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北朝鮮は、戦前の日本より賢いのか?
これまでの北朝鮮の行動(ミサイル打ち上げ、近親者や幹部の処刑、旅客機撃墜、ドル紙幣などの偽札作り等)は正直言って、ものすごく乱暴で無茶苦茶だなと思っていました。 ところがつい最近の米朝会談へ向けての流れを見ていると、非常にしたたか、狡猾、打算的とも思います。 翻って約78年前頃(1940年代)の戦前の日本の状況を考える時、なぜ米国と決戦する道を選んだのかと今更ながら不思議かつ慙愧に絶えない思いです。もちろん年金をもらい始めた私も戦後生まれですから、詳しくは知りませんが、父親~祖父世代が止むに止まれぬ思いから取った選択だと思いますが、あまりにも無謀(日本人だけでも、戦没者約500万人、国民総玉砕の一歩手前まで行った)でした。とは言え、しかし同じ日本人として同じ軍部独裁と独走であっても、北朝鮮のようなあんなにひどい悪い行為(精神的に)は、断じて行っていなかったと信じたい。 その当時、20~30歳位(戦後死にもの狂いで、この方たちが経済成長成し遂げた)が主流の軍隊だと思います。要するに、将棋の駒として使い捨てられ、多くが戦死した。 一体、戦前の日本と今の北朝鮮では、何が違っていたのでしょうか? また戦略の違いはどこから生じたのでしょうか? 個人的には、今話題の官僚組織にも原因が有るのではないかと思っています。 どうおもわれますか?
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- ichikawa2017
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>父親~祖父世代が止むに止まれぬ思いから取った選択だと思いますが 政権を牛耳っていた軍部は別として世代つまり国民にとっては止むにやまれぬ選択ではありませんでした。 真珠湾攻撃の発表があった時点では国民の大多数にとって寝耳に水でした。 >北朝鮮のようなあんなにひどい悪い行為(精神的に)は、断じて行っていなかったと信じたい。 ミサイル打ち上げ、近親者や幹部の処刑、旅客機撃墜、ドル紙幣などの偽札作り等は独裁体制を構築しようとする人間であれば何時の時代でもどこの国でもやっていました。 現在の中国の習近平主席も200万人の党幹部を処分したとされています。 為政者が偽札を作るのは経済的な昏乱を引き起こすためです。 単に経済的な理由であれば現在も数多くの国で偽札が横行しています。 アメリカ国内でも100$札は余程の理由がない限り受け取りを拒否されるのが常識です。 中国や韓国で電子取引が盛んなのは偽札を心配する必要がないからです。 戦前の日本には特別高等警察という思想犯を取り締まる組織があり一方的に共産主義者あるいは社会主義者、無政府主義者と看做された人物は拷問を受け刑務所に収監されました。 敗戦で米軍によって解放されたことから当時の日本共産党はアメリカ軍を解放軍として大歓迎していました。 >一体、戦前の日本と今の北朝鮮では、何が違っていたのでしょうか? 全てが違っていました。 >また戦略の違いはどこから生じたのでしょうか? 戦略の違いというよりも、日米が交渉していた際のテーマが広範囲に渡り日本もアメリカも焦点が定まらないままダラダラ交渉を続けていました。 現在の米朝の交渉は北朝鮮は体制の保証、アメリカは核兵器の廃棄と明確に絞られています。 北朝鮮に取っては核兵器はアメリカに体制を保証させるための唯一の外交カードです。 今後の推移を見てみないとなんとも言えませんが、トランプ大統領は体制の保証ということを極めて安易に考えていたと思われるます。 北朝鮮の現体制を保証するには、国家として承認する必要があります。 日本もアメリカも朝鮮半島を統治する国家は大韓民国のみとしています。 