you come, 2 If you came, 3 If you had came, 時制が遠くなるにつれ、今の状況と離れていくのと同じように、時制をずらすことで、自分との距離感が開く感覚が働いているのかも知れません。 would,could,might. 「形は過去形でも意味は過去形ではない。」

  • nagatos
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回答No.7

>wouldを抜いても例えば長文問題などで意味を取る分には問題ないと考えてもOKですか? The explanation would go something like this The explanation go something like this 私の頭の中では分かれていますが、日本語にするときはどうでしょうか。きちんと訳出するかどうかは必要性の問題でしょう。 くどいですが、他の方の回答を読んで思ったのは、「過去形」という概念が最大の問題だということです。 wouldなどを訳すときの最大のコツは「過去形ではない」という概念を頭の中に構築することです。

  • nagatos
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回答No.6

This game can be more exciting. This game could be more exciting. ニュアンスの違いは歴然としています。 This game can't be more exciting. (couldが慣用なので間違いといえますが例として) This game couldn't be more exciting. ! をつけるとニュアンスが正確に把握できません。googleで例文を見るとわかります。 "The ideal way is to go along the river," "The ideal way would be to go along the river," "Going along the river is the ideal way" "Going along the river would be the ideal way" "Going along the river can be the ideal way" "Going along the river could be the ideal way" "Going along the river may be the ideal way" "Going along the river might be the ideal way" would, could, might を理解するには「will, can, may の過去形」という概念を払拭することです。 English speakers がよく指摘する日本人の間違いも「will, can, may の過去形」という概念から生まれています。 「would, could, might は特定の意味を持ったwill, can, may とは別の言葉」と認識できれば、迷うことは少なくなります。 「基本的な仮定法」はお分かりのようですし、文法書もありますので、書きませんが、would, could, might のニュアンスをwill, can, mayと頭の中で切り離すことができれば何の問題もありません。 旺文社のロイヤル英文法も持っていますが、決してすべてを説明していません。(何の役にも立たないので使わなかった経験があります。)また、我々の日常で使う言葉が学校で習ったものではないように、一般の英語も教科書の知識では理解できません。

noname#9422
質問者

お礼

なるほど。 「過去形と考えない!」のが大事なんですね。 かなりタメになりました。ありがとうございます。

noname#11434
noname#11434
回答No.5

お気持ちには同感です。私も、would, could, might のニュアンスをとてもマスターしているとも思えず、何度も辞書を引きなおしています。 キーになるのは、間接話法などの時制の一致。 それから、やはり仮定法ではないでしょうか。 それぞれの助動詞の辞書の項を一通り、まず読み直してみることと、仮定法をよく研究して見ること、また著名な先生の英文解釈の本などで、実際の例についてどのように説明されているかを読んで見ることなどが助けになると思います。つまりは、if ~の場合のようなカテゴリーを自分の中に一つづつ増やしていくことだと思います。 仮定法の意味の拡大というのは大きな部分で、例えば、 "The ideal way would be, I think, to go along the river," he said. といったような場合、"the ideal way"という主語自体が仮定的なニュアンスを持っています。 「理想的な道があるとすれば、それは川沿いに進むことだと思う」と彼は言った。 "This game couldn't be more exciting ! " この場合も「考えようとしても、これ以上考えられまい」のような仮定的な要素があると思います(おそらくほとんど意識されていないのでしょうが)。 「このゲームにはこれ以上ないくらい燃えさせられる!」 カテゴリーが二つ三つと増えていけば、あっ、このニュアンスだなと感じることがだんだん増えてくると思います。もちろん直感的な第一印象もつねに大切な手がかりだと思います。 http://dic.yahoo.co.jp/bin/dsearch?p=could&stype=0&dtype=1

noname#9422
質問者

補足

下の方の回等に対する補足ではwouldが「話し手の控えめな判断」ということで書いたのですが、 このThis game couldn't be more exciting!などは 別に控えめではないですよね。 なんだか「控えめ」なのか「仮定」なのか、そもそも「控えめ(ニュアンス)」と 「仮定」とは区別すべきものなのかどうか、(←実はこのあたりがもっとも謎な部分なのですが) そのあたりがゴチャゴチャしてきてしまいました。できればこのあたりについて アドバイスいただけると嬉しいです。

