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利己性と生理現象の違い

「自分が損をしていることに不満を持つのもある種の利己性である」 という話を聞いてなるほどと思ったのですが、数日後あらためて思い返すと、「損」して不満するのは利己性ではなく生理現象ではないか?という疑問が沸きました。 どんな聖人君子も殴られて痛かったらこの野郎と思いませんかね? ご意見頂けますと助かります。

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  • takochann2
  • ベストアンサー率36% (2426/6696)
回答No.2

損得といった高次の感情や、人によって反応が大きく違うものは生理現象とは言わない。交感神経や、神経伝達物質などの反応で説明可能なレベルの現象を生理現象と言う。殴られて身体が無意識に防衛態勢に入るのは生理現象です。損得が利己的な感情かどうかというのは生理反応ではありません。損をして興奮するとか心臓がどきどきするというのは生理現象で良いでしょう。

noname#258364
質問者

お礼

私は、感情と生理反応とがごっちゃになっているようです、よく整理してみます ありがとうございました

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その他の回答 (3)

回答No.4

b) 利己的でない人は、利己性に気をつけているのではなく、別の価値観があって、それを優先させているのです。なので、利己性全開も、利己性に気をつけるのも、利己的でない人から見れば、大同小異でしょう。優先させるべき別の価値観が無い点で、同じです。

noname#258364
質問者

お礼

素晴らしい価値観で生きてきたと思っていましたが、振り返ると、そこには利己性があったような気がします。ありがとうございました。

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回答No.3

a) 利己的でない人は、そもそも、神の意志に従いたいとか、正義を尊重したいとかを第一に考えているのであって、自分の損得は二の次にしているものです。自分の損得にこだわっている時点で、あなたはまだまだ利己的なのです。

noname#258364
質問者

お礼

利己性全開で生きるのと、利己性に気をつけながら生きるのと、どちらがどうなんでしょうか。。

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  • sutorama
  • ベストアンサー率35% (1689/4748)
回答No.1

損とは、他者が得して、自分はそれに便乗できなかったことも含まれると思います つまり、殴られぞん(損)のことではなく、隣の芝が青いという感覚の損です 列に並んでいたのに買えない場合、先に来ていた人と自分を比べて、損と感じるようなことです つまりは、平等や公平を求め、情報などの遅れから、その輪に入れていないことへの不満であるかと思います

noname#258364
質問者

お礼

>隣の芝が青いという感覚の損 この視点がなかったです ありがとうございました

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