日本もアメリカも公式には朝鮮民主主義人民共和国(Democratic People's Republic of Korea)と呼ばないのはこの為です。 韓国は憲法上も現在の北朝鮮の領域を含めた朝鮮半島全域を自国の領土としています。 北朝鮮を国家として認めるということは韓国に対して国土を割譲しろということになります。 朝鮮民族として分断国家であることを制度化して受け入れろということになります。 韓国の国民が簡単に受け入れるとは思えません。 さらに北朝鮮が非核化と言っているのは朝鮮半島全域の非核化です。 北朝鮮が所有する核兵器を廃棄するのであれば韓国に駐留する米軍も廃棄しろ、北朝鮮内を検証するのであれば在韓米軍を含めて韓国内を検証させろということになります。 アメリカが何処に核兵器を置いてあるかということを表明したことはありませんのでアメリカ国民が受け入れるとは考えられません。 トランプ大統領は最近これ等のことを知らされたようです。 強気の発言が影をひそめてきています。 ただし、5月29日に原子力空母ロナルド・レーガンが母港の横須賀を出航しています。 岩国に駐留している艦載機を収容して九州の南部で演習を行うことになっています。 つまり、原子力空母ロナルド・レーガンは臨戦態勢に入っているということです。 政治交渉とは別に米海軍としては即刻北朝鮮を攻撃できる体制を整えているということです。 交渉のテーマが明確なことから何やらしたたかに外交交渉をやっているように見えますが、内実は70数年前の日米交渉と大差ないということです。 >個人的には、今話題の官僚組織にも原因が有るのではないかと思っています。 官僚の問題ではなく政治家の問題です。 国政や外交をなおざりにして党利党略に没頭して軍部の台頭ゆるして戦争に突入していきました。 昨今の野党の行動を見ていると当時もかくやと思われてきます。
- piyopiyojyapan
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開戦以外にどのような選択肢があったのでしょうか? 開戦していなければ、今日の日本の繁栄は無いと思います。 戦前のアメリカは、軍事技術的には三流国です。 日本海軍は、世界トップレベルの海軍でした。 BIG7と呼ばれた、世界7大戦艦のうち、2隻は日本の艦船です。 航空機が出てくるまで、このBIG7というのは、現在で言うところの戦略核ミサイルと一緒でした。 なんせ、陸上から反撃する手段は無いです。 船で戦いを挑んでも、圧倒的に射程が長く近寄れません。 イギリスも、マレー沖に最新鋭戦艦、プリンス・オブ・ウェールズとレパルスを配置するだけで、日本のシンガポールへの進軍を阻止できると信じていました。 そんな、世界7大超兵器の2つまでもが日本製だったのです。 そんな日本も、輸入を止められたらどうしようも無くなるんです。 無抵抗で白人支配を受け入れますか? ハワイ先住民族や、インディアンがどうやって滅んでいったかご存知ですか? 西部劇では、悪のインディアンをやっつけるのは、カッコイイ白人のカウボーイです。 そういう世界観が現在も続いていた方が良かったと仰いますか? 日本人も同じ道を歩んだ方が良かったと仰いますか?
- D-Gabacho
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戦前の日本のことも今の北朝鮮のこともよくは知りませんが、戦前の米国は今の米国のような突出した超大国ではありませんでしたから、戦前の日本が対米開戦を決意することは、今の北朝鮮が米国に戦争をしかけることの無謀さに比べれば、さほど異常な判断ではないと思います。実際、開戦から半年程度は優勢に戦いを進めることができていたわけですから。今の北朝鮮が米国に戦争をしかけて半年も優勢を保つことができるでしょうか?