回答No.4

英文と和文の根本的な表現の違いから、どうしても忠実に翻訳しようとしても無理がありますよね。 NO#1さんが言うように、Wouldは過去形で訳さない場合も多々あります。 Would you ~、Could you~のような疑問文だと丁寧な聞き方になりますし、Can you~だとcouldに比べフランクな感じがしますしね。 乱暴な言い方ですが、それほど気をつける必要はないのでは無いかと思います。 的を得た回答になってなくてすいません。

  • nagatos
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回答No.3

>I could be wrong.  私が間違っているかもしれません。 これがどうして謙虚なのか、私の文例ではまったくわからないですね。すみません。 I am right. I could be wrong. おれは正しいと言わず、間違っている可能性に言及するから謙虚なのです。 ピントはずれだったら指摘ください。

  • nagatos
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回答No.2

答 1 Space ALC 英辞郎では用例が多いので、文例になれることができます。 答 2 would, could, might Space ALC 英辞郎では I could be wrong. 《謙虚》 とありますが、私はwould, could, mightを敬語、謙譲語(のように)として認識しています。 過去形とか、自制の一致とかいう以前に話者の持っている「ニュアンス」、頭の中で想定しているイメージを表すために使われています。 I am wrong. 私が間違っています。 I can be wrong. おそらく私が間違っているでしょう。 I could be wrong.  私が間違っているかもしれません。 合槌もこんな感じに書くとよくわかります。 It must be. It can be. It could be. It will be. It would be. It may be. It might be. It is better to do so. そうするほうが良いです (絶対その方がいいですよという気持ち) It would be better to do so. そうした方がいいでしょう。そうされてはどうですか。 It may be better to do so. (あまり良いとも思えないが)そうしたほうがいいかもしれません It might be better to do so. (あまり良いとも思えないが他に選択肢もないから)そうしたほうがいいかもしれません may より弱い勧め方 It is hard for you.  君にはとっては難しい。 It will be hard for you. 君にはとっては難しいだろう。 It would be hard for you. 君にとって難しいかもしれないよ。 It may be hard for you. (難しくはないだろうが、)難しいかもしれません。 It might be hard for you. (難しくはないだろうが、)ひょっとしたら難しいかもしれません。 例え、部下に対しても、It is hard for you. とストレートにいうのは失礼ではありませんか? それで、may, might や would が必要になります。 自己主張、自分の意見を弱めることで、相手の判断に敬意を表する、譲ることになります。 言葉は慣用で成り立っているので、これですべてを説明できるわけではありませんが、日本の文法書に欠けている部分はこういうことだと思います。

noname#9422
質問者

補足

助動詞によって話し手の判断のレベルをグラデーションで表すというのは大変よく分かりました。 そうすると、結局wouldなどは話し手の「弱い判断・主張」を出す時に用いられる、という風に捉えていいのでしょうか。例えば The explanation would go something like this:~ 「その説明は以下のようなものといえるかもしれない。」 これが The explanation go something like thisだったら 「説明は以下のようなものである。」 ということでいいですか? つまり、wouldを抜いても例えば長文問題などで意味を取る分には問題ないと考えてもOKですか?

noname#27172
noname#27172
回答No.1

これらの語は助動詞と呼ばれ、主動詞ではありません。日本語には訳しにくい場合もあります。それに、それぞれ過去形になっていますが、過去ではない場合も多いです。訳し方を意識するよりも、文章を暗記して何度も口ずさんだ方が イメージが掴みやすくなります。

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