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音楽好きな僕と楽器弾く同級生の衝突
- 大学での同回生との音楽談議が食い違い、
- ピアノに詳しい彼の意見に戸惑う僕。
- 価値観の違いが明らかになり、将来の音楽理解に悩む。
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質問者が選んだベストアンサー
ずいぶん料簡の狭い音楽好きにからまれてしまいましたね。わたしも彼の言ってる事は分かりません。せいぜい「新しぶりたいのかな?通ぶりたいのかな?マウント取りたいのかな?えばりたいだけなのかな?」と鼻についた程度です。 「違う価値観で世界や音楽を見てる」、その通りだと思います。その人は、「自分がいいと思った音楽だけがいい!他はクソ!」のです。無理に理解しようとしないでいいのではないでしょうか。 わたしは音楽が好きで、クラシックとアリス(先ごろ亡くなった谷村新司さんの)、唱歌やナツメロ、戦時歌謡をこよなく愛する者です。 なので音楽のお話はしたいのですが、実際には全くと言っていいほどしません。分かってもらえなかったり、意見が食い違って気まずくなったりするのが目に見えているからです。 音楽の好みはみんな違う。「僕はこれが好き。こういうところが」と聞かされても、それがよく分からない人には「へえそうなんだ」とあいづちを打つぐらいしかできないし、たまたま同じ曲が好きな人と知り合いになれたとしても、同じところが好きとは限らない。「このメロディがたまらないよね!」と言って、「いやいや、お前は分かってない!この曲は(演奏はでもいい)リズムが命なんだよ!」と返ってくるかもしれない。 人それぞれ、聴きどころが違っていて、それらのどれが正解かというのはあるかもしれないけれど、正解とは別に、その人が「いいな!」と感じたところがその人個人にはいちばん大事な、感動するポイントなのは確かで、自分は違うとしても、それを否定してもしかたがない。波風立つだけ。 自分の考えや感じ方と違うことを言われてムカッとする気持ちはわたしにも分かります。特に音楽の様に人それぞれ好みがハッキリしているものならなおのこと。 怒り人と音楽談義したいとわたしは全く思いません。単純で何が悪い?モーツァルトやベートーヴェンなど、楽譜は最近の音楽に比べると単純でスカスカだけれど今のゴテゴテした音楽よりよほど感動的ではないか!と言いたくなります。一方であなたの音楽への考え方にもわたしとは違うところがあるはずです。それらをいちいちあげつらっても仕方ない。 自分が好きな音楽のよさは、自分一人が分かっていれば十分。 音楽というのは、感動したほうが勝ちなのだと思います。怒った人が果たして音楽に感動しているのか、ご質問を読む限りわたしには疑わしいですが、本人はそう信じているのでしょうから、そういう点怒り人は幸せな「勝ち組」です。あなたは「へえ」と言っておけばいいでしょう。 音楽談義をしたいのであれば、怒らない、他人の好みもいちおう受け入れてくれる(理解するではない)人とするのが精神衛生上よろしい。 最後に、優劣と好き嫌いは別ということは頭の片隅に置いておいてもいいでしょう。怒り人は「自分の好きなものが優れている!」と信じ込んでいる様です。自分の好みが価値基準になっている人と深く話そうとしても無理ですよ。