>翻って約78年前頃(1940年代)の戦前の日本の状況を考える時、なぜ米国と決戦する道を選んだのかと今更ながら不思議かつ慙愧に絶えない思いです。 ↑ 当方は、先の大戦を西欧人の価値観を含んだ「太平洋戦争」(大半の日本人はこの史観です)ではなく、本来、日本人の目線である「大東亜戦争」と呼んでます。 「大東亜戦争」は、1937年の支那事変(「支那事変」と正式に呼称していたのは日本がGHQに占領される前までで、戦後当初から約30年間「日華事変」と呼ばれていて、現在「日中戦争」と呼ぶのが一般的です)から始まってます。 要するに日本は、当時、日中戦争の真っ只中に対米戦(太平洋戦争)に挑んだのです。 ですので、なぜ、日本が中華民国(以下「中国」と記す)に日本軍を派兵したのか? まず、その辺りから理解しておかないと対米戦へのプロセスが成り立たないと思います。 アメリカは、日本に「中国大陸から手を引け」と言われましたが、日本陸軍が中国で沢山の犠牲を払ったことを理由(「戦死者が浮かばれない」と説くのか?)に強く反発し、結局、日本陸軍の意向を日本の姿勢として軍を大陸から手を引かなかった。 これも日本がアメリカに刃を向ける大きな要因であり、ABCD経済包囲網も視野に入れながら対米戦に挑んだ理由に欠かせない事項の一つです。 従って、「経済封鎖」或いは「経済制裁」などの言葉でも、当時の日本と現在の北朝鮮とは事情が異なります。 日本の場合、当時、小国は大国に食われる時代の中、孤立無援状態であり、どの道を選択しても亡国となる可能性がありましたが、現在の北朝鮮は中国やロシアの存在があり、昔の日本と異なり、孤立無援ではありません。経済封鎖しても現実には中国やロシアを筆頭に世界各国から裏で取引があったのです。 その裏取引事情を逆に捉えれば、北朝鮮が核撤廃し国際社会の良き一員となり協調的な国へとなれば世界から北朝鮮する国々が大変多くなると思います。しかし、それまでは信用回復に相当な時間が必要です。 裏取引ではマイナスばかりであり、正々堂々と表舞台で諸外国と取引すれば国が発展する可能性があるわけです。 しかし、北朝鮮が日本や韓国などを含んだ旧西側者国とある一種の協定を締結するほど仲良くなれば中国は機嫌を最高潮に悪くするかと思います。(笑) 現在の北朝鮮は、かつての指導者であった金日成や金正日の政策とは違って、現在の正恩氏は、親父や祖父らを程なく愛した高官たち次々に粛清したり、異母の兄まで暗殺しましたね。恐ろしい人物だと思うのが当たり前ですが、情報不足や錯綜などでマスコミも騙されて、世間にそうさせたかも知れません。 正恩氏はマスコミが描く人物とは全く違って、もしやしたら、正反対と言うか善人かどうかは知れませんが、北朝鮮にとって明るい未来に繋がる人物かも知れないと言うことです。 我々はマスコミの情報範囲で正恩氏の人物像を勝手に描かてます。 また、正恩氏に反感を持つ人物ばかり報道しますが、あまりにも一方的です。 特に日本マスコミ報道は、公平も糞も無い悪い特徴です。 当方は 正恩氏に気があると言う意味ではなく、報道の偏りがあることを問題にしてますので勘違いしないで下さい。 現在までの北朝鮮を北朝鮮が核やミサイルなどを実験したり、世界は北朝鮮にその制裁を経済封鎖などしました。 北朝鮮はアメリカの目を引くためだとマスコミを始め、一般的に通説となってますが、正恩氏はかつての指導者らと違って、マスコミを上手く利用してアメリカを出汁にしているのか?思います。 つまり、正恩氏はトランプを利用し韓国との関係を回復することを真剣に考えて、やがて南北統一を目指しているものと感じます。 北朝鮮はトランプの会談中止発言も、いつものように攻撃的な威勢のある文句も無しに焦ることなく、秘密裏に韓国大統領との会談を実施したところ、実は正恩氏、トランプ政権のアメリカなど眼中に置いていないのかな?と感じました。
お礼
確かに、大東亜戦争、大東亜共栄圏ですね。
- jkpawapuro
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>一体、戦前の日本と今の北朝鮮では、何が違っていたのでしょうか? 中国市場にどんどん進出していく日本と、これまでのシェアを奪われたアメリカ。中国で日米の経済利益がぶつかって日本を叩くことが米国の利益となった点が違います。 米朝対立は米からみたら安全保障問題ですから武装解除させれば米には戦争する意欲なくなりますが、当時の日米対立は経済問題、中国市場を舞台とした貿易問題ですので日本の輸出を止めないとアメリカにとっては意味がありません。そもそも戦争をとめる落としどころが存在しないんです。
