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古典翻訳:オデッセイア第6巻
貴族でも何でもない私には、高貴な優しさと言うものをどうも表現ができませんが、古代ギリシャ人は本当によく表現できたものだと思います。日本語でもこの高貴な優しさを味わってみたいのでどうか皆様のお知恵を貸していただけませんか? 場面としましては、故郷を目指してカリュプソーの島を脱出し、葡萄酒色の海を20日間も漂流したオデッセウスがやっと陸に着いた時に聞こえてき原住民の声は、うら若き美しい乙女達の声でした。助けを求める為には話しかけたいものの、自分は、波にもまれて『素っ裸』の状態、、、。さてこんな姿でどう助けを求めるか!?と絶体絶命の中なんとかオリーブの枝で局部だけは隠しつつオデッセウスは相手を女神に喩えて讃えつつ助けを求めると、こんな優しい返事が返ってきました。 “Stranger, friend, you’re hardly a wicked man, and no fool, I’d say — it’s Olympian Zeus himself who hands our fortunes out, to each of us in turn, to the good and bad, however Zeus prefers . . . He gave you pain, it seems. You simply have to bear it. But now, seeing you’ve reached our city and our land, you’ll never lack for clothing or any other gift, the right of worn-out suppliants come our way. I’ll show you our town, tell you our people’s name. Phaeacians we are, who hold this city and this land, and I am the daughter of generous King Alcinous. All our people’s power stems from him.” (著者:Homer. 書名:The Odyssey. 出版社: Penguin Publishing Group.) 試訳: 「漂流者さん、悪い人じゃないみたいだし、ずいぶんと教養があるのね。 人の運命とはオリンピアにお住まいになるゼウスの気分一つで、幸も不幸も降りかかってくるものだけど、、、 あなたには随分とつらい目にあってきたのね。 でも、私の国に来たからにはもうそんな心配とは無用よ。 着る物だって山ほどあるし、他の物だって、 救いを求める者には与えられるの。 さあ、いらっしゃい。私の街をみせて、みんなに紹介してあげるから。 私たちはパイアーケス人、この土地と街を司る者。 そして我らが力の源なる寛大な王アルキノオスの娘とは、私の事よ。」 一応試訳してみましたが、どうも原文ににじみ出る高貴さや優しさが私の訳では出てきません。 どうか皆様の翻訳例を教えていただけないでしょうか? よろしくお願い致します。 (とても回答者様たちのお作品の優劣を定める資格はありませんのでBAは選びません。)
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- Nakay702
- ベストアンサー率79% (10005/12514)
