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正直者は、バカをみますか?
ずばり伺ってみたいです。 最近、この言葉に変な矛盾を感じています。 きれいごとを言えば、ばかをみたとしても ひたすら正直でいるべきだと思います。 が、ただただ正直なだけで本当によいのか? 正直者=生きるのが下手? 本当にそうなんでしょうか? 皆様のご意見を伺わせて下さい。
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損得計算で見るなら、正直はあまり得はしないと思います。 得もしない。損はする。という感じでしょうか。 が、その反面、いつもすがすがしく、後ろめたさがない、 自分に誠実な精神状態が 、得られます。 これは、損得計算では計算できない次元の得、 というより「徳」だと思います。 得か、徳。 どちらを人生で重要視するかは人それぞれですが、 正直者は、後者を選択した人だと思います。 自分も後者のタイプです。 バカはいくつも見ましたが、心は(いつもそうだとは言いませんが)たいていさわやかです。 たくさんの小さなマイナスの代わりに、大きなプラスが手に入ります。 これは失いたくないので、今後もただ自分に嘘はつかず生きていこうと思ってます。 ただ、同じ正直さでも、人を傷つける正直さは必要ないと思います。 正直者=他人を含めた視点で見ると、生きるのが下手 自分ひとりの視点で見ると、生き方上手 だと思います。
- yakitonbo
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ハイ、確かにバカを見ます。 但し長い目で見てそれが損かどうかは別問題です。 要領よくズルく生きてる方から見れば正直者ほどバカな生き物は居ないと思えるでしょうけど、彼らも一旦化けの皮が剥がれれば後は転落の一途です。 結果的に正直で誠意ある生き方していればよい結果を受けられることが多いですよ。 あ、でも単なる「バカ正直」はダメですね。 世の中は計算どおりにいくほど単純ではありません。 どこまでのルーズさとズルさなら許されるのか、こればかりは貴方の長い人生経験の中で会得していってください。
- AbCd98521Dreame
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正直に生きています。 損したことはありません。
- bofd
- ベストアンサー率25% (8/32)
ヒトラーもスターリンも自分に正直に大量殺戮をしました。 本当にばかげてる。 人は欲望の原理で生きているから、 基本的には自分に正直に生きるしかないとは思います。 しかし、世界の認識の仕方が変われば欲望もかわります。 世界について多くのことを知り、自分や他人のものの見方を知ってから、自分に正直になるのが最善だと思います。
- o-sai
- ベストアンサー率19% (199/1001)
他人の為に無償で尽くして死んでいった(とされる)偉大なる人たちも、 結局はそれがしたかったわけですから[自己の欲望]に忠実だったわけです。 みんなそれぞれやりたいことをやっているのですから、 [自己の欲望]の違いによって、他人から見れば 「馬鹿な正直者」に見えるだけです。 正直者でありたい、というのも立派な[自己の欲望]ですから、 そう生きたいのでしたらそう生きればいいだけです。 人から見たら「馬鹿な人生」でも あなたにとってみたら「至極の人生」となることでしょう!
- frau
- ベストアンサー率28% (56/199)
同じく私のメインテーマですね。私なりの考えですが…。 相手の気持ちを考えずに何でも言うのが正直か?という趣旨のご質問ではないことはわかります。枠組みをもっと大きく捉えた「生き方」としての疑問だと察します。人に優しく、でも自分の生き方には妥協せず、などのマクロ的な意味での「正直」さでしょうか。 「正直」に近い言葉に「素直」があります。 「正直」は直截的な印象、「素直」は柔軟的な印象を感じます。 「正直」とは例えば自分の心に浮かんだ言葉を打算や後先考えずに直接伝えるなど行為で現れ、「素直」とは物事の偏見や差別のフィルターを通すのではなく、吸収力が強いことでしょうか。でも単にそうするのではなく、処世術としての技術も身につけなければ「バカ正直」と同じになってしまうのでしょうか。 その技術が上手くこなせるひとは「器用」と呼ばれます。そこで皆器用になりたがるわけです。他の回答者様がおっしゃるように、「不器用でもそれが苦痛と思っている人もいる」のは本当です(この私)。器用にならなければ目まぐるしく変わるこの資本主義社会に取り残されますからね。でも本当は不器用な人が器用さで武装している中で裸の自分でいることは、とても勇気がいることですし、強さも問われます。