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あなたが最も好きな哲学者は誰ですか?

あなたが最も好きな哲学者は誰ですか? その人のどの思想が好きですか? 私はベーコンの4つのイドラが好きです。

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  • SPROCKETER
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回答No.5

 デカルトでしょうね。この世界にある物を自分自身を含めて全て疑って、実体があるのは考えている自分にあるのに気が付いた人ですからね。自分が無かったら考えられないから、自分は存在するという合理的結論に達した人です。  この考え方は現在のバーチャルリアリティでも同じで、パソコン画面に表示される画像や映像は記憶媒体に保存されているデータが無ければ表示出来ないわけで、パソコンが無ければゲームが出来ないのも同じ考え方が出来ます。  宇宙が存在するかどうかも同じで、この宇宙が全てバーチャルリアリティであっても、何らかの記憶媒体が無いとバーチャルリアリティを構築出来ないわけですから、実体があると判断するしかありません。

gasshop2017
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  • Nakay702
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回答No.4

>あなたが最も好きな哲学者は誰ですか? >その人のどの思想が好きですか? ⇒ソクラテスの「無知の智」、デカルトの「合理主義精神」、ヘーゲルの「弁証法」などから貴重な事柄を教わったように思います。ということは、これらが好きです。しかし、最も好きなのは、オルテガの「生・理性主義」*です。その理由は以下のとおりです。 *「生-理性主義」:理性は生の一形式、一機能に過ぎず、それ以上でもそれ以下でもない。"Cogito ergo sum."「我思うゆえに我あり」でなく、"Cogito quio vivo."「我思う、生くるがために」なのだと主張する。生を非合理的な混沌の支配に委ねる発想を論難する一方、生に対する理性の優位性・絶対性を主張する理性主義を批判し、純粋理性は生きた理性にその席を譲らねばならない、とする。「生-理性」の立場の体系としては、存在論として環境の理論を傘下に持ち、認識論として遠近法主義を理論武装の道具として持つ。神が人間を通して見せる「絶対的真理」の把握がその課題であると自覚する。(オルテガ著、井上正訳『現代の課題』白水社、1970年。高橋徹編著『マンハイム オルテガ』中央公論社、昭和54年 参照)。 (オルテガの「生・理性主義」が好きな理由) デカルトらを中心として提起・確立されてきた合理主義精神は、近代以来の輝かしい人間賛歌であり、凱歌であった。それは否定できない事実であるし、我々現代人はその恩恵に与って文明を発展させてきたことも事実であろう。しかし問題は、理性主義を尊重し過ぎて合理一辺倒にのめり込み、それに支配さえされてしまっていることである。早い話が、頭でっかちになり過ぎたということで、これすなわち、全体(=全身・生命)が一部(=頭脳・理性)によって支配されてしまっているのではないか、生命体として全身とのバランスを欠き、中途半端に頭がよくなったことが問題ではないか。 例えば、現代人の争いごとほど「頭脳戦争」の様相を帯びているものが他にあろうか。映画にもなったSF『宇宙戦争』(H.G.ウェルズ著)に描かれた、頭から直接手足が伸びているような怪物に形態進化するのかも知れないと危惧されるほどである。荒唐無稽な空想のようだが、一説によると、我々人類はかなり高い確率で自滅するという。その信憑性のほどは定かでないが、少なくとも「人類の行く末が、己が頭脳の産み出した兵器等の破壊力によって運命づけられる可能性がある」とは言えるだろう。世界には、地球全体を破壊し尽すほどの核兵器が保蔵されていると言われて久しい。『渚にて』(アメリカ、1960年)や『復活の日』(日本、1980年)のような映画が公開されて話題を呼んだが、これらが暗示しているのも、地球と人類の終末的危機状況である。それもこれも、人間が「中途半端に」頭がよくなったことの結果がもたらしたことではないか、と言いたいのである。 頭脳は、当然ながら生体の一部である。その生体の一部に偏重し過ぎた結果、生の全体がそれに支配されているのではないかと懸念するのである。我々はこういう憂慮すべき点にこそ頭を使うべきだと思う。オルテガの「生-理性主義」が言うように、「理性は生の一形式、一機能に過ぎない」。だからといって、理性を捨てようというのではない。生-理性を尊重しつつ、世界と生の哲理・理法を考えようと言うのである。生-理性の根本原理は、高尚なことでも複雑なことでも何でもない。それは、ただ生きることそのもの、個としてまた地球市民として、「ともに生きることそのもの」である。 (1)主体的個人主義を標榜し、異分子と共存する心性を維持し、相互互恵の精神的スタンスに立つ。(2)科学的進化・専門分化を注視しつつ、その連携・調整・体系化・統括に意を用いる。(3)経済については、成長一辺倒でなく、循環経済的な手法を積極的に取り入れる。(4)異文化間・国際間の関係では、可能な限り、国家・民族・企業等に代表される集団としての建前や役割に固執せず生身の個人的存在として交渉・協定を志向する、などが、人間的生の理念として掲げられ得るだろう。肝心なのは、現代人特有の頭脳や理性を、知識だけでなくむしろ「知恵に」活用することであろう。 ただ、このような理想的条項は重要であるにもかかわらず制約も多い。したがって、状況に応じて柔軟に対応しつつ、永遠に求め続けていくことになるだろうし、求め続ける姿勢が重要である。それを放棄する時こそ、人類は滅亡へ向かって驀進することになってしまうこと必定である。「本当に頭がよい」とはどういうことかについて考え直し、自滅回避の方向へ英知を結集したいものである。常に、あるべき人間的生の何たるかを哲学したいものである。

  • nagata2017
  • ベストアンサー率33% (6892/20375)
回答No.3

口語で語る哲学の池田晶子さん。

  • ddtddtddt
  • ベストアンサー率56% (179/319)
回答No.2

 マックス・ウェーバーです。  彼は社会学者という意見が現在では大勢で、自身は歴史学者だと彼自らは言ってますが・・・(^^;)。

  • haihoo336
  • ベストアンサー率14% (7/50)
回答No.1

自分の哲学が一番です。 それはそうと、ベーコンの4つのイドラとは初耳なので、説明していただけますか?

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