楽しいお礼コメントをありがとうございます。 >お訳を拝読して気が付いたのですが、本当にオデッセウスの漂流先の国が因果応報(カルマ)を信じる国じゃなくて、「ただ気まぐれなればときにゼウスは神にあらず… 虫の居所のせいなりやこの不興そなたのこの不運」と言う、神の気まぐれのせいだという考えで良かったですよね。その点は本当に古代ギリシャ人は空想の神々を登場させつつも「不運は日ごろの行いが悪いから」じゃない、「本当に運だったんだよ」という事が分かっているのが、なんだか嬉しい感じがします。 ⇒人間が地上界の住人であるのに対して、神は天界の住人であるという想定が違うだけで、「両者とも、同じような、(現実肯定の)役者兼観客のようなもの」ですから、そこではキリスト教の一方的な恩寵や救済、仏教的な因縁や輪廻…などの発想は無縁だったでしょうね。 >この「ただ気まぐれなればときにゼウスは神にあらず…」という一文が最高ですね! >どのような教育を受けたがゆえにナウシカア姫は、漂流者に優しくしようと教育されていたのでしょうね?以外に、これも意識の上でゼウス神と関係があったのかも知れませんね。 ⇒こういう高貴な方々は、常々「神のお友だちとして、優雅にお育ち遊ばされた」のでしょうね。さらに、海や森に棲むと言われる半神半人のnymphの存在が、この上もなく和やかな雰囲気を盛り立ててくれたことでしょう。 >古代には、「山と川と海、国と街」だけではなく「神と王と人民」も意識の中にあったのだと思います。そこを訳文に持ってくるのは流石ですね。また、現代とは違った古代の風を感じます。結局古代人は「神」というものに何を感じていたのでしょうね?私は勝手に人情物にしてこの文章(英語訳文)を解釈していましたが、実際は神にどれほどの意識を傾けていたのやら、興味深い所ですね。 ⇒そうですね。天界を代表してこれを支配するのがゼウス、地上界を代表してこれを支配するのが王、両世界を取り持つ存在としてAngelos(派遣された者:天使)の働きかけもあるが、しばしばそんなものとは関係なく両界が直接交流し、睦み会う。古代ギリシャの、ホメロスの世界では、「両者とも悲喜劇の役者であり、同時に観客であった」、という見方がピッタリしますね。つまり、上に述べたとおり、違うのは住まう場所と役割であって、それ以外は同等であり、隣人もしくは同朋というような「共生感覚」があったのではないでしょうか。 おかげさまで、夢見心地の楽しいひとときを味わうことができました。 どうもありがとうございました。今後とも、よろしくお願いいたします。
- Nakay702
- ベストアンサー率79% (10005/12514)
不完全押韻(「sayとway」、「outとitとgift」、「landとland」、「nameとhim」)ながら、れっきとした韻文ですので、その辺りに魅せられて、またぞろまねごとをしました。詩文の内容としては、大胆に逸脱しました。稚拙な遊びですので、翻訳ならぬ模倣的作文というのが実態です。 「模倣作文」(ちょっとだけ古文調です。): 《ようこそ異国の旅人よ、見かけは人品を語らず、 オリンピアにおわすゼウスの神より賜りしは幸運。 ただ気まぐれなればときにゼウスは神にあらず… 虫の居所のせいなりやこの不興そなたのこの不運。 漂着せしがそなたと知りせば、改心と変身ありなん、 どうぞお気に召す衣を召しなされ、などのたまわん、 救いを求むるお方に全てを振舞うが習いのゼウス神。 この地の、山と川と海、国と街、神と王と人民、 我らは、不肖この地と国とを治めるパイアケス。 わが父こそ誰あろう、寛大なる王アルキノオス、 王のあまねく民に与えるもの、これぞ力の根源。》
お礼
ご回答ありがとうございます。 >>ようこそ異国の旅人よ、見かけは人品を語らず、 オリンピアにおわすゼウスの神より賜りしは幸運。 ただ気まぐれなればときにゼウスは神にあらず… 虫の居所のせいなりやこの不興そなたのこの不運。 さすがNakayさん! ところで、Nakayさんにお訳を拝読して気が付いたのですが、本当にオデッセウスの漂流先の国が因果応報(カルマ)を信じる国じゃなくて、 「ただ気まぐれなればときにゼウスは神にあらず… 虫の居所のせいなりやこの不興そなたのこの不運」 と言う、神の気まぐれのせいだという考えで良かったですよね。その点は本当に古代ギリシャ人は空想の神々を登場させつつも「不運は日ごろの行いが悪いから」じゃない、「本当に運だったんだよ」という事が分かっているのが、なんだか嬉しい感じがします。 