誰にとっても気持ちのよい素直な心は誰も持っています。 一人一人が認めれば、誰も苦しくないし、お互い認め合うよい社会になるのになあと思います。 ということで、「正直者」はある意味で生きるのが下手、ある意味で上手いという感じでしょうか。というよりも、個人的にこういうタイプはもっと生かされるべきだと思います。 正直な自分を抑圧してれば心にひずみが必ず生じます。物資は豊かな日本でも、心の病で苦しんでいる方の数は増える一方です。アフリカの原住人には先進国で認知されている精神的疾患は見当たらないようです。「うるるん」とか見れば納得ですよね。 …話がずれてしまってスミマセン。 また「正直」という言葉を聞くと私はまずリンカーンのことを思い出します。 リンカーンが桜の木を折ったことに怒るよりも、自首(?)した子どもの「正直さ」を褒め称えた有名な話がありますが、リンカーンのような偉大な心をもった「教育者」によって、「正直」の美徳がその子どもの根幹として生き残る幸福な例ですが、その子どもが社会に出たときその健全な「正直」さをそのまま育めたのでしょうか?(私としては気になります)社会に揉まれているのでしたらそれは「バカ正直」ということになるでしょう。でも抹殺されそうになってもその美徳は捨てず、「素直」という技術に代えて臨機応変に対応していけばし合わせなのでしょうか。…でもそこで「器用」さをあまりにも身につけると「嘘の多い」人間にできあがってしまうのでは?と例え話でそう思います。 また「裸の王様」の童話も思い出します。権力風刺の話ですが、私は子どもの率直さの素晴らしさと畏れも描いた話ではないのかな、とも思います。権力に「否」と言える「正直」さは無知ゆえのパワーのなせるわざでしょうが、こうした無謀さはある意味もつべきものです。「器用」な人はそれがなかなかできませんから。
- rarabo
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「たこ八郎」さんは、元ボクサーで、後遺症でパンチドランカーとなり、少し横になれば、寝小便をもらし、台詞をおぼえようとしても、すぐに、忘れてしまう人でした。しかし、本当にバカ正直(というより、子供のような純でやさしい心を持った人)の人で、師匠の由利徹を始め、新宿ゴールデン街の飲み屋のマスターたち、多くの芸人さんより、愛されつつ亡くなった方です。また、映画(の話ですが・・)「フォレストガンプ」のフォレストも、生まれつき、知能が低い=うまくウソがつけない=バカ正直とも言える人、なのですが、やはり多くの人に愛されました。(映画を見た観客を含め、)このような人たちでも、全ての人から愛されるわけではなかったけども、普通の人よりは、はるかに愛されていたのではないでしょうか?結果、得したのではないかと、私は思っています。バカ正直になれば全てこのように結果オーライになるとは言えませんが・・・普通の人は、自分も他人も、結果的に悲しませぬように、知恵を磨いて、生きていくしか、方法がないのではないのでしょうか。 最後に、「フォレストガンプ」の中で、最も、私が印象に残った、言葉を1つ、「バカは、バカをやることです」・・・本当にそうだと思います。
- 8942
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心配しなくても皆嘘つき。 私は正直者だ!! 大声で叫んだら普通、後ろめたいじゃ ないかな。 馬鹿正直はよく無いと思います。 でも嘘つきは嫌いです。 個人的には個人より組織、そして組織が大きくなれば なるほどその組織を維持するために事実を公表しにくく なると思います。それは必ずしも悪いとはいえないでし ょう。 私生活のレベルでは (1) 自分を守る嘘→まぁ○ (2) 自衛のためでも他人に迷惑をかける嘘→× (3) (2)でも自分の命に関わるようなら嘘も→まぁ○ (4) 他人を攻撃する嘘、→× これくらいでいいじゃないかしら。 なるべく正直ものでいたいなら、正直に言って非難され るような事になっても最低でも生きて行ける強さを身に 付けなくてはならないと思います。。 強くなくては優しくなれないし、 正直ものにもなれないね。捨て身なら別ですけど。
NO7です。 NO14(16)の方へ 私はあなたの意見も、なるほどなぁと思いましたよ。 こおゆうのって答えはないのだと思うんです。 10人いれば10の意見があるのだと思うし。 だから質問者様のように考えたりするのではないかと思います。 質問者様へ 回答ではないことを書き込みしてしまって申し訳ありませんでした<(_ _)>
- baihu
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#14です。 #15の方の仰るとおりですね。 私の回答は読み捨ててください。