- kitsunetoneko
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太平洋戦争前までの日本は,まだ豊かで,平和だったと思いますが,太平洋戦争開戦後,旧日本軍の戦況が悪化し,学徒出陣や,食糧難,アメリカ軍の空襲などが始まってから,完全に,旧日本軍や日本政府などは,破れかぶれで,どうしていいのかも,よく分からなくなって行っていたと思います..当時の日本は,中国と戦争しながら,アメリカとも戦争をしている,頼みの綱は,中国東北部の旧満州国(現在の偽満州国)と国境を接していた,旧ソ連(現在のロシア)くらいだけだったのですから,北朝鮮には,現在は,中国やロシアという強力な後援者や後ろ楯が居ますし,朝鮮戦争当時も,北朝鮮軍には,多くの旧ソ連軍が,参加していたようですし,後半は,中国共産党軍(人民解放軍)がメインで,アメリカ軍などと戦っており,アメリカ軍を後退させました..しかしながら,太平洋戦争当時,日本は,ほとんど孤立無援でしたし,太平洋戦争で,最終的に外地などで餓死や犬死をされた兵士の方々などは,本当に無念だったと思われますが,そうした方達の魂なども,現在では,日本の靖国神社などにお祀りされていると思われます..日本が大変だったのは,やはり,食糧などが本当に無かった,終戦直後などで,アメリカなどからの支援がなければ,大変だったようですので,現在の北朝鮮,特に地方などは,日本の終戦直後の状態に近いかもしれません..又,北朝鮮の考えや体制は,旧ソ連のやり方などに似ていると思われますので,太平洋戦争開戦前などの,割と思想統制などが緩く,全体的に自由だった,日本の状態などとは,あまり,似ていないと思います..
お礼
尊い犠牲の上に、現在の日本の繁栄が有る訳ですね。 しかし変わり身の早さでは、北朝鮮に引けを取らないと思います。
- eroero4649
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金正恩第一書記の意向ひとつで、白いものもすぐに黒くもなれば赤くもなれる独裁制の北朝鮮と、曲がりなりにも議会制民主主義であった戦前の日本を比較することはできません。 確かに大日本帝国では最終的な権限は天皇にありました。しかし例えば昭和初期のことをいえば、イギリスに留学経験があり親英的であった昭和天皇は内閣などに再三に渡って「英米と戦争をしないように」と命じていたにも関わらず、最終的に内閣は「対米開戦になりました。他に道はありません。どうか、ご裁可ください」となりました。 なぜ対米戦になったのかというと、最後に息の根を止めたというか、他に道がなくなったのはアメリカに石油とくず鉄の輸出を止められたからです。近代国家には鋼鉄の生産は欠かせませんが、鋼鉄を作るためにはくず鉄が必要です。そのくず鉄の100%を日本はアメリカに頼っていました。アメリカからくず鉄が手に入れられないと、日本は鉄を作ることもままならないのです。 このくず鉄と石油の輸出をアメリカが止めた時点で、日本には他に道がほぼなくなりました。というか、そこまでやったら日本が戦争を選ぶだろうということはアメリカ政府、とりわけルーズベルト大統領は分かっていたと思います。だからルーズベルト大統領は日本が開戦を選ばざるを得ないように仕掛けていたといってもいいと思いますよ。 だから「なぜ対米戦をあの当時の日本は選んだのか」の回答としては「アメリカがやる気満々だった」になるでしょうね。 そしてなぜアメリカは対日戦をやる気満々だったのか。「やったら絶対に勝てる」という自信があったからだと思います。
お礼
そうか、ルーズベルト大統領ですね。 米国は今も、油断禁物。