この「ただ気まぐれなればときにゼウスは神にあらず…」という一文が最高ですね! >>漂着せしがそなたと知りせば、改心と変身ありなん、 どうぞお気に召す衣を召しなされ、などのたまわん、 救いを求むるお方に全てを振舞うが習いのゼウス神。 こちらの文章も考えさせられました。 そう言えば、どのような教育を受けたがゆえにナウシカア姫は、漂流者に優しくしようと教育されていたのでしょうね?以外に、これも意識の上でゼウス神と関係があったのかも知れませんね。 >>この地の、山と川と海、国と街、神と王と人民、 我らは、不肖この地と国とを治めるパイアケス。 わが父こそ誰あろう、寛大なる王アルキノオス、 王のあまねく民に与えるもの、これぞ力の根源。 本当に古代には、「山と川と海、国と街」だけではなく「神と王と人民」も意識の中にあったのだと思います。そこを訳文に持ってくるのイは流石ですね。また、現代とは違った古代の風を感じます。 結局古代人は「神」というものに何を感じていたのでしょうね?私は勝手に人情物にしてこの文章(英語訳文)を解釈していましたが、実際は神にどれほどの意識を傾けていたのやら、興味深い所ですね。 押韻もたのしめたのですが、それよりも別の切り口からの、翻訳作品のお陰で今回も、また別の味わいで名文を味わう事ができました。 名文は何度味わっても、本当に味わいがあって堪能しきれません。 古典最高!皆様の翻訳文も最高! また、よろしくお願い致します。
- SPS700
- ベストアンサー率46% (15297/33016)
僕のは回を重ねるごとに壊れていきますが、Nakay702さんのはどんどん良くなるので、楽しみにしています。
お礼
ご回答ありがとうございます。 本当にNakayさんの微調整で、まったく別の作品のようにどんどん良くなる技術はすごいですよね。 私も楽しみにしております。
- Nakay702
- ベストアンサー率79% (10005/12514)
「質問者からのお礼」ありがとうございます。 >流石に忙しすぎて、大風邪を引いて休んでおり、お陰様でここで質問ができ病欠を有意義に過ごしております。 ⇒後半、大歓迎、前半、このコロナ禍、「泣き面に蜂」の類で、何ともお気の毒です。 それにしてもこのコロナ禍、長いですねえ! かくなる上は、ペスト下のボッカチオにでも倣って、どこぞの山荘にでもこもって、『デカメロン』のパロディ版でも書けるといいですね…。 さて、くだんの「オデッセイア第6巻」ですが、ヒマにまかせて田中秀央氏の訳を見てみました。該当部分を引用します。 (引用分)「旅人よ、あなたは悪人とも愚人とも見えません ― 今あなたはわたしらの都と国とに来られたのですから、衣類に事欠くこともありませんし、またわたしらに出会う不幸な嘆願者が当然受け得る何物にも事欠くこともありません。わたしはみずから、あなたに都をお教えし、また人々の名をも告げましょう。パイエケス人たちがこの都と国を所有しています。そして、わたしは心の大きなアルキノオスの娘で、パイエケス人たちの勢力と権力とは父にかかっているのです。」 いかがですか。 正直、私は、お二人の訳のほうがずっと好きです。実は、私訳第2弾を考えようかと思ってこの返信に取りかかりましたが、上のご報告をもって、悪しからずそれに代えさせていただきます。 どうぞ、よきご養生のほどを。そして、早いご回復をお祈りします。
お礼
ご回答ありがとうございます。 >>それにしてもこのコロナ禍、長いですねえ! かくなる上は、ペスト下のボッカチオにでも倣って 本当に長すぎですよ。それでも去年は、『未知の恐怖』がすごかったので、それに比べればだいぶましですけどね。 本当に趣味の時間がとれない生活はきついです。 >>くだんの「オデッセイア第6巻」ですが、ヒマにまかせて田中秀央氏の訳を見てみました。該当部分を引用します。 どうもありがとうございます。 日本語訳を持っておりませんので、引用も助かります。 >>旅人よ、あなたは悪人とも愚人とも見えません ― 今あなたはわたしらの都と国とに来られたのですから なるほど、古代ギリシャ語原典から翻訳された方は、冒頭を「旅人」と訳されましたか!you’re hardly a wicked man, and no fool,の箇所も、私は「二つも連続で例えられると、自然な表現が難しい、、。」なんて思っておりましたが、なるほど、翻訳家の先生はこう訳すのですねと、思いました。 ただ、『一番泣けるセリフ』の、「He gave you pain, it seems. You simply have to bear it.」の箇所がありませんね、、、(普通だったら「キャーーーーー変態~~~!!!」と誤解されてもおかしくない箇所でのこの言葉が嬉しい)。もしかして古代ギリシャ語にはなく、英訳者が勝手に付け加えたものだったのでしょうかね??? >>正直、私は、お二人の訳のほうがずっと好きです。 私もSPSさんの訳の方が好きです。えらい学者の先生の訳よりも、心に響く文章を書ける人の翻訳文も出版されて欲しいものです(と言っても、SPSさんもNakayさんもどちらかと言うと、一般人ではなく「学者の先生」側だと思いますので、こんな事いうのも変なんでしょうけど。) >>実は、私訳第2弾を考えようかと思ってこの返信に取りかかりましたが、 正直、ふだんのNakayさんの訳はまだまだこんなもんじゃないぞ!と思いつつ、、もしかして、、と待っていましたが、 >>上のご報告をもって、悪しからずそれに代えさせていただきます。 また機会がありました時は、よろしくお願い致します。 (普段でしたら、とっくにオデッセイアを読み終わり次の作品に入っているのですが、最近あまり読書の時間もなく同じ作品の話題ですいません。 また、宜しくお願い致します。)
- SPS700
- ベストアンサー率46% (15297/33016)
あのう、ようこそ、あなた悪い人なんかじゃありませんよ。本当よ。高い丘の神様は、その時の風の吹き回しで、あんたは甘い暮らし、お前は辛い定め、と振り分けておいでになる。 あなたは辛い目を引き当てた、でもなんとか生きていらした。 でもさ、この国、この町においでになったのを見たからには、お召し物は言うまでもなく、何にでも事欠くことはありませんよ。疲れ切って流れ着いたお方の願い事は、すぐに叶えて差し上げるわ。 町はお見せするし、みんなの名前もお教えするわ。より取り見取りよ。私たちみんなこの国、この町に住んでいるの。で私はこの国の有り余るお力の王様の娘なの。この人たちの力の元は、王様なの。
お礼
ご回答ありがとうございます。 いやーさすがですね! >>あのう、ようこそ、あなた悪い人なんかじゃありませんよ。 冒頭のfriendは、本当にどう訳したものか皆目見当がつきませんでしたが、、「ようこそ」という単語見たとたんに!!! 「これだった!!!」と思いました。そういう事なんですよね、friendと言って伝えたいのは!私では、この言葉が出てきませんでした。 流石ですね。 >> あなたは辛い目を引き当てた、でもなんとか生きていらした。 この一文で泣けます。なんという情緒ある表現!!王族なのにふんぞり返らずに、ちゃんと裸なのは漂流したからだと理解してくれて、このように言えるだけの教育を受けているのがすごいですよね。 >>でもさ、この国、この町においでになったのを見たからには、お召し物は言うまでもなく、何にでも事欠くことはありませんよ。 ふとお訳を拝見して、you’ll never lack for clothingを「着る物だって山ほどあるし、」と訳したのは失敗だったと気が付きました。「事欠かない」ようにしてあげるのと、山ほどあるのは全然違いますからね。さすが、SPSさん!名訳ですね。 また、「お召し物」という言葉がいいですね~! 本当にSPSの独特の風味があるお訳はいつも味わいがあります。 >>疲れ切って流れ着いたお方の願い事は、すぐに叶えて差し上げるわ。 漂流した事はありませんけど、漂流したら第一発見者にはこう声をかけてもらいたいものです。人間の温かみを感じますね。 >>町はお見せするし、みんなの名前もお教えするわ。より取り見取りよ。私たちみんなこの国、この町に住んでいるの。 人情味あふれる文章をかかせたらSPSさんの右に出る者はいませんね! 文章解釈こそ難しくない文ですが、日本語でもこの味わいを伝えるとなると難しい文章でしたのに、ここまで表現できるとは、さすがです。 やはり英語で名文に出会えば、日本語でも味わいたくなるものです日本語でも十分に堪能できました、ありがとうございます。 また、よろしくお願い致します。
- Nakay702
- ベストアンサー率79% (10005/12514)
お久しぶりですね。素晴らしいお訳を拝見させていただきました。 ちょっと見劣りしますが、私訳を送らせていただきますので、ご一瞥をお願いします。 私訳: 「お見かけするに、良き賢き異国の旅人さん、お話いたしましょう。 オリンピアにおわすゼウス様のお心次第で、私たち人間の幸と 不幸が決まるのよ。願わくば、あなたもゼウス様のおめがねに…。 そのおめがねに適わなかったのかしらね。でも、だいじょうぶ。 あなたがこの国にいらしたことを、お目にされるからには、 衣類やその他の品々何なりと、あなたに不自由はかけません。 疲れて救いを求めるお方には何でも与えられます、さあどうぞ。 この街や、ここの人々の名前を教えてさしあげましょうね。 私たちはパイアケス人、この地とこの街を守り司る者です。 そしてこの私はといえば、寛大なる王アルキノオスの娘にございます。 この王が、私たちみなに、力の源を与えてくださるのです。」
お礼
ご回答ありがとうございます。 お久しぶりです。いつもありがとうございます。流石に忙しすぎて、大風邪を引いて休んでおり、お陰様でここで質問ができ病欠を有意義に過ごしております。 >>お見かけするに、良き賢き異国の旅人さん、お話いたしましょう。 Stranger, friend, で始まるこの第一行も「意味は分かるけど、こんな話しかけ方は普通しないから、日本語で何と言うべきなのか?」と言いたくなる難問ですが、さすがNakayさん、お姫様らしい口調ですね。 >>オリンピアにおわすゼウス様のお心次第で、私たち人間の幸と 不幸が決まるのよ。願わくば、あなたもゼウス様のおめがねに…。 いつもながら言葉選びがお上手ですね! >>あなたがこの国にいらしたことを、お目にされるからには、 衣類やその他の品々何なりと、あなたに不自由はかけません。 疲れて救いを求めるお方には何でも与えられます、さあどうぞ。 本当に漂流してしょうがないとはいえ、局部をオリーブの枝で隠しただけのおじさんにこんな事を言えるのですから昔のロイヤルファミリーの礼儀作法はすごかったのかもしれませんね。 今回もありがとうございました。 また、よろしくお願い致します。
お礼
ご回答ありがとうございます。 >>「両者とも、同じような、(現実肯定の)役者兼観客のようなもの」ですから、そこではキリスト教の一方的な恩寵や救済、仏教的な因縁や輪廻…などの発想は無縁だったでしょうね。 そうだったのでしょうね! それにしても古代ギリシア人の知恵には驚きますね。 >>こういう高貴な方々は、常々「神のお友だちとして、優雅にお育ち遊ばされた」のでしょうね。 恵まれた環境に生まれたが故に、優れた教育を受ける人もいれば、とんでもないナルシズムの塊になり暴君になったり、教育自体がまた完成されていない、まだなにが良いか完全には分かっていないというのもありますが、たまたま成功例に貴族がいますとモヤっとしたものがあります。 >>ホメロスの世界では、「両者とも悲喜劇の役者であり、同時に観客であった」、という見方がピッタリしますね。つまり、上に述べたとおり、違うのは住まう場所と役割であって、それ以外は同等であり、隣人もしくは同朋というような「共生感覚」があったのではないでしょうか。 そうですね、隣人でもあり、時に自然災害のような「天災」でもあり、本当にこの世における理不尽と幸運をすべて神々の介入にしているのが興味深いですね。 今回もどうもありがとうございました。 また、不定期ですがよろしくお願いします。