インパール作戦では、日本軍は、初動段階で早くもヒコマを占領し、そこから僅か2日の距離には、英国の一大補給基地ディマプールがありました。 ここに急進し、占領していれば、補給の問題は無くなり、日本が大勝していた可能性もありました。 それは、戦後、英軍の回顧録にも記されています。 ただ、日本の前線指揮官からすると、この大変な時期に、無理をしてまでインドに急進する意味があるのか? という意思の不統一がありました。 そこがまずかった。 日本は目の前に迫ったディマプールに進軍することなく、前線指揮官の独断により撤退することとなります。 負けはしましたが、英国の圧政に耐えかねたインド住民は、いたる所で炊き出しをし、日本軍を助けています。 ここまで日本が提唱し、実践してきた、大東亜共栄圏が受け入れられたからです。 日本はそれだけ評価されることをやってきたのです。 そして、この戦いにおける日本軍の略奪行為は、ただの一件も起こらなかったのです。 太平洋戦争で、日本は確かに破れましたが、日本がアジアに行った教育の効果は絶対でした。 また、日本というアジアの小国が、西欧に大立ち回りを行ったのは鮮烈でした。 日本の姿に勇気づけられたアジアの各国は、次々と立ち上がり、独立への道を歩んで行くことになります。 日本の目的であった、アジアの植民地を解放し、アジア人の共栄圏を築く、という目的は、日本の戦争を通し、戦後達成される事となります。 日本の頑張りが無ければ、世界は未だ、植民地政策が蔓延っていたかも知れません。 その意味では、日本は確かに戦争には破れましたが、目的は達成したと言えるのかもしれません。
お礼
アジア各国の独立が、膨大な犠牲の上に立った、せめてもの結果ですね。
>Q北朝鮮は、戦前の日本より賢いのか? 北朝鮮のほうが賢いですね。 <理由> 日本は負けることが分かっていたけれど戦争を仕掛けたからです。 <何故戦争をしたのか> 当時の指導者全部が、自己の保全を第一に考えた。 戦争すれば負けるのですべきでない、という正義と勇気を持っていなかった。 <北朝鮮が賢い理由> 米国を相手に戦争を仕掛けるようなバカな真似はしないから
お礼
膨大な戦没者を生んだ点では、その通り。
当時と現在を直接比較するのはいささか乱暴だと思います。 当時はまだ、植民地支配や事実上の奴隷支配が残ってた時代ですよ? 核兵器もないし、今みたいに人権や世論で戦争を躊躇う時代でもないです。 米国と決戦する道を選んだのは、それしか選択肢がなかったからです。 アジアに利権をどんどん広げて南下してくるロシアや、植民地を拡大していく西欧列強に対抗するためには、日本も植民地の獲得や利権を拡大する必要があったわけです。 日本はただでさえ、資源の無い島国でしたから。 日本の開国以降の歴史は、ずっと、如何に日本を植民地にさせないかの戦いの歴史であったと言えます。 米国がつきつけたハルノートを受諾するという事は、日本がこれまで得た利権を全て放棄し、綿花の栽培を細々と行う東洋の島国として、米国に支配される事を意味していました。 植民地化されたアジアの国々がどのような扱いをされたか知っていますか? 西欧人と住む所を分けられ、不衛生なスラムに住んで、奴隷のように扱われました。 農園や鉱山で働かされ、十分な収穫がなければ、指や耳を切り落とされました。 自由主義だの平等だのは、戦後に出てきた考えですよ。 それも日本の戦争を通して。 当時、アジア人は、欧米人より著しく知能や能力の劣る人種である、と考えられていました。 アジアの人々自身ですらそう思っていた。 白人の横暴な支配を甘受するしか無かった。 日本は考えました。 ハルノートを突きつけられ切羽詰まった末の考えだったかも知れない。 でも、日本は考えたのです。 アジア人どうしが手を組み、自らのために生きる、大東亜共栄圏という考え方を! 当時、欧州ではドイツと各国が激しい戦争を繰り広げ、太平洋方面は、ほぼがら空きの状態でした。 この期に応じて日本は、欧米の植民地の解放に着手したのです。 日本が占領した欧米の植民地にまずしたことは、衛生的な上下水道の整備、道路の整備、そして学校や病院の建設です。 これは当時の常識からすると、極めて異質な事です。 インドが独立のために亡命政権を立ち上げると、日本は、多数の犠牲を払って占領した、旧インド領を、あっさりインド亡命政権に引き渡しました。 かの悪名高いインパール作戦も、本当は、インド亡命政権の要請により、日本がインド解放のために必死に行った作戦です。
お礼
確かに、時代背景が違いますね。
お礼
その半年間という点ではその通りですが、無謀さという意味では負けていないと思います。7年前の東日本大震災での死亡者は約16000人でも、防ぎようの無い自然災害に対してあれだけ大騒ぎになった訳で、その300倍以上の日本人戦没者約500万人を犠牲にした点では、決断を下した指導者達はより愚かで償いのしよう無いのは、より性